【土木学会誌掲載 第20回(最終回) 連載が伝えたメッセージ より】
この連載の意図は、土木技術者自身の社会的地位を上げるために社会に対してしっかり認識してもらうというPRもありましたが、主たる目的はそれではなくて、「土木技術者自身が、『核になる人材』としての意識をもちましょう」という呼びかけだったのです。だから土木学会誌の連載なんですね。その呼びかけの中身は二つです。一つは、「総合性をもちましょう」ということです。私は土質だ、私はコンクリートだとか言わないで、本来のシビルエンジニアというマインドで、自分たちのスコープを広げて貢献しましょうということです。もう一つは、「情報発信力を高めましょう」ということです。私自身、土木屋は縁の下の力もちがかっこいいと思うのですが、みんながそういうふうに思っていたのではうまくいきません。この連載で残念だったのは、読者の皆さんに応募を呼びかけたのですが、なかなか出てこなかったことです。ハードの人がもっといて、あちこちからそんな人が出てくるのかなと思っていました。
今度の国土形成計画では、広域地方圏のブロックごとに独自の戦略をもってください、それぞれの地域は国内でなく、アジアのなかで個性をもってくださいということを言っています。これは、「言うは易し、行うは難し」で、最大の問題は『核になる人材』です。それは一体誰だろうということを考えますと、役所の人では所掌事務があり動きにくい部分が、民間の人では、自分の業態のところだけしか見ていない部分がありました。国土形成計画でいう「地域力の結集」ということが行われてこなかったのです。これは、限られた人しかできないことだと思います。土木の人たちは、官も民も含めて、他のバックグラウンドをもつ人に比べ、圧倒的にその機能をもっています。土木技術者は、パブリックマインドというのが骨の髄まで染み込んでいますから、そういう意味でますます役割は大きくなるでしょう。神戸の地震以来、ボランティア活動やNPOの活動といった地域力に関しては非常にいい面が出てきて、国際的に見ても恥ずかしくないレベルにだんだんきています。それでも、行動しようとしたときの環境や住民側の受け取り方、そのなかでコンフリクト(衡突)をどう解決するかとか、いろいろな問題を抱えています。コーディネーションをするときに、もともとそこにいる人はもちろん重要なんですが、いろいろなしがらみがあったりします。また何より、地元の良さが当たり前になっていて、外の人が訪れたときに初めてそれがわかるといった面が結構あるんです。ローマの歴史、シルクロードの歴史、楽市楽座、江戸の参勤交代、また現在の東京、アメリカ合衆国とか、結局、違う人たちが混じったときにいろんなことが出てきて、そこに活力が生まれ新しい文明が生まれるというのは、人類の歴史の本筋ですよね。地域活性化の王道だと思います。そういう地域活性化に貢献できる資質が、土木技術者にはあります。専門となる活動範囲は防災だったり福祉だったりしますが、地域活性化では、それぞれ自分の分野からウイングを広げてカバーできる人たちが大変重要になってきます。そのような面で、土木技術者というのは、多くの人が現場を渡り歩いて仕事をするという環境で育ってきているので、そういうミッションを受け入れやすいグループであるという気がします。
海外で活躍をしている人はたくさんいるんですが、舞台がJICAだったり役所だったり民間のプロジェクトに限定したりという場で出ているので、地域をなんとかしようという意味では、浮かび上がってきにくい舞台だったと思います。したがって、連載では意識してそういう方に登場いただきました。面白いことに、技術者の多くが若いとき、たとえば都市計画をやっている学生では、自分の大学の教官になりたかったり、自分のまちの計画を立てたい、などと思っているんです。だけどだんだん成長してくると、「そんなことは関係ない、どこでも活躍したい」と、そういうふうに変わっていくんですね。そういう意味で、アジアの経済域が一体化していくということは、日本の土木技術者にとって、活躍の分野が広がるということです。連載で紹介したのは、場所にとらわれず活躍する先駆者たちなのです。
国際社会、アジアのなかでの日本と地域、地域の独自性、あるいは核となる人間の専門性をもった人間、そういうキーワードで見たときに、若い世代もわれわれの世代も含めて、足りないものはなんだろうと常に問う必要があると思います。優れた人材は多いのですが、その人たちもある分野のことについては詳しいけど、ほかの分野については時間を使ってこなかった、というのも事実なのです。ですから、ポテンシャルとしてのわれわれのキャパシティ、ヒューマンリソースとしてのキャパシティは、まだまだ広がり得る、そんな気がします。特に若い人たちには、いろいろな分野についても興味を広げてほしいし、地図上での空間としても広げてほしいです。最近の学生は、10年、20年前に比べても、旅行する比率がすごく落ちています。若い人には、関心を地図上で広げてもらいたいです。若いときに、あそこに行って何を見たとか、何を感じたというのが、ものすごく重要なんです。違う分野の本を2、3冊もって、年間少なくとも30日は旅行をしてほしい。私は大学生のとき、少ないときでも年間82泊は東京を離れていました。そのときのことは、いま、ものすごく大きな財産です。
行動する技術者たちの貢献分野
連載で紹介された技術者たちはそれぞれに、うっかりすると見逃したり、できないとあきらめてしまいそうな地域や広域的な課題に対して、アイデア、熱意、研究心などをもってチャレンジされ、かつ多くの関係者の理解や協力を得てすばらしい解決策を導入しています。国分寺市の「『無用の水』が『恵みの水』に」が典型でしょう。最近の話題に即していえばエンジニアリングデザイン能力に長けた方々だと思います。また、技術者たちは土木の固定概念にとらわれず、経済、社会そして人間の信頼関係のもとにプロジェクトを成功に導いています。これこそシビルエンジニアの典型であり、社会の将来を築くインフラを提供し、市民工学を担う土木技術者の本分だと痛感しました。さらに、簡易舗装のモンゴルへの技術移転やりんごの中国への輸出などに見られるように、国境がないことです。地球上には国境は描かれていませんが、シビルエンジニアの原点をここに見出せるのではないでしょうか。
土木学会では、調査研究活動、学会誌や講習会などによる情報提供・普及活動、技術者の自己研鑚を目的とした継続教育制度(CPD)、優れた技術者を認定する資格制度などを行っています。また、今後は会員、技術者が地域と接触し、課題と向き合い、企業や大学とのコラボレーションによる地域活性化への貢献を目指す支部活動も必要です。とりわけ、技術者資格制度については、時代の潮流に即するだけでなく、一生にわたる技術研鑚と連動した仕組みが必要で、土木の信頼性向上に資する「顔の見える土木技術者」の育成を支援していくこととしています。具体的には、①特別上級を除く技術者試験は非学会員へも門戸を開き、2級試験をコンピュータ化し、②現場での経験を重視して審査する実務コースを設立し、③他の学協会と連携のもとで継続教育制度の充実を図っていくことなども一例です。
今後、単に構造物の構築のみでは解決しない問題、課題が増えていくと考えられ、「合わせ技」がますます必要となるでしょう。その際には、土木以外の領域との連携や国際的な連携を担ったり、行政や研究、さらにNPO活動の中心となる土木技術者が多くなると考えられます。そのため、今後一層、地域や社会の問題を見出し解決する能力を有する技術者、さらにはアジアに豊かな隣人が増えることを目指すような倫理観と広い見識を有する技術者が育ってくれることを期待しています。学会としても、そのためのお手伝いができるよう努めてまいります。
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行動する技術者たちVol.20 連載が伝えたメッセージ (PDF) | 435.25 KB |