世界文化遺産にも登録されている姫路城では、現在、平成の保存修理事業が行われています。今、姫路城で見られるのは、城を完全に覆う巨大な素屋根(すやね)の中へ向かう観光客、大天守の高さまでのエレベーターへの列、最上部の見学スペースでは、間近に迫った姫路城を正面にガラス越しに見つめる人々の笑顔。45年ぶりとなる姫路城の修理工事を、まちのシンボルを見直す機会に変えた自治体首長の新しい価値の創造への取り組み。
白鷺城とも呼ばれる姫路城。世界文化遺産にも登録された美しい姿を守るため、現在、平成の保存修理事業が行われています。しかしその工事は、来訪者を拒むようなものではありません。今、姫路城で見られるのは、城を完全に覆う巨大な素屋根(すやね)の中へ向かう観光客、大天守の高さまでのエレベーターへの列、最上部の見学スペースでは、間近に迫った姫路城を正面にガラス越しに見つめる人々の笑顔。
45年ぶりとなる姫路城の修理工事を、まちのシンボルを見直す機会に変えた姫路市長、それが今回ご紹介する石見利勝氏です。
都市計画の専門家で、研究者でもある石見氏は、姫路で生まれ、姫路で育った後、関東や海外でも暮らしていました。その時、常に持っていたのが何枚もの姫路の写真です。「ふるさとはここだよ」と、話をするときに出すその写真には、白亜の姫路城が写っていました。「ふるさとがあるというのは心の支えだった」と石見氏は言います。
住んでいても離れていても人々の心の支えになるふるさと。姫路をそんなまちにしようと石見氏は、市長着任後、ふるさとを強く意識したまちづくりを進めます。
市長になった石見氏が、強く心に留めたのは、子孫が困るようなことはしないということでした。「子孫にツケを残すことなど姫路では絶対許さん」という石見氏の言葉は、今の市民にはもちろん、未来の市民にも、姫路をふるさととして誇りを持ってほしいとの思いからです。
市長になってすぐ、石見氏は観光に力を入れました。観光が儲かり、市民のため、まちのためになるということを、市民に分かってもらおうとしました。同時に、市民がふるさと意識を持つことで、「まちをきれいに、壊さず」となることを望んだのです。
観光に力を入れ続け数年、姫路のまちがきれいになってきたと気付く人が出始めた頃、平成21年に姫路城は保存修理を迎えました。昭和の修理から半世紀近く、今回は瓦の葺直し(ふきなおし)と壁面の修復を約6年間かけて行う大規模なものです。
お城という財産を将来へ向けてどう守っていくか、同時に観光客の落ち込みが危惧され、まさに姫路というまちの正念場です。
「大天守保存修理という大事な事業なので、この時期にしかできないことをやろう」逆境の中で石見氏は、修理工事を公開することを決断します。
もちろん、ただの公開ではありません。高さ約46.35mの姫路城の大天守の目前にあたる場所に、大天守の最上層の高さに見学スペースをつくりました。「天空の白鷺」と名付けられたこの見学施設からは、大天守を間近に見学でき、時期によっては、大天守の屋根と壁面修理がまさに進められていく現場を見ることができます。また、見学スペースまではエレベーターが設置され、「お年寄りにも障害のある人にも、姫路城を見てもらおうと思った」という市長の言葉のとおり、一般の観光客はもちろん、通常の公開では見学が難しかった人も、身近に姫路城を感じる機会ができたのです。現在、連日のように車椅子での見学者が訪れます。
さらに、工程上の限られた期間のみならず、できるだけ多くの人に匠の技に触れてもらおうと、大天守の修理と並行して行われている別の工事も同時に公開することとしました。姫路城では、大天守とは別に81の建造物があり、それらの修理が行われています。通常でしたら、見学コース脇の工事は見学者に対し目隠し等を行うのですが、姫路城では目隠しをせず、ここでも見学者に職人の技を見てもらうことにしたのです。
他にも、工事期間中に限り内部を公開する「リの一渡櫓」では、江戸、明治、昭和歴代の大天守の鯱の陳列、また、通常ではスペースの関係から2体程度ずつしか展示できなかった甲冑を一同に集め公開したりと、随所に工夫が凝らされました。
この結果、修理見学を目的にした観光客でまちは賑わい、同時に、姫路城が日常の風景となっていた市民も、今一度姫路城に足を運び、ふるさとの誇りを再認識する機会となったのです。
ふるさとというものへの誇りは、姫路城だけではありません。石見氏は、姫路城を中心としたまち全体が、市民が誇るふるさとであると考えます。
石見氏は、姫路駅に降り立った人を、おもてなしの心で迎えられるよう、駅が新しくなるのに合わせ、ホームから姫路城が見えるように、関係者と調整を行いました。また、コンコースを出るとすぐに、大手前通りの広がりとその先の姫路城が見通せるよう、駅の位置を工夫したのです。「駅を降りてすぐに世界文化遺産が見えるのは、姫路とプラハくらい」と石見氏は笑顔を見せます。
2011年11月12~13日に、B級ご当地グルメの祭典、B-1グランプリが、姫路で開催されました。第6回目となるこの大会には、2日間で51万5千人という市の人口に匹敵する来場者がありました。十数年前には、観光のまちという意識が市民に十分には浸透していなかった姫路でしたが、今ではおもてなしの心が根付き、大きなイベントと多くの来訪者を温かく迎えるまちに成長しようとしています。
心の支えであるふるさとを、市民とともに愛し、発信していく。その過程の中で、姫路城保存修理の公開は、大きな役割を果たしています。私たち技術者は、市民の心の支えとなるまちづくりをさらに支えることが、一層重要となるのではないでしょうか。
技術者は、一生懸命のあまり、自分のところへ入り込んでしまいがちです。自分の技術がどう役に立っているか、横に視野を広げ、他とどう関連しているかをぜひ見てください。
そして、必要なのは、熱い心。世の中の課題に反応する心です。「何とかせなあかん」と思う気持ちを常に持っていてほしいです。
行動する技術者たち取材班
大橋幸子 Sachiko OHASHI 国土技術政策総合研究所 建設経済研究室 研究官
渡邉一成 Kazunari WATANABE 一般財団法人(非営利)計量計画研究所 主任研究員
2012.1.16
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第17回 まちのシンボルは市民の誇り~世界遺産・姫路城大天守保存修理による“ふるさと意識”の醸成~(PDF) | 278.49 KB |