メインコンテンツに移動
土木学会 Web版「行動する技術者たち」 土木学会
Web版「行動する技術者たち」

メインメニュー

  • 土木学会

Web版「行動する技術者たち」について

  • ホーム
  • Web版開設にあたって
  • 取材班の紹介
  • 森地先生、古木顧問からのメッセージ
  • メールフォーム

これまでの掲載一覧

  • Web版 第41回~
    • 第47回 首藤 勝次氏
    • 第46回 建山 和由氏
    • 第45回 清水 善久氏
    • 第44回 篠原 修氏
    • 第43回 阿部 玲子氏
    • 第42回 安江 哲氏
    • 第41回 下里 哲弘氏
  • Web版 第31回~
  • Web版 第21回~30回
  • Web版 第11回~20回
  • Web版 第1回~10回
  • 土木学会誌掲載分
    • 第19回 小口健蔵氏
    • 第18回 岩田鎮夫氏
    • 第17回 佐伯浩氏
    • 第16回 猪爪範子氏
    • 第15回 中村良夫氏
    • 第14回 青山俊介氏
    • 第13回 熊谷靖彦氏
    • 第12回 片田敏孝氏
    • 第11回 桃井徹氏
    • 第10回 中川大氏
    • 第9回 久保田尚氏
    • 第8回 Frederick P.Salvucci氏
    • 第7回 和泉晶裕氏
    • 第6回 鈴木忠義氏
    • 第5回 三戸部春信氏 竹内典之氏
    • 第4回 徳島征二氏
    • 第3回 石島修二氏
    • 第2回 稲村肇氏
    • 第1回 森川高行氏

現在地

ホーム › 土木学会誌掲載分

【第12回】 逃げない人を逃がすには

群馬大学大学院教授 片田敏孝氏
片田教授
住民と語り合う片田氏

 「脅しの防災教育」ではなく「理解の防災教育」の推進普及に尽力。災害発生時に情報が提供されても「逃げない住民」。彼らの心に寄り添い、評価尺度を理解した上で、行動変容を導く活動に取り組む。


■■「逃げない住民」

 近年各地で頻発している地震や水害。発生が確実視されている大規模地震。その他にも津波や土砂災害。
 災害への対策がハード・ソフトの両面から進められている一方で、災害の情報が与えられても逃げない住民が毎回のように報じられます。また、災害情報は確実な情報ではなく、世間では空振りを繰り返すオオカミ少年のようにも思われており、一度でも外れると、次から『逃げる』という行動をとる人が少なくなっていくのが実態です。
 明らかなリスクに対し、正常化の偏見などから『逃げない住民』をどう逃がすか-災害の危険地域でその問題に取り組んでいる技術者の一人が、今回紹介する群馬大学大学院の片田敏孝氏です。

■■1枚の紙切れで

 片田氏はもともと、産業連関分析などを専門とする土木計画の技術者でした。片田氏が防災の分野に足を踏み入れるきっかけとなったのは約10年前。洪水ハザードマップの導入に向け検討が始まったころでした。
 「地図1 枚で災害の被害が軽減できるならその費用対効果は大きいに違いない」と感じた片田氏は、その効果を把握するため、配布前後の意識の変化を計量しようと福島県郡山市において事前調査を行いました。
 そしてハザードマップが配布され、事後調査に取りかかろうとした1998(平成10)年8月、郡山市を大きな水害が襲いました。実際に災害が起こってしまい、比較のための事後調査ができなくなった片田氏は、当初の予定を変え、実際にハザードマップがどのように使われたのかという調査に取り組むことにし、まずアンケートの調査票作成のための事前調査として被災直後の現地に入りました。

片田氏の行動の展開
片田氏の行動の展開

 そこで片田氏が目にしたものは、泥によって一面単色となったまちの姿、被災の悲しみにふける間もなく原状の復旧に取り組んでいる被災者の姿でした。それが防災の道に深く入り込んでいくきっかけとなりました。

