日本の舗装技術のモンゴル共和国への移転に尽力。
日本では使われなくなったが、住民自らの手でできる、簡易だけれども優れた技術を移転し、生活環境の改善に取り組む。
モンゴルと言えば“広大な草原”を思い浮かべますが、これは夏期の風景です。モンゴルは国土の80%以上が海抜1,000mを超える高地で、年間の寒暖差が50℃を超える過酷な気象条件の国です。昨今、首都ウランバートルを中心に都市化が進んでおり、都市建設に伴う舗装道路の整備が強く求められています。
今回の行動する技術者は、長年、日本の舗装技術向上に取り組まれている足利工業大学桃井徹氏のモンゴルでの取組みを紹介します。
1993年、桃井氏は道路舗装会社を退職し、長年にわたり蓄積してきた技術を伝授すべく、足利工業大学教授として着任しました。
着任直後、その技術を見込まれ、モンゴルで産出されるロックアスファルト(石灰岩や砂岩にしみ込んだ天然アスファルト)の有効活用に関するJICAプロジェクトへ参画することになりました。
モンゴルはODAなどの世界各国からの援助により、最先端の舗装試験機材を有していましたが、これら機材は倉庫に山積みとなっており、現地ではほとんど活用されていないことがわかりました。
桃井氏は、こうした機材を有効活用し、ロックアスファルトを用いた道路舗装を進めるべく、現地技術者に機材の使い方を伝授しました。
現地技術者は優秀な人材が多く、機材の使い方はすぐにマスターするのですが、その技術を自分だけのものとし、他の技術者に伝授しませんでした。こうした状況を目の当たりにした桃井氏は、さまざまな技術が広く伝搬する仕掛けをつくる必要があると考えました。
そのヒントは桃井氏の経験にありました。桃井氏は若かりし頃、名神高速道路の舗装破壊・原因調査・業務を担当し、その成果に基づいた日本版「道路舗装マニュアル」の策定に携わっていました。『モンゴルでも舗装マニュアルをつくり、多くの技術者を育成し、高品質な舗装を普及させたい』と考えた桃井氏は、モンゴル道路局やモンゴル科学技術大学と連携し、マニュアル策定のための試験・舗装工事の実施に取り組みました。
マニュアルは、日本版を策定したときと同様、モンゴルの技術者が自ら活用・実施できるものを作成すべきと考え、モンゴル技術者との議論のなかで検討を進めました。
こうして、マニュアル作成の準備が進む一方、ウランバートル近郊には遊牧民が使用する伝統的な移動式住居(ゲル)が集中した地域(ゲル地区)があり、上下水道がなく衛生面での問題が指摘されていました。
ゲル地区の状況を知った桃井氏は、モンゴルJICA 事務所や日本道路協会に相談し、生活環境改善プログラムとして生活道路整備に取り組むことを決意しました。
この道路整備で問題となったのは“どのような舗装工法を導入するか”でした。現在、日本で一般的なアスファルト舗装ではモンゴルの過酷な気象条件に耐え難く、また、維持管理が困難になることが予想されました。そこで桃井氏は、自身がこれまでに取り組んできた舗装技術を回顧し、経済性に優れモンゴルで最適な工法として「瀝青路面処理」を導入することとしました。この工法は主に山岳道路で用いられてきた旧来の工法で、日本では現在ほとんど活用されなくなった技術です。
そのため、桃井氏は日本道路協会や国際建設技術協会のWG 活動の一環として、日本では過去の技術となっている瀝青路面処理をモンゴルの技術者へ伝授することとしました。
また、道路整備を“どの路線より実施すべきか”についても問題となりました。桃井氏は現地事情を知らないため、住民集会に参加し『住んでいるみなさんが最も必要とする道路より整備すべき』と提案しました。この提案を受け、地区住民は話し合いにより、住民の皆が会する集会場への路線を最初に整備することとなりました。
こうしてマニュアル作成のための試験舗装・工事は始まりました。住民は工事の様子を村祭りのごとく見守り、やがて技術者たちの姿を真似て一緒に取り組むようになり、技術者と住民による“参加型舗装工事”となりました。
桃井氏はこの光景を見て『こうして舗装された道路は未来永劫、地域に根ざした道路になる』ことを確信しました。
桃井氏は、モンゴルでの道路整備を約10年にわたり進めてきました。こうした桃井氏の熱意・行動が認められ、大学では引き続き、若手教員がモンゴルとの交流を進めていくこととなりました。
日本の舗装技術は、高度経済成長とともに著しい技術革新を遂げ、現在では世界の舗装技術をリードするに至っています。一方、技術革新により日本国内では活用されなくなりましたが、かつて活用されていた旧来の技術でも必要としている地域が世界中には、まだ存在します。
日本は、そして日本の技術者は、最先端のものに目を向けるばかりでなく長年培ってきた技術を活用し、地域を変える技術者として活躍することが期待されているのではないでしょうか。
広い草原に幅1kmにわたる無数の轍(わだち)を見て、日本の舗装技術で豊かな自然を守りたい、モンゴルの方のお役に立ちたい、と痛感しました。
自分が学んだ技術や知恵は、いろいろな場面で役立つものです。モンゴルの学生は勤勉で、さまざまな技術や知識をハングリーに学ぶ姿が印象的です。日本の若い技術者も、豊かな環境を生かし、ハングリーに学び、行動して欲しい。
行動する技術者たち取材班
渡邉一成 WATANABE Kazunari (財)計量計画研究所都市・地域研究室 主任研究員
参考文献
1)足利工業大学ホームページ
2)桃井徹:モンゴルの道路事情、舗装、Vol.39、No.8、pp.20-24、
土木学会誌vol.92 no.4 April 2007
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第11回 培った技術をモンゴルへ!(PDF) | 391.97 KB |
コメント
桃井氏が最後に書かれている、「日本の技術者は、最先端のもの
投稿者:鹿島建設 冨田幸路 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00桃井氏が最後に書かれている、「日本の技術者は、最先端のものに目を向けるばかりでなく長年培ってきた技術を活用し、地域を変える技術者として活躍することが期待されている」は本当に、その通りだと思います。日本は、お金だけでなく、実際に、現地に行き、現地の方と一緒になって、考え、仕事をすることを、海外から望まれていると思います。
すばらしい活動である。特に日本では過去の技術となっている瀝
投稿者:清水建設 浅田素之 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00すばらしい活動である。特に日本では過去の技術となっている瀝青路面処理を、モンゴルの環境に合わせて伝授することとした慧眼に感服した。最新機材が倉庫で山積みになっているように、技術協力はとかく日本の技術の押しつけに陥りがちである。しかし、桃井教授は、技術者の教育も含め、現地のニーズを的確に捉えて活動されており、日頃の鍛錬のたまものであろう。モンゴルに若く優秀な土木技術者が育ちつつあり、今後の発展が楽しみである。
モンゴルという異国の地でかつ過酷な気象条件の中での舗装工事
投稿者:前田建設工業 内田治文 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00モンゴルという異国の地でかつ過酷な気象条件の中での舗装工事ということで、舗装工法の選定においては現在の日本ではほとんど活用されなくなった技術を適用されていたり、モンゴル版舗装マニュアルの策定に取り組んだりと、多くの苦労があったんだろうと思います。最近多くのゼネコンが海外工事に目を向けていますが、この記事のように活用されなくなった技術に着目してそれを活かすというのも一つの手法だと感じます。文末にあるように、最先端のものに目を向けるばかりでなく長年培ってきた技術についても目を向けることも大切であると思いました。