移動するだけの道路から,映画のシーンのように心に刻まれる景色や地域をつなぐ道路へと,価値観を転換した取り組みや制度づくりへの熱意。
増加する個人型のドライブ観光ニーズに対応し、その魅力を構成する「景観」「観光」「地域」の3つの要素を“みち”を通して結びつけ、企業経営や雇用環境の悪化している北海道を元気にする取り組みが「シーニックバイウェイ北海道」です。
この取り組みを企画し、率先垂範で推進している土木技術者がいます。国土交通省北海道開発局の和泉晶裕氏です。
現在、シーニックバイウェイ北海道は、4つの指定ルートと5つの候補ルートで、商工会、観光協会、NPO、民間企業、住民団体、学校法人、農業法人など244団体が活動するまでに至っています。具体的には、沿道の清掃、花壇づくりや不要看板の撤去、新しい観光事業や景観関連イベント、コミュニティビジネスの開発、ホスピタリティの向上など、様々な事業を活動団体が連携し、広域で展開しています。
最初は英語のネーミングやメリットが曖昧なこともあって、地域の方々に集まっていただいても、理解していただくのに苦労したそうです。また、当時和泉氏は東京勤務でしたが、札幌への出張を利用し夜はニセコで住民との会合に出席したり、休暇をとって住民主催のシンポジウムに参加したりするなど、私的な時間を全て「シーニックバイウェイ北海道」のPRに当てていたと言ってもよいくらい、熱意を持って取り組んでいました。こうした熱意によって、地元でも「シーニックバイウェイ」は定着してきました。
この取り組みのユニークな点の一つに、和泉氏を中心とする「地域を支える体制」があります。ルートごとに担当を設けて“ご用聞き”のように活動団体、行政機関を定期的にまわり、緊密なコミュニケーションを行うコーディネータ的な役割を果たしています。
地域を回ると『シーニックで何をしてくれるのですか』と問われますが、コーディネータは『みなさんは何をしたいのですか』と問い返します。最初はみなさん戸惑っていましたが、これを積み重ねていくうちに、少しずつ地域づくりやまちづくりの構想が出てくるようになったそうです。大事なことは、『その時点でコーディネータも行政も“No”と言わず“どうやったらできるか、いっしょに考えましょう”という態度をとることだ』と言われています。
最終的にできないこともありましたが、できたことも多く、どんな小さなことでも活動団体、コーディネータ、行政がいっしょになって実現に向けて取り組むプロセスに、お互いの信頼が生まれ、次の成功へとつながっていきました。
そうした成功事例の一つに、シンガポールからのドライブ観光客の誘致があります。和泉氏も、増加している北海道への外国人観光客数や、『北海道は「アジアの宝」』という森地茂教授(政策研究大学院大学)の提案から、外国人が自分で運転して北海道各地を観光するというドライブ観光に関心を持っていました。
そのアイデアが具体化することになったきっかけは、ルート活動団体「ニセコ国際の会」代表の安井龍太郎氏との出会いでした。安井氏は、シンガポール人の経済力、英語力そして日本と同じ自動車の左側通行に注目していました。また、シンガポールで旅行会社を経営する西村紘一氏という知人があったことで、安井氏の仲介で和泉氏と西村氏が出会ったことから始まって、各ルートの活動団体も協力し、2005年6月にシンガポールからのドライブ観光ツアーが初めて行われました。チャーター便で約150名が来道し、50台のレンタカーにのって、「シーニックバイウェイ北海道」の各ルートを走りました。参加者はいずれも、北海道の風景、食材、親切な人たちに大満足で、9月に再度北海道をドライブした方もいたほどです。
そんな中開催されたツアー1週間前のシンガポールでの説明会に、和泉氏が休暇をとって現れた時にはびっくりしたそうです。ツアーの実務を仕切った西村理佐さんにとっても、日本でのドライブ観光ツアーは初めての取り組みなので、彼女も、参加されるお客様も日本での運転等に不安感を持っていました。『説明会への和泉氏の参加で、お客様の不安も解消され、満足度の高いツアーに繋がった』と言います。まさにその熱意と行動力が成功への鍵でした。これが契機となり、決して安くない旅行代金にもかかわらず、シンガポールから北海道への観光客が急増しています。
和泉氏は、「シーニックバイウェイ北海道」の取り組みを『北海道の「新しい価値の創造」』と言います。「シーニックバイウェイ北海道」は、新しい価値創造のための一種のインキュベター的な役割を果たしており、これからも道内の各地で大小様々な新しい価値が創造され、それらが集合しはじめたとき、北海道の活性化が顕在化してくるでしょう。今後も、新しい価値を求めた「シーニックバイウェイ北海道」の挑戦は続いていきます。
そして、こうした北海道での取り組みは、日本風景街道(シーニックバイウェイ・ジャパン)として全国に波及しています。“みち”を通じ、日本の各地で「新しい価値の創造」が行われ、それが各地域の自立につながっていくのではないでしょうか。
