令和2年度 土木学会出版文化賞は以下の2作品に決定いたしました。
洪水と水害をとらえなおす 自然観の転換と川との共生
大熊 孝(著)
株式会社 農文協プロダクション 2020年刊
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【受賞理由】
ここ数年、国内では毎年のように大規模な水害が発生しており、そのたびに地球温暖化に伴う気候変動の影響が取り沙汰される。確かに近年の傾向としてみられる水害の頻発化・激甚化は気候変動にも一因はあろうが、本書ではむしろ、人が自然とのかかわり方を忘れたこと、そして無防備に活動域を広げてきたことが根本にあると喝破している。
日本人は古来、自然を畏れ敬う観念をもち、慎ましやかな生活を営んでいた。しかし明治以降、西洋的な科学技術文明に基づく価値観が導入されるや、国家主導の国土開発が急速に推し進められた。その過程で整備された社会インフラは、豊かさや快適さと引き換えに、人々が古来よりおのずと知っていた自然本来の姿を見えにくいものとした。その結果がダムなどの治水設備への過信や、本来災害に遭いやすい場所でのまちづくりなどであり、いわば人の方が自然の怖さを忘れ、無防備にも災害に近寄っているようだと筆者は指摘している。一方で筆者は、科学技術が今ほど発達していなかった時代では治水でできることにも限界があったが、現代に生きる私たちがかつての自然観を取り戻すことができれば、防災も含めた、新しい形での自然共生社会が実現できるとの希望を見出している。
以上のように本書は、治水技術や防災についてだけではなく、社会と自然との関わりをどう構築するかという土木の本質を問う書籍と言える。よって、ここに土木学会出版文化賞を授与する。
ドボジョママに聞く 土木の世界(全10巻)
福手勤(監修)/應家洋子,山口理(構成・文)/谷川ひろみつ,伊東ぢゅん子(イラスト)
株式会社 星の環会 2019-2020年刊
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【受賞理由】
本書は、土木工学の果たす役割、意義、重要性等を身近な施設であるダム、地下都市、橋、道路、トンネル、水道、川、港湾、鉄道および空港の紹介を通して、主として子供向けに説明した全10巻のカラー絵本である。一般社団法人土木技術者女性の会などの協力も得て、ドボジョママと子供たちによる対話にイラストや写真を織り交ぜた構成とすることにより、土木工学を分かりやすく解説している。
子供が飽きないような工夫、土木工学に興味、関心がない児童、生徒および学生にとっても読み進めやすいような工夫が随所にみられる。各施設に関するコラム、ミニ知識、クイズおよび偉人の紹介のほか、女性技術者へのインタビューなどがその例である。時折、現れる専門用語についても簡潔に説明されており、子供だけでなく大人の知識欲をもほど良く刺激する。また、表面的な情報だけでなく、維持管理、防災対策や今後の施設整備のあり方など、多様な視点から土木施設をバランスよく紹介している。これらは、誤解されがちな土木工学を、より多くの人々に正しく理解して頂きたい、という著者の強い思いの現れであると言える。
以上のように本書は、平易な文章や、イラスト、写真、クイズ等の配置により子供を主な対象としているものの、子供に限らず幅広い世代の人々の土木工学への理解および関心を高めることに大きく貢献するものと高く評価される。よって、ここに土木学会出版文化賞を授与する。