日本の都市計画・交通計画のスキルを基にフィリピンなどの東南アジアの都市において「活きた都市づくり」に取り組んだ事例。
わが国は高度経済成長期に東京への極度な人口集中を経験し、これに対応すべく、鉄道、道路や住宅などの都市基盤整備を短期間で進めてきました。これは世界的にも類を見ない、貴重な取組みであり、公共事業による社会資本整備というビジネスモデルが形成されたと、とらえることもできます。
今回の行動する技術者は、わが国が経験した都市基盤整備、とりわけ計画立案にかかるノウハウを積極的に途上国の都市・地域づくりに活かし、単にわが国の取組みをそのまま海外で実践するのではなく、地域の個性を踏まえ、「地域づくり」により「生活づくり」にまで情熱的に取り組んだ技術者、(株)アルメックの岩田鎮夫氏を紹介します。
岩田氏は大学時代に都市計画を学び、また、1年間のドイツへの技術交換学生インターンシップとその後のヨーロッパヒッチハイクの旅を通じ、海外の都市計画・都市開発プロジェクトに取り組みたいと考え、卒業後、建設コンサルタント会社に就職しました。新人の頃は国内の業務に従事していましたが、本来海外志向が強く、次第に国際協力機構(JICA)などの途上国プロジェクトにのめり込んでいきました。
岩田氏が担当した最初の大きな仕事が、JICAのフィリピン国マニラ大都市圏における交通計画調査でした。1980年頃のマニラ大都市圏では交通渋滞が最大の都市問題となっており、都市の将来像を考えるうえで交通基盤の確立が第一義でした。岩田氏は、わが国で取り組まれてきた交通計画のノウハウを用い、マニラ大都市圏の交通計画調査の立案に当たりました。
しかし、当時のマニラ都市圏では計画策定に必要な基礎データが蓄積されておらず「ゼロからのスタート」でした。そのためにパーソントリップ調査(人の1日の交通行動をアンケート形式で把握する調査)を実施することとしました。この調査は調査員が回答者の自宅を訪問し、アンケートを配布・回収するもので、わが国で交通計画策定時には欠かせないものですが、当時の途上国大都市ではあまり例がありませんでした。一般市民は複雑な質問に答えてくれるのか、金持ちは家族の行動や所得まで答える調査に協力してくれるのか、スラム地区での調査は可能なのかなど、日本の都市では考え難い調査上の問題もありました。
わが国では通常1名の調査員で回答者宅を訪問します。しかしながら、マニラの訪問調査では、回答者に対する安心感や調査員の安全面を考え、男女ペアを含めて2名単位とした調査チームを編成しましたが、このために当初見積っていた2倍の人件費が必要になることがわかりました。
岩田氏は、こうした状況を認め、「人件費が見積もりの2倍になる」事実を受け入れざるを得ませんでした。また、調査設計を進めていく段階で行政担当者から「住民はどういう希望・ニーズをもっているのか」という発言がしばしば出てきました。行政は市民のニーズを汲み上げ、計画に反映させることを重視していたのです。そこで岩田氏は、交通行動の実態調査を行うとともに、ヒアリング調査により回答者の生活や交通に関するニーズを幅広く把握することを提案しました。1回の調査で2倍かかる人件費を有効に使おう、というものです。岩田氏の提案は即座に行政側に受け入れられ、地域の個性を踏まえたユニークな交通調査が実施されました。この結果は交通問題が都市の社会経済活動や市民の生活全体の中でどう位置づけられているかを明らかにし、効果的な計画づくりや政策提言に結びつきました。
岩田氏は、マニラ都市圏での交通計画策定を契機に、フィリピン・タイ・マレーシア・シンガポール・インドネシア・ベトナム・中国などの途上国において合計100件近い交通計画・都市開発計画の策定に参画し、さまざまな国の地域づくりに貢献してきました。こうしたなか、2002年に着手したベトナムにおける伝統工芸振興に関するマスタープラン調査は非常にユニークなものでした。
当時のベトナムは、1987年以降のドイモイ政策による経済開放により工業国へと成長するとともに、地域格差(都市と農村、南部と北部)を是正することが求められていました。岩田氏が手掛けたプロジェクトは、ベトナムの農村や北部山岳地域の少数民族が継承している伝統工芸品の振興を通じて貧困地域の生活向上を図ろうとするものでした。ベトナムの伝統工芸品は約2千にも及ぶ伝統工芸村で主に生産されており、農民や少数民族にとって貴重な現金収入の手段でもあるのです。その担い手は工芸品目にもよりますが、女性や子どもが大きな役割を占めており、家族や村の生活基盤がしっかりしないと工芸生産もうまくいかないし、この逆もしかりという強い関係があります。工芸品は市場で認められ売れなければ生活改善にも結びつきません。また、ベトナム工芸品の伝統価値が保たれないとたちどころに競争力を失ってしまいます。このように伝統工芸品の振興は工芸品の品質、担い手の技術や生活、伝統価値の保全、マーケティング、生産過程での環境への影響など都市問題と同じように多くの側面が複雑に関係しています。2002年の調査の結果は、現地政府のみならず、JICAやUNIDO(国連工業開発機関)などにも引き継がれより大きな動きになっています。岩田氏はこうしたなかで、ベトナムの工芸品を世界の市場でより競争力をもつためにNPO法人を現地で設立し、役員として地域振興プロジェクトを実践しています。
技術者は、地域の成長を技術的に支援することが重要な職務であると思います。その技術が道路整備や舗装技術であったり、橋梁やトンネルをつくることであったりします。しかしながら、われわれ技術者は、地域が成長するために「どのような技術で支援すべきか」を考えるところから、その職務が始まるのではないでしょうか。岩田氏の一連の取組みから、技術者が備えるべき基礎的素養の重要性を学び取ることができるのではないかと思います。
われわれの仕事は仕様書に基づき進められますが、特に「地域づくり」のようなケースでは、調査をしなければわからないことが多く、調査を進めるためのフレームを自分でつくらなければなりません。また、裨益(ひえき)者は誰か、彼らの幸せはどこにあるのか、クライアントの意図はどこにあるのか、より良いアプローチがあるのではないか、など自分なりに考え、必要に応じて途中での軌道修正も必要になります。また、固定観念に縛られない柔軟な思考も鍛えておくべきです。いま、わが国は「少子高齢化」「グローバル化」など、大きく国が変わる時代を迎えています。国が変われば、仕組みや、時にはルールまで変わります。そのとき、どう的確に反応できるかが技術者には問われてくるのです。いつでもゼロベースで課題に取り組むという姿勢が大切かと思います。
行動する技術者たち取材班
渡邉一成 WATANABE Kazunari (財)計量計画研究所都市・地域研究室 主任研究員
土木学会誌 93巻 3号 2008年3月
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第18回 郷に入れば、郷に従い「地域をつくる」「生活をつくる」(PDF) | 277.95 KB |
コメント
近年の日本は、少子高齢化の成熟化社会に突入しているが、とり
投稿者:東京急行電鉄(株) 岩本敏彦 投稿日時:金, 2009-01-16 00:00近年の日本は、少子高齢化の成熟化社会に突入しているが、とりわけ中国、インド、ベトナム等の途上国の発展はめざましく、それらの大都市はダイナミックに変化している。かつての日本の高度経済成長期における鉄道、道路、住宅等の都市基盤整備に関する手法、経験は成長著しい途上国の社会資本整備にも必ず活かされると考えている。経済のグローバル化が進んでいる中、技術者のグローバル化も、もっと進んでいくべきだと思う。