水生植物は根の周りに住む微生物が水の汚れを食べて分解すること、そして、多様性のある生態系が形成され、食物連鎖が生じることに着目し、自ら現場で率先して水生植物を植え、住民を巻き込んだ都市河川や閉鎖性水域の水質改善、自然環境の再生を持続的な取り組みにより果敢にチャレンジしてきた。
エネルギー問題、廃棄物処理やCO2削減対策など、私たちの身の回りの環境問題が多岐に渡る中、植物や微生物による環境改善手法が注目されています。特に水質の改善では、既に下水処理や浄化槽において微生物処理手法が実用化されていますが、中でも、水生植物は根の周りに住む微生物が水の汚れを食べて分解したり、多様性のある生態系が形成され、食物連鎖が生じるため、これらの力を活用し、都市河川や閉鎖性水域の水質改善を図ることが期待されています。
今回ご紹介する技術者は、自ら現場で率先して水生植物を植え、住民を巻き込んだ自然環境の再生と持続的な取り組みに果敢にチャレンジしている島多義彦氏です。
島多氏はもともと下水道整備やシールドトンネル整備に従事していましたが、1992年の地球サミット等を契機として、健康や生命に直結する水環境汚染や廃棄物に関心を持ち携わることとなりました。その頃、これらの環境技術は、農学・化学・生物学といった分野で主に議論されていましたが、実際に「ものづくり」に関わる人が環境技術に携わっていなかったことから、現場での実証的な活用は十分ではありませんでした。
例えば、干潟を保全するには水理学や土質工学の知識も必要です。現場レベルでの環境技術の開発や適用に対しては、土木技術者の参加が必要であると認識した島多氏は、自ら環境改善の分野に入り込んでいきました。
当時、淡水の湖沼や河川の水質改善は、水中で植物プランクトンや微生物が増殖し汚濁したり、水量が多いことなどから、従来の水処理技術を適用するにはコストや効率性など様々な課題がありました。
島多氏は、現場レベルの視点から、水生植物を使った淡水域の水質浄化に植生浮島浄化法(フェスタ工法)を考案しました。植生浮島は、土地造成や導水等の動力が不要で、施工や維持管理コストが安く、また、設置場所の制約がなく、浮島の水生植物の根には微生物が住み着きやすいため、浄化能力が高く、多様な水辺生態系を形成することが期待されました。
埼玉県川口市の中心部を流れる旧芝川。かつては江戸へ続く航路でしたが、水害対策のため40年前に川の上下が水門で閉じられ、流れ込む生活排水により汚濁が進んでしまいました。当時、合流式の下水処理だったため、大雨の時は汚物や排水が直接流れ込む状況でした。そのためヘドロが川底にたまり、悪臭のため川沿いを散歩する人もなく、溶存酸素(DO)もゼロに近い状況でした。
このような中、2005年、テレビ番組で企画された旧芝川の環境再生の取り組みがきっかけで、島多氏は水質浄化プロジェクトの技術指導に携わることとなりました。島多氏は、当時新工法のフェスタ工法を、今後広く普及させるためにも、「結果を着実に出す」ことを重視し、まずは旧芝川流域全体ではなく、河川内に設けられていた隔離水域を利用して、浮島と水生植物の浄化効果等を観測することとしました。
プロジェクトの始まりは、ヘドロから発生する硫化水素等が植物やその他の生物、隔離水域内の水質に悪影響しないためのヘドロの除去と浮島の設置、植物の植え付けでした。「住民がヘドロを浚い、浮島を設置したことで、住民の方々の浮島や水生植物への関心を生み出した」と島多氏は言います。旧芝川は、大雨時に1.5m水位が上昇したことから、浮島を流量に耐えるフレーム構造にしたり、水生植物の生育を阻害する雑草が生えにくい基盤構造にしたり、冬季でも枯れない常緑植物を部分的に配置するなど景観面の工夫を施しました。さらに、現場の変化に対応するため、毎週現場に出向き、状況をモニタリングし、その都度、課題に対応することを心掛けました。
プロジェクトで同時進行した家庭排水に対する微生物処理の普及等も相俟って、秋に始まった取組みは約4ヵ月後の春には水質が改善するなど効果が見え始めました。住民は、その効果が見えることで水生植物の重要性に一層の関心を示すこととなり、水草の管理等、住民による自主的な維持管理の気運が高まりました。
島多氏の水質浄化の活動は、海外にも広がりました。
西アフリカに位置するベナン共和国のノコエ湖では、水上集落の生活排水の流入や、雨季に大繁殖したホテイアオイが乾季の塩分上昇で腐敗し、湖水の汚れが顕在化していました。
ここで島多氏は、カキ殻を水中に沈め、水質を浄化する技術を適用することとしました。カキ殻は、多孔質の殻に住む微生物や大型の底生動物の浄化作用が期待でき、何より地元で調達が可能な資材だったからです。しかし、現地ではカキ殻で水が綺麗になることを俄かに信じてもらえません。そこで島多氏は、水槽での実験を住民の前で行いました。30分程度できれいになる水槽を見て、住民はカキ殻の浄化作用を理解し、湖底のゴミ除去、カキ殻篭の設置、維持管理などにも参加してくれるようになりました。加えて、これまで続けてきたゴミや排水の湖への垂れ流しに対しても、改善に取り組むようになったのです。
これらの取り組みを通じて、島多氏は、住民にわかりやすく説明することの重要性について、「水生植物が水辺環境を良くしているということは、一般には理解されていません。しかし、そのことが技術や研究を通じて広く伝わり、水生植物の機能を理解してもらえれば、水生植物を管理していこうと地域住民の方の意識も変わり、行動も変わっていくこととなります。また水生植物に対して悪影響を及ぼす問題(例えば外来生物ブルーギル)も認識でき、それを駆除しようという気持ちが顕在化します」と、住民の行動変容の可能性を述べています。
また、島多氏は、「技術者に求められているものは"確実な成果"であり、"失敗は許されない"という責任が常にあります。小さな結果でもいいので、着実に進めていかなければならない。やりっ放しでは上手くいくはずは無く、モニタリングが必要であり、状況の変化に応じて、順応的な管理(アダプティブ・マネジメント)が重要です。これが成功すれば、地元もやる気を出し、維持管理の継続にも成功します。」と語り、新たな技術の現場適用にはPDCAサイクルの全てに関わることが重要であることを述べておられます。
そして島多氏が自ら率先して浮島浄化法を導入し、植物を管理した旧芝川では、水生植物を利用した浄化施設が作られ、環境のための教材として利用されたり、また、地元の住民自らが草刈りを行い、桜祭りでは花見に賑わい、人々が集まり憩う「人間関係の形成の場」へと変わってきています。
行動する技術者たち取材班
門間俊幸 Toshiyuki MOMMA 国土技術政策総合研究所 主任研究官
渡邉一成 Kazunari WATANABE 財団法人計量計画研究所 主任研究員
参考文献
2010.4.12
添付 | サイズ |
---|---|
第12回 着実な成果が住民意識を変える!~水生植物を活かした水質浄化~(PDF) | 226.41 KB |