人口減少に直面しても活力に満ちあふれたまち、市民・企業が誇りを持ち魅力を感じるまちを形成するためには、クルマに依存せず誰もが自由に移動できることが重要だ───こういった強い信念のもと、LRTを起爆剤とした公共交通網強化を推進。また、市民生活・文化・デザインなどの多様な視点も踏まえながら、「串とお団子のまちづくり」と自ら表現する公共交通沿線まちづくりを今も牽引し続ける自治体首長の情熱と行動。
最近、富山市が「しゃれた街」に変身しつつある、と思いませんか?まちの中心部に多くの人が集い、洗練された流線型で低床型の路面電車が人々の活動を支える…。
「全ての政策は、人口が急速に減少した30年後にも富山市が魅力あるまちであることを目標にしています」とおっしゃるのは、平成14年1月の初当選以来、富山市長として地方自治を牽引してこられた森雅志氏です。
市長着任当時の富山市は、多くの地方都市と同じく「クルマに特化した」「(居住地密度が)薄っぺらな」まちという課題を抱えていました。クルマなしでは自由に移動できないまちでは30年後に生き残れない、という危惧を強く持っていた森氏は、戦災復興によるゆとりある道路空間と、富山駅に集中する公共交通網という特徴も踏まえ、公共交通の可能性に注目していました。折しも北陸新幹線が富山駅まで事業認可され(平成13年度)、また平成14年には富山駅付近連続立体交差事業が都市計画決定されようとしていました。
そこで市長は、公共交通網強化の起爆剤として、利用者の減少に歯止めがかからなかったJR富山港線再生に賭けました。そして「これからの公共交通は鉄軌道系」という直感をもとに、JR富山港線再生の手段としてLRT(低床型でバリアフリーな路面電車)化を選択しました。
JR富山港線を活用した「富山ライトレール」誕生の第一ポイントは「資金の調達」でした。森氏は、将来的な「LRTネットワーク構想」も見据え、先行事業となる「富山ライトレール」開業が順調にできるよう最大限の配慮をしたのです。そしてそのために、国の補助金・地元協力・既存鉄道の廃線補償それぞれに知恵と努力を注ぎ込み、トップセールスを行う一方、富山市も出資する第3セクター「富山ライトレール株式会社」を設立し、「公設民営」により健全な経営の実現を図ることとしました。
当時を振り返り、森氏はまず「富山の人や経済界が市政にとても協力的だった」事を成功の要因にあげます。「いきなり僕を信用しろといっても難しいのに、富山の人はいったん『グッと飲み込んで』くれたんだ」。ただ「上下分離方式(H19年5月法制化)が当時からあれば財源確保がもう少し円滑だったかも」とも。
また、富山県には鉄軌道事業を担う事業者が一社であり、「(その)富山地方鉄道が前向きに協議に乗ってくれたのが実は隠れた成功の要因」と森氏。利用者目線のサービス提供や、バスなど他手段との円滑な連絡・乗継ぎなどの面でこれが良い方向に働いたそうです。
事業計画がどんなに優れていても、公費投入に関する市民理解や、LRT走行の影響を受けるクルマ利用者の理解が無ければ実現に至りません。そこで森氏は自ら説明会に出席し、わかりやすく市民にLRTの効果を説明し、侃々諤々の意見交換を行いました。これを120回。一歩一歩着実に世論を形成していきます。
また、LRTの効果を目に見える形で示すため、市民代表とストラスブールなどLRT先進都市を視察し、その模様をニュース映像でPRしました。「この放送が流れて、説明会の雰囲気が一変したね。路面電車はいつできるの?…という声も出始めた」。車両・電停・周辺空間などのトータルデザインによるかっこいいLRTのイメージが市民に共有され、強く待望され始めたなと実感出来た、と森氏は振り返ります。
「LRTは市民に喜ばれる」という感覚を大切に、森氏は「公共交通を魅力的にすれば人がまちに戻ってくる」という強い信念で様々な政策を展開します。LRTの乗り心地改善、高頻度運行や終電時間延長などに絶えず取り組むだけでなく、「JR高山本線活性化」社会実験(H18~)や上下分離方式による「市内電車環状化(セントラム)」(H21~)をすすめ、市民から強い賛同を得ました。また今後は富山駅南北のLRTの接続も計画、さらなる公共交通の充実が期待されます。
「来訪者の『富山は変わったね』という声が市民・行政・経済を刺激し、市民のライフスタイルを変える。LRTへの注目も高まるし、周辺の不動産市場も活性化する」。森氏の言葉どおり、通勤通学だけでなく、高齢者が商業施設名の付いた電停からLRTに乗って買い物に外出する光景が日常化し、公共交通沿線の居住も進んでいます。
富山市ではこのように、中心市街地活性化、都市景観の向上なども併せ、「お団子と串」と森氏が呼ぶコンパクトなまちづくりが進展しているのです。
「先日オーバード・ホール(2,200人収容)でバンド演奏をさせていただいた。うれしかったよ。私はサキソフォンで副市長はギター。とてもいい音が鳴って気持ちよかったね」と笑顔の森氏。森氏の多彩な趣味や人脈がトップセールスや文化事業等にも好影響を与える事もしばしばとのこと。市民の将来を考える首長のバイタリティが周辺に伝播し広がり、ひともまちも元気になっていく…その縮図を垣間見た取材でした。
LRTも都市整備も、それ自体は政策の目的ではない。経済・産業を活性化し、市民が誇れるまち、企業にとって魅力的なまちを形成するために何が必要かを考えていきたいですね。
公共交通が高頻度に運行し、また終電が遅くなると、「オペラを鑑賞しワインを味わって公共交通で帰宅する」という行動が出来るようになります。こういった文化的なライフスタイルを根付かせるための政策にも、今後一層力を入れたいですね。
「土木」という分野の総合力を発揮してほしいですね。例えば富山市では、戦災復興区画整理事業等で整備したインフラの機能更新・長寿命化(機能更新)がこれからの大きな課題。是非『持てる技術を存分に発揮』して下さい。
行動する技術者たち取材班
森島仁 Hitoshi MORISHIMA 日建設計 企画開発部 主管
参考文献
1)「富山港線の事業概要」(平成18年4月)など各種富山市資料
2011.11.16
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第16回 串とお団子のまちづくりが生活を豊かに~公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり~ | 303.78 KB |