平成30年度土木学会出版文化賞は以下の3作品に決定いたしました。※著者名50音順
未来をひらく道 ネパール・シンズリ道路40年の歴史をたどる
亀井温子( かめい はるこ)著
佐伯印刷株式会社 2016年刊
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【受賞理由】
本書は、日本のODAによって計画、建設されたネパール国の幹線道路となるシンズリ道路プロジェクトのルポルタージュである。JICA職員である著者が直接担当していない本事業への敬意から丁寧に取材を重ね、プロジェクト・ヒストリー・シリーズの1冊としてまとめた。対象道路の計画と建設を時系列で述べながら、ネパールの現代史、関係者や組織、国際援助の仕組みなどがコンパクトに織り込まれた奥行きのある著作となっている。
インドと中国にはさまれたネパールにおいて他国と接続する幹線道路は政治的な意味をもち、また1986年にネパール政府から日本に調査が依頼されて以降、民主化やクーデターなど政治体制が激変する中で、シンズリ道路の必要性を信念とする人々によってしぶとく推進し続けられたプロセスは、ネパールという国への理解とともに道路インフラの本質的価値を考えさせられる。同時に極めて急峻な地形の中を低コストと人力に頼った施工を確実に進めるための現場のリアルな挑戦と苦労は、土木事業の原点を考えさせる。著者の簡潔で解りやすい記述は、ドラマチックな感動をあえて呼ばず、静かに、しかし熱く本プロジェクトの価値を描ききっている。学生や若い技術者、国際貢献を目指す人、さらにインフラの社会的価値を考えたい人など幅広い読者に対して、土木の仕事の意義を深く伝え、感銘を与える図書である。よってここに土木学会出版文化賞を授与する。
河川工学者三代は川をどう見てきたのか 安藝皎一、高橋裕、大熊孝と近代河川行政一五〇年
篠原修(しのはら おさむ) 著
株式会社 農文協プロダクション 2018年刊
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【受賞理由】
本書は、安藝皎一、高橋裕、大熊孝という、歴史と現場調査を重視して川を論じてきた3人の河川工学者の人物像を通して、明治期から現在に至る150年の河川行政の変遷を通観し、近代において河川技術者・工学者は川をどのように捉え何を目指してきたのか、残された課題は何かをまとめた書籍である。
治水、即ち洪水への処し方として、溢水を許容するか否かについて、河川行政の考え方や治水計画の基本となる「計画高水」の目標の変遷、および時代ごとの河川工学者の論弁、社会情勢や国民の意識を踏まえた対比が全編を通したテーマとなっている。特に、近代河川工学が始まって間もない明治期の技術思想について丹念に記述されていることは興味深い。
河川工学を専門としない著者による丁寧で明快な文章は、読み易くかつ理解しやすいとともに多方面にわたる綿密なインタビューや文献調査等に裏付けされた記述として説得力がある。巻末の参考文献と年表も充実しており、初学者や専門外の方の学びにも適した書籍である。
以上より本書は、3人の河川工学者の評伝という形を取りながら、近代河川行政が様々な議論を経て今日に至っている歴史を、詳細かつ分かりやすくまとめた近代河川行政史であり、河川工学をはじめ国土について学ぶ者にとって有用な書籍として土木工学の発展に寄与するものと高く評価される。よって、ここに土木学会出版文化賞を授与する。
そこで液状化が起きる理由(わけ) 被害の実態と土地条件から探る
若松加寿江(わかまつ かずえ) 著
東京大学出版会 2018年刊
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【受賞理由】
本書は新潟、阪神・淡路、東日本、熊本の四大地震でおきた液状化現象を中心に、その被害状況と原因を詳細に記述するとともに、将来の液状化発生リスクに多面的な考察を加えわかりやすく解説している書籍である。
液状化の様々な現象をそれぞれわかりやすく解説し、被害を受けやすい土地の条件や予測のための情報源にも言及しており、土木関係者だけでなく、一般読者へも理解が浸透するように平易な文章で広く、かつ深く綴られている。
本書を通して、昭和~平成に起きた大地震に起因する液状化現象が人命だけでなく経済的にも大きな損失を与えたことをリアリティをもって感じとることができ、今後の防災面における土木技術のさらなる活用の必要性が理解できる。また、液状化リスクを把握するための情報活用については、地名と液状化との関係だけでなく、行政やインターネットから得られる情報の活用方法が示唆されており、読者ひとりひとりが液状化リスクを把握するための手法が具体的に示されている。
今後起こりえる巨大地震に備えるためにも、液状化のメカニズムや各々の土地における被害可能性について、知識・認識を高めることは、国土の防災面だけでなく、国民個人の経済損失をできる限り少なくすることに寄与する。加えて、行政や関連機関の公開情報や現在の土木技術を活用することで、液状化リスクに対して適切な対策ができることを本書は広く知らしめている。よってここに土木学会出版文化賞を授与する。