進学、就職における苦労、就職後もトンネルの現場に入ることができない現実。
女性土木技術者として様々なハンデを抱えながらも、技術者として生き残るために海外の現場に活動の場を見いだし、自分に付加価値をつけようと様々な努力を重ね、インドバンガロールメトロの現場監督を経て、現地法人社長として活躍する女性技術者の取り組み。
インド南部に位置するバンガロール。人口1000万人を超え急速な発展を遂げる町で、全長42kmに及ぶ地下鉄が完成しようとしています。この大型メトロプロジェクトに携わる4万人もの技術者の中で現場に立つ女性はただ一人。“マダム”と呼ばれるその女性は、今回ご紹介するインド地下鉄工事で女性初の現場監督として指揮をとった阿部玲子氏です。
大きなプロジェクトの責任者となった阿部氏ですが、その技術者人生は決して順風満帆なものではありませんでした。
大学で土木工学を専攻し、大学院進学を希望しましたが、女性土木技術者自体も、女性を受け入れてくれる土木系研究室も少なかった時代でした。その時阿部氏の面倒を見てくれたのが、神戸大学の櫻井春輔先生の岩盤研究室でした。そしてそれだけでなく、就職活動においても、阿部氏は総合職としての女性土木技術者が非常に採用されにくい絶望的な状況に直面しました。そのような時、総合職の技術者としての就職をあきらめかけた阿部氏を奮い立たせてくれたのは櫻井先生の「絶対に妥協するな。就職したときのポジション(スタートライン)が違って10年後に後悔するのはお前だ」という言葉でした。
厳しい就職活動の中、周囲の協力もあり阿部氏はなんとかゼネコンに就職しましたが、今度は“山の神は女性”であり、“山に女性が入ると問題が起こる”という昔からの言い伝えにより、同期社員の中で唯一阿部氏だけがトンネルの現場に入ることができませんでした。当時はバブル景気のため開削工法による地下歩道工事など女性でも従事できる仕事はありましたが、今後のことを考えると、どこの現場にも入ることのできる男性同期社員と比べ制限のある自分に危機感を感じました。その時、上司に言われたのが「このままでは、同期社員と比較され最初に首になるのはおまえだ。プラスアルファを持ちなさい」という言葉でした。この言葉が、阿部氏の技術者としての転機となります。
自分にとってのプラスアルファ、付加価値とは何かを考えた末、「国内の現場に入れないのなら国外に出よう」という考えが浮かびました。阿部氏は当時の心境を、「技術者として生き残るために、他の人と区別するプラスアルファを模索した」と振り返ります。留学当初はなかなか英語が聞き取れずノイローゼになりかけたと言いますが、「これまでたくさんの人が自分を支えてくれた。何も恩返しする前にここで帰るわけにはいかない」という気持ちが阿部氏を支えました。ノルウェー工科大学で修士号を取得後、ノルウェーのゼネコンで海底トンネルやオスロ地下鉄のプロジェクトの建設現場を経験し、トンネル技術者として経験を積み重ねました。
日本に帰国した阿部氏にタイミングよく、台湾新幹線プロジェクトのチャンスが舞い込んできました。英語とトンネルができる者という条件をクリアするのが阿部氏であり、留学の強みが発揮されました。その後も、中国遺棄科学兵器処理事業、カタールナショナルマスタープランプロジェクト、インドデリー地下鉄工事を経験し、インドバンガロールで地下鉄工事の現場監督として指揮をとるまでに阿部氏は成長しました。
海外プロジェクトにおいて日本の建設コンサルタント業務と異なるのは、例えばインドであれば、発注者であるバンガロールメトロ公社に対し、日本、インド、イギリス、フランスの4カ国のJVの建設コンサルタントが入札書類の準備業務から始まり契約、建設監理、車両・システム・信号の設置、運営・維持管理、品質・安全管理という全ての工程について、コンサルティングサービスを提供するということです。それぞれの工程にエキスパートと呼ばれる監督技術者が配置され、阿部氏はその1人でした。そのエキスパートに約400人(うちインド人: 380人、その他外国人: 20人)の技術者が付きチームとして進めていきます。エキスパートは、その工程管理の全て行います。400人の技術者を雇うのもエキスパートの仕事です。
バンガロールメトロの現場監督は簡単な仕事ではありませんでした。管理者として最も大変なのは、インド人に工程管理の大切さ、品質・安全管理の徹底を指導することです。「インド人は新しい技術の習得には貪欲だが、工程・品質・安全管理の意識はまだ低い」と言います。また、施工においては、バンガロールの固い岩盤に泣かされます。しかも地質が均一ではなく、シールドマシンは硬い岩盤と柔らかい土を交互に切らなくてはならず高い技術と工夫が要求されました。このような難しい状況であっても、柔軟な対応ができるのが日本人エキスパートの強みで、多くの経験を活かし困難な施工を乗り越えていきました。
インドの地下鉄プロジェクトの監督責任者を務め上げた阿部氏ですが、その後自分の母校山口大学で博士号を取得します。例え海外であっても、女性である阿部氏の意見と外国人男性技術者の意見が違うと阿部氏の意見はなかなか聞いてもらえません。まだまだ自分自身の技術的信頼が低いと感じた阿部氏は、「私は男性にも外国人にもなれない。では、信頼を得るために何をやるかを考えたら博士号という道に行き着いた」と言います。論文テーマは「粉塵計測を例とした発展途上国における効果的な環境マネジメント向上に対する研究」。「日本の品質や安全・環境の管理は世界一。その技術をインドの現場にも伝えていきたい。インド人の技術者に読んでもらいたいから苦手な英語で書いた。品質・安全・環境管理は私のライフワークになった」と阿部氏は言います。
2014年10月から阿部氏に任されたのは、(株)オリエンタルコンサルタンツグローバルのインド現地法人の社長です。これまでの経験とは全く異なる経営・営業の手腕も問われます。経験のない初めての任務に対する恐れはないかと阿部氏に聞くと、「私の技術者人生は常に“女性で初めて”の連続だった。初めてには慣れている」と力強く笑顔で答えてくれました。また、自分の技術者人生を振り返りこう付け加えました。「プラスアルファをもたないと技術者として切られるという危機感が常にあった。他の人と区別するためには前にでるしかなかった。でも、自分が女性だったからこそ前に進めて今の自分がある。女性で本当によかったと今は思う」。かつては女性というハンデを抱え、技術者として生き残るために自分に付加価値をつけようと様々な努力を重ねてきた阿部氏。様々な出会いの中、阿部氏が身につけたものは、確固たる技術力と強い信念だったのではないでしょうか。
あきらめたらそれで終わり。何事もやってみないことには分からない。よく若い女性技術者から“私にもできますか?”と聞かれるが、そんなことは分からない。でも、少なくとも私はやってきた。あきらめなければ必ず道はあると信じて頑張っていただきたい。
行動する技術者たち取材班
松田 奈緒子 (国土技術政策総合研究所)
田上 貴士 ((株)オリエンタルコンサルタンツ)
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【Web版第43回】あきらめない気持ちが道を切り開く~海外の現場で指揮をとる女性土木技術者~ | 668.24 KB |