台風メッカの沖縄では、強風による街路照明柱の倒壊や全国比の10倍という腐食速度のため土木構造物の塩害が著しい。過酷な自然環境を逆手に取り、ハイレベルの防食研究開発や維持管理技術のスペシャリストを育成する研究者の取組み。
沖縄は、日本で唯一の亜熱帯気候に属し、一年中高温多湿の風土は、構造物の腐食が著しく進行する地域です。しかも台風の常襲地域でもあり、土木構造物などの社会資本を塩害や台風から守り、長期間安全に使用することが求められています。
過酷な自然環境を逆手に取り、沖縄を構造物の塩害と台風対策研究の最先端地域にしようと奮闘する研究者、琉球大学工学部准教授の下里哲弘氏を紹介します。
沖縄では、平均5.0mの塩風が、年中吹いています。海岸の地形もリーフのような浅瀬が多く、そこにあたった波が塩が巻き上げ、海塩粒子となって内陸部まで吹き込んできます。飛んでくる塩が化学反応を起こし、構造物の腐食速度を上げます。冬でも気温がマイナスにならず、平均気温15℃程度を保っていることから腐食の反応速度をさらに速めています。その上、塩は空気中の水を取り込んで水溶液となり、安定錆あるいは保護性錆を溶かしてしまうため、日本全国の海岸線と比較しても沖縄の腐食速度は5倍から10倍くらい速くなります。
また、台風による被害も多く、長時間にわたって吹き続ける強風による構造物被害のメカニズムを解明することも重要な課題となっています。
下里氏は、こうした厳しい塩害環境の下で研究することについて「本土の約10倍の腐食速度があるということは、当地での研究は本土に比べ、はるかにレベルの高い研究として注目されます。過酷な環境に耐える塩害仕様が確立できれば、オールジャパンで通用し、東南アジアでも使えます。研究者の視点で見れば、沖縄の環境と地形がもたらしたこの現象は、新たな技術を極める大きなチャンスの場でもあります」と研究地の優位性を語りました。
下里氏が取り組んでいる研究開発を紹介します。
① Smart ZIC工法の開発
厳しい腐食環境の下で最も錆びやすいのは、土木構造物の接合部に使用されるボルト頭の角部です。この部分は、ペンキを塗ってもすぐに剥がれ、錆びやすい。メッキで耐力を上げようとしても、現在のメッキボルトは、一定の静的な荷重を受けて突然、破断する“遅れ破壊”を起こす可能性があります。一方、ボルト自体を緩く締めると当然、構造体としての耐力は望めません。ではどうしたら、防食性と耐力を同時に高められるのか。下里氏は、ロシアでの戦闘機の開発時に行われた風洞試験での研究に着目しました。ジェット戦闘機が音速に近い速度で飛行する際、金属粒子が細かく機体に突き刺さって塗膜状になるという現象です。この現象を応用したコールドスプレー法にさらに改良を加え開発したのが、Smart ZIC工法です。亜鉛粒子をマッハの速度で吹き付けることで、高い防食性を示しました。
② 台風に強い沖縄仕様の街路照明柱の開発
台風常襲地域である沖縄では、高架橋や中央分離帯の街路照明柱が倒壊する事例が多発しています。原因は、強風の振導による疲労で起こる破壊と塩害で強度が低下し強風で倒壊する事象が見られます。そこで下里氏は、街路照明柱の倒壊メカニズムを解明し、沖縄仕様の構造形式と防食技術を開発すべきだと考えました。しかし、土木の分野だけでは、金属疲労のメカニズムを追及するには限界があります。また、街路照明柱の動態観測には最新のセンサーを用いたシステム開発も必要となります。そこで、下里氏は持ち前の行動力で、土木分野の枠を超え、琉球大学の機械システム工学科や電気電子工学科と連携し、構造工学・維持管理工学・金属疲労学・流体力学・光伝送工学などの研究成果を結集することに成功しました。琉球大学の関係学科を取りまとめ、学術的アプローチで台風と塩害に強いインフラ構造の研究開発に取り組んでいます。
一般的に土木構造物は、50年以上の年数を経ると腐食や金属疲労の進行による劣化が大きな課題となっています。時代はいま、材料劣化のメカニズムの解明や耐久性の判断ができる人材を求めていることから、下里氏は沖縄でなければ育成することのできないスペシャリストについてこう語ります。
「公共施設などの土木構造物の維持管理が注目される時代になっていますが、実際に維持管理技術を体系的に教えている大学は少ない。沖縄では塩害に対する材料科学と、従来教えている力学を合体させて、構造物の耐久性を判断できるスペシャリストを育てることが可能です。そのためには専門分野でスペシャリストを育てるために、大学の現行カリキュラムを再編し、体系化して行くことが必要になる。一方、世間では土木という学科が公共施設を対象としたパブリックな分野の学問だということをほとんどの人が知りません。そのため土木を志望する学生が少ないのも当然です。土木分野が社会にとってどういう役割を担っているのか、小学生の頃から啓発する必要性を強く感じています」
琉球大学の学生は公務員志向が強い。しかし、その中には専門の分野を極めたいと考えている学生もいて、そうした学生に向けて下里氏は、社会基盤の診断をするインフラドクター養成コースの新設を検討しています。
「優秀な学生であれば、3年間で4年分の授業を終え4年次には修士課程に上がれる短縮コースや、1年間の留学を組み合わせたコースを考えています。基本的には塩害と台風対策の二本柱のコースで、スペシャリストを輩出していきたい。琉球大学は塩害と台風に対するオールジャパンの拠点となり得ますし、東南アジアの国々への国際貢献の拠点にもなる可能性を秘めています」新たな土木工学の新設で、琉球大学が最先端の研究拠点となる夢を語りました。
研究者と教育者という視点を忘れず、つねにエネルギッシュに行動する下里氏。新たな土木工学の創設で、沖縄から世界に羽ばたくスペシャリストが輩出され、塩害と台風対策の最先端の地と呼ばれる日が来ることを期待します。
友寄 孝 (Takashi TOMOYOSE)
行動する技術者たち取材班
(一社)沖縄しまたて協会 技術環境研究所
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【Web版第41回】沖縄の厳しい自然環境を逆手に取る! ~塩害と台風への挑戦、そして人材育成~ | 364.19 KB |