『「シーニックバイウェイ北海道」の取り組みを世界のお客様に紹介したい』という和泉さんの熱意に社長と私は共感し、シンガポールからのドライブ観光ツアーを実施しました。ツアー到着時のパーティでは和泉さんから参加した子供たちへ使い切りカメラが渡され、『感動したシーンを撮って下さい』と伝えられました。それを帰国前に集め、一人一人の子供にコメントをいれてアルバムを作って差しあげていました。和泉さんは子供たちへ『また、ぜひ北海道へ来てください。10年後に、今回撮った写真と見比べると自分の成長がわかりますよ』と話をされていました。
シーニックバイウェイの取り組みから北海道とシンガポールの新たな交流が生まれる、そんな未来のことも考えて、取り組みを進める和泉さんはすばらしい方だと思います。
原文宏 Hara Fumihiro (社)北海道開発技術センター理事(地域政策研究室長兼務)
正会員
参考文献
1)シーニックバイウェイ支援センター編「シーニックバイウェイ北海道“みち”からはじまる地域自立」(株)ぎょうせい、pp.210、2006 年
※シーニックバイウェイ北海道の黎明期から現在にいたる経過が詳細に記述されています。
土木学会誌vol.91 no.10 October 2006
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第7回 “みち”から「新しい価値の創造」を!―シーニックバイウェイ北海道の挑戦―(PDF) | 349.42 KB |
コメント
外国人観光客を日本に誘致する動きは、国土交通省を初めとし、
投稿者:東京急行電鉄(株) 横内稔充 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00外国人観光客を日本に誘致する動きは、国土交通省を初めとし、さまざまな主体で取組みが行われているが、"みち”を通して「景観」や「地域」といった観光資源を有効に結びつけて魅力を向上するといった切り口が興味深かったです。地域の住民と行政が「Noと言わない」を合言葉にひとつの目標に向かって連携しあう姿は、どこの地域においても街づくり・地域づくりに向けた取組みの中でひとつのヒントになるのではないでしょうか。
「シーニックバイウェイ」という概念そのものを、本記事で初め
投稿者:自営業 今井博之 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00「シーニックバイウェイ」という概念そのものを、本記事で初めて知りました。記事中で「風景街道」と訳されていますが、ドライブ好きのひとりとしては、北海道は憧れの地ですので、一気に通読できました。海外の方々に、北海道ドライブが好評であるのは、喜ばしい限りです。北海道に限らず、「安心に走れる道路」、「走って楽しい道路」が全国的に増えている事を実感しつつ、毎週のようにドライブしています。
「“No”と言わず、“どうやったらできるか、いっしょに考え
投稿者:東京急行電鉄 廣脇大士 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00「“No”と言わず、“どうやったらできるか、いっしょに考えよう”」という姿勢は、会社の勤続年数が長くなるにつれ、出来ることと出来ないことの境界線を無意識のうちに線引きしてしまっている最近の自分にとって、原点を思い出させてくれる記事でした。
私たち土木屋の仕事は、個人だけでは成り立たたない場合がほとんどで、チームプレーが必須となります。最初から出来ないと否定から入るのではなく、小さなことからコツコツと積み上げることが、関係者間の信頼を育み、次の成果へとつながり、それが新たな価値の創造に結びついくとしたら、これこそ正に土木屋冥利に尽きると思います。 これらを、溢れんばかりの情熱を持って、具体的な行動で示している技術者がいることに感銘を受けるとともに、明日からの自分にとっても大きな励みとなりました。
社会資本の一つである“みち”を北海道の新しい価値の創造のた
投稿者:パシフィックコンサルタンツ(株) 寺田悟 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00社会資本の一つである“みち”を北海道の新しい価値の創造のために活かしている事例を知り多いに関心を持ちました。社会資本は地域の新しい価値の創造のための一つの手段となりえ、これからは社会資本を地域の財産として活かす取り組みがますます重要になると感じました。一方、私たちは道路なら道路、橋梁なら橋梁と土木構造物中心に物事を考えがちですが、社会資本ありきの視点ではなく、地域を構成するひとつのものとして捉えなおして、社会資本の活かしかたを考える必要があると思います。