令和元年東日本台風や令和2年7月豪雨など、甚大な被害をもたらす水害に毎年のように襲われている我が国では、現在、気候変動を踏まえた河川整備基本方針の改訂や集水域に加えて氾濫域までを含めて対策を行う流域治水の導入など、治水に関するパラダイムが大きく変わろうとしている。しかしそのような変化の中でも、治水の基本は、その川で流すことのできる基本高水をどのように設定するかにあるということは変わらないだろう。
本書は、明治維新以降の近代的な治水計画と河川工学の展開を、自然と社会の条件変化を踏まえつつ、関連する膨大な資料を根拠として詳述する力作である。具体的には、基本高水の設定の仕方に関して、1)なぜ既往最大洪水から「確率主義」へと転換したのか、2)その転換後、なぜ計画規模が大幅に引き上げられたのか、という2つの問いをめぐり、それらへの回答を社会的ならびに技術的に探究している。また最後には、環境の保全と気候変動への対応を踏まえた確率主義からの脱却とそれに対する課題を指摘し、現在と今後の治水政策に対して一定の視座を与えている。
専門的な主題ながらも、一般の人々にとっても重要な問題について、明快かつ説得力を持って記述されており、その内容には良質なルポルタージュを読んで感じるような迫力もある。専門家のみならず一般の人々にも触れてほしい、本質的かつ時宜を得た書籍である。

著者近影 中村晋一郎