令和3年度 土木学会出版文化賞は以下の2作品に決定いたしました。
わが国は平成4年に世界遺産条約を批准し、翌年には日本の物件としては初めて「法隆寺地域の仏教建造物群」、「姫路城」、「白神山地」、「屋久島」が世界遺産として登録された。その後も世界遺産リストに登録された物件は増え続け、平成26年に「富岡製糸場と絹産業遺産群」、翌27年に「明治日本の産業革命遺産」など、日本の近代化に重要な役割を果たした建築物や施設等が世界遺産として登録されることで、社会の大きな関心を集めている。
本書は、このような日本の近代化を担った建造物や施設等に着目して、その価値を見直すとともに、遺産という概念が誕生してから社会に定着するまでの経緯や背景、さらには古くなって使われなくなったものを保存する意義を解説する。保存にあたっても、純粋に保存することを重視した展示や見学のための維持管理をするだけでなく、さらに遺産を利活用することで地域の活性化や町おこしに繋げ、地元の人びとを生き生きとさせる資産へと再生させた事例などを紹介し、維持管理に必要な費用の問題についても、いくつかの取り組み事例を紹介している。
以上のように、本書は専門技術者や一般の読者を対象とし、過去に蓄積された社会資本に対する関心を高め、今後、これらを維持管理していくことへの理解を深めることに大きく貢献するものと評価される。
著者近影 伊東孝
令和元年東日本台風や令和2年7月豪雨など、甚大な被害をもたらす水害に毎年のように襲われている我が国では、現在、気候変動を踏まえた河川整備基本方針の改訂や集水域に加えて氾濫域までを含めて対策を行う流域治水の導入など、治水に関するパラダイムが大きく変わろうとしている。しかしそのような変化の中でも、治水の基本は、その川で流すことのできる基本高水をどのように設定するかにあるということは変わらないだろう。
本書は、明治維新以降の近代的な治水計画と河川工学の展開を、自然と社会の条件変化を踏まえつつ、関連する膨大な資料を根拠として詳述する力作である。具体的には、基本高水の設定の仕方に関して、1)なぜ既往最大洪水から「確率主義」へと転換したのか、2)その転換後、なぜ計画規模が大幅に引き上げられたのか、という2つの問いをめぐり、それらへの回答を社会的ならびに技術的に探究している。また最後には、環境の保全と気候変動への対応を踏まえた確率主義からの脱却とそれに対する課題を指摘し、現在と今後の治水政策に対して一定の視座を与えている。
専門的な主題ながらも、一般の人々にとっても重要な問題について、明快かつ説得力を持って記述されており、その内容には良質なルポルタージュを読んで感じるような迫力もある。専門家のみならず一般の人々にも触れてほしい、本質的かつ時宜を得た書籍である。
著者近影 中村晋一郎