■■「災害過保護」

 片田氏は郡山水害の後、災害の被害を低減するため、防災情報に関する研究に取り組んでいきました。日々の研究の積み重ねによる改良でハザードマップの提供できる情報の精度は高まってきましたが、それに反するように、伝えるべきリスクが正しく住民に伝わらず、ハザードマップがセーフティマップと受け取られたり、避難情報が提供されても災害が起きるたびに『逃げない住民』が存在します。
 行政や防災施設に過度に依存心をもち、自らの安全も判断も他者に委ねてしまっている「災害過保護」とも言える状況で、どうやって自ら行動を起こしてもらうのか。片田氏はこの問題に取り組むようになっていきました。

■■逃げない人の心に寄り添う

 片田氏は、水害・津波・土砂災害といったさまざまな災害の被災地や災害常襲地域の「現場」に身を置き、そこで、多くの住民と膝をつき合わせながら活動しています。
 『逃げない住民』は、専門家の評価尺度では「防災意識の低い住民」となりますが、よくよく話を聞いてみると、その中にも彼らなりの合理的な判断が働いていることがあります。
 避難勧告が出ても逃げないお婆さんがいました。行動だけを見れば、お婆さんは『逃げない住民』であり、専門家の尺度では良くない行動をしていたことになります。しかし、お婆さんは「苦労して爺さんと建てた家だけが流されて自分は助かっても、その後の人生を考えたらとてもつらい。だから家が流されるなら自分も一緒に流される」と、自分の尺度ではベストな選択をしていたのです。
 そうした評価尺度のギャップを埋め、どうやって『逃げる』という行為を導き出すのか。
 「専門家の尺度で住民を評価するのではなく、彼らに寄り添い、それを理解したうえで、彼らの尺度から再び『逃げる』という選択を導き出す。そのためには相手の心の内面に寄り添わなければならない」と片田氏は語ります。

■■気づきのきっかけを

 また、災害危険地域に住んでいる人たちは「災害に備えなくてはならない」、「海辺では地震が起きたらすぐ逃げる」といったとは知っていますが、実際には行動していないことが多々あります。知っている、わかっているけど行動していない、という態度をどう変えていくのか。
 片田氏は「それには『脅しの防災教育』ではなく『理解の防災教育』が必要だ」と語ります。
 直接的に「災害時は危険だからこのようにしなければならない」とは言わずに、他の地域での事例を引き合いに出して『逃げなかった住民』は、避難するという意思決定をしたわけでもなく、避難しないという決定をしたわけでもなく、決定をしないまま時を過ごしてしまっただけではないかというようなことを、さまざまな分析や事例、例示を含めて説明していくと、聞いている人たちはだんだんと、それは自分たちも同じことだと気づき始めます。
 そのときに、改めて問いかけます。「一番危ないのは災害じゃない。施設が欲しい、情報が欲しいと、委ねてしまう姿勢が一番危ないんだ」と。

これからの防災のあり方
これからの防災のあり方

■■社会の一員としての姿勢を

 こうした取組みを片田氏は、「住民の心をとらえながら『逃げる』という行動を導くためのコミュニケーションプロセスの研究であり、社会技術の開発だ」と言います。
 『逃げろ』という情報に対し、「逃げなくてもよかった」、「今度も逃げなくてよかった」…この繰り返しでは最後の1 回が「逃げておけばよかった」となります。この最後の1 回をどう回避するか。逃げるか、逃げないかは、人が自らリスクにどう向かい合うのかという心の問題で、これを解決しなければ、ハードで守りきれない部分の被害を回避することはできません。

津波被災地の現場で住民と語り合う
津波被災地の現場で住民と語り合う

 マイケル・ギボンズの提唱する『モード論』。専門家による学問領域の発展に価値を求める『モード1』。それに対し『モード2』とは、社会に存在する問題に対し、さまざまな領域の知識を集め、さまざまな人の参画で解決します。
 「いま社会から求められているのは、災害の被害という具体の問題に、さまざまな分野のさまざまな知恵を集約し、どうやって具体的に解決するのかということで、それが実学領域にある土木への社会の期待であり、また土木の役割だと思います」。こう語る片田氏の行動は、まさに『モード2』の取組みと言えるのではないでしょうか。


行動する技術者たち取材班
中島敬介 NAKAJIMA Keisuke  日本技術開発(株) 都市・マネジメント事業部(前・国土技術総合研究所 交流研究員)

