Koichi Maekawa, Tetsuya Ishida, Toshiharu Kishi (前川宏一、石田哲也、岸 利治) Taylor & Francis 2009
Koichi Maekawa |
Tetsuya Ishida |
Toshiharu Kishi |
本書は、コンクリートを構成するセメントの水和反応からセメント硬化体組織、水分の移動、中性化現象、溶出、塩化物イオンの移動等の材料的な様々な現象と、コンクリートの力学挙動や劣化過程などの時間依存性のある現象をモデル化し、その適用を英文でまとめたものである。
具体的には、ナノメートルレベルの材料特性からメートルレベルの構造応答、すなわち、コンクリートを代表とするセメント系材料を著者らが開発の熱力学連成解析システム(DuCOM)を用いて、水和反応、空隙構造形成、水分の移動/保持といった時間依存性挙動をコンピュータ上でシミュレートする手法を確立した。また、DuCOM から得られる微視的な熱力学的状態量を3次元構造解析システム(COM3)と連成させ、ミクロな材料特性とマクロな構造応答を統合解析するシステムを確立し、各種劣化を考慮したコンクリート構造物の性能評価手法を構築した。
今日、Multi-Scaleに関する研究は多い。しかし、多くが材料工学、構造工学の域を越えきれていない。本書は著者らのコンクリートに対する高度な研究と独自の観点からまとめられ、材料科学と構造工学を統合する新しい設計概念とその手法を提示したものである。
本書は国内だけでなく国際的にも価値が高い研究であり、英文による海外からの出版により、我が国の土木工学・土木技術のレベルの高さを世界に発信していることは高く評価される。
よって、ここに土木学会出版文化賞を贈呈する。
「マルチスケール」とは、ここではスケールの異なる構造体双方の物性、もしくは挙動を連成させる意味として使われている。
例えば、複合材料などは複数の異なる材料から成り立っており、仮にこの複合材料の材料特性を均質化できれば、全体の挙動の把握が可能となる考えから、マルチスケールな解析が取られるようになったようである。
コンクリート分野では、コンクリートを代表とするセメント系材料を対象とした研究の方向性の一つとして、ナノレベルの空隙構造や、その中で生じて いる化学反応や変形が論じられるようになってきている。
今回受賞対象となった同書は、コンクリートを構成するセメントの水和反応からセメント硬化体組織、水分の移動、中性化現象、溶出、塩化物イオンの移動等の材料的な様々な現象と、コンクリートの力学挙動や劣化過程などの時間依存性のある現象をモデル化し、その適用を英文でまとめたものであり、著者らのコンクリートに対する高度な研究と独自の観点からまとめられたものである。
コンクリートを代表とするセメント系材料を著者らが開発の熱力学連成解析システム(DuCOM)を用いて、水和反応、空隙構造形成、水分の移動/ 保持といった時間依存性挙動をコンピュータ上でシミュレートする手法を確立したこと。
また、DuCOM から得られる微視的な熱力学的状態量を3次元構造解析システム(COM3)と連成させ、ミクロな材料特性とマクロな構造応答を統合解析するシステムを確立し、各種劣化を考慮したコンクリート構造物の性能評価手法を構築したことが大きな特徴であり、材料科学と構造工学を統合する新しい設計概念とその手法を提示したものと評価される。
コンクリート構造物の寿命予測は難しい。それは第一には,コンクリートが,セメントや骨材など大きさや性質の異なる様々な材料で構成されている複合材料であり,鋼材のような均質性の高い材料とは異なる不均質さを有することによる。第二には,コンクリートの強度をになうセメントペーストの組織が,セメントと水との化学反応によって形成されるため,時間や温湿度などの環境条件に依存して変化することにある。第三には,二酸化炭素や塩化物イオンなどコンクリートの劣化原因となる因子が,これも時間や環境条件に依存してコンクリート内部に侵入することにある。第四には,コンクリートの劣化現象が長期間にわたって進行することにあり,第五にはコンクリートという材料のもつ耐久性と,コンクリートによってつくられた構造物のもつ耐久性とが必ずしも一致しないことにある。これは,衣服を例にとると,布地(コンクリート)がしっかりしていても縫製(接合部)が綻びれば衣服としての用を足さなくなる場合もあれば,その逆もあることに似ていると言える。さらに第六には,コンクリート構造物は必要とされる場所に最適となるようにつくられるオーダーメイド品であるため,材料特性も構造緒元も作用する環境や荷重も,一つとして同じものはないことによる。
本書の特徴は,これらの様々な条件をすべて取り入れ,さらに相互作用をも考慮した解析理論を確立し,包括的に総合したことにある。すなわち,セメント化学で論じられるナノレベルの現象から,マイクロレベルの劣化現象,ミリレベルのひび割れの発生とその進展,さらには巨大な荷重を支えるメートルレベルの大型構造物に至る全てのスケールをひとつの概念にまとめあげ,それぞれの段階で時間依存性を考慮できるようにした。これによって,セメントの水和反応から構造物の性能低下まで,コンクリート構造物の一生の様々なステージにおける寿命予測を可能にしたと言える。今日,類似の研究は少なくないが,その多くはミクロな材料特性に着目した材料工学と,マクロな構造応答に着目した構造工学とに分化されている。本書は,両者を統合したマルチスケールの解析理論とその手法を提示した大作である。