参考文献
1)Docon Report Vol.175 2006年9月
2)マイケル・ギボンズ:現代社会と知の創造―モード論とは何か、丸善、1997. 8

土木学会誌vol.92 no.6 June 2007

土木学会誌掲載分
添付サイズ
PDF icon 第12回 逃げない人を逃がすには(PDF)418.89 KB
  • 新しいコメントの追加

コメント

ハード面の整備をいくら行ってもそれを利用する住民がうまく活

投稿者:パシフィックコンサルタンツ(株... 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00

ハード面の整備をいくら行ってもそれを利用する住民がうまく活用できなければ、それは十分とはいえないだろう。それが命の危険にかかわる防災においては、特に顕著だと感じる。今回特集されていた「逃げない住民をどのように逃がすか」という課題は、とても有意義で斬新的な取り組みと思う。「専門家の尺度で住民を評価するのではなく、彼らに寄り添い、それを理解したうえで、彼らの尺度で『逃げる』という選択を導き出す。」という話すコメントからは、住民に対する愛情とこれまでの経験が詰まっている。今後、このような専門家がますます必要とされるだろうと痛感した。

  • 返信

災害時における住民の避難に対する意識がこれ程までに希薄であ

投稿者:東京急行電鉄株式会社 小野浩之 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00

災害時における住民の避難に対する意識がこれ程までに希薄であり、かつ避難勧告発令時に「逃げなくてもよい」という自分尺度の解釈をする住民が多いことを、記事を通じて初めて知った。住民に対し、いかにして「避難しなければならない」という意識を持たせられるか?ハザードマップの視覚的表現の工夫による心理的な避難誘導、住民とのコミュニケーション強化による「理解の防災教育」が極めて重要であることを認識させられた。同教授が取り組む具体的な方策に関する説明が知りたかった。

  • 返信

災害情報があるたびに「逃げない住民」のことが報道されており

投稿者:東京ガス(株) 鈴木一生 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00

災害情報があるたびに「逃げない住民」のことが報道されており、その都度なぜ逃げないのかをとても不可解に思っておりました。今回の記事を読んで、自らの価値観で敢えて「逃げなかった住民」と、避難する・しないの意思決定を自らすることなく「逃げなかった住民」の大きく2つに分類されることがわかり、それぞれの相手にいかにして自発的行動を促すかが大切であるかとともに、非常時にはそのような時間はないことから平常時からいかにしてケアしていくことが大切なのかがわかりました。

  • 返信

災害発生の時,逃げない人を逃がすことは本当に重要な課題です

投稿者:九州大学 西山浩司 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00

災害発生の時,逃げない人を逃がすことは本当に重要な課題です.しかし,’オオカミ少年’のことを考えれば,難しい課題です.相手は,学習能力の高い人間です.最近の防災関連の分野では,予測手法や情報網の発達などで随分格好の良い防災システムが構築されていると思います.しかし,情報を与える側のシステムがどんなに進展しても,受けて側の人間が反応しなければ,どんな洗練されたシステムも宝の持ち腐れです.従って,記事にあるような研究は極めて重要になることは明白です.しかし,人間にも,いろんな人格があるので,一筋縄にはいかないでしょう.そう考えれば,人間の心をどう掴むかが重要になるでしょう.防災分野の諸問題を解決するためには,心理学を真剣に取り組むことが実は一番早道かもしれませんね.

  • 返信

************************
行動する技術者たち~行動と思考の軌跡~
(土木学会創立100周年記念出版)のご案内

************************

************************

あなたのまわりに行動する技術者はいませんか?

新しい発想で、国土・地域づくりや地域に貢献する活動に取り組んでいる技術者をご紹介ください。自薦・他薦は問いません。

●申込先:
行動する技術者たち取材班
→ mailform
************************

************************
行動する技術者たちセミナー
~沖縄で育む「行動する技術者」~ を開催しました。

************************

************************
シニアに学ぶ『退職後の輝き方』
(成熟したシビルエンジニア活性化小委員会)

退職後も生き生きと活動されているシニアのシビルエンジニアの方々へのインタビュー記事を公開中
************************

 

(c)Japan Society of Civil Engineers