雨期に通行不能となるアフリカ特有の膨張性粘土質の道路復旧に対し、現地の実情にあわせ、現地でも材料が調達でき、かつ、住民たちの人力で施工可能な「土のう」の普及に取り組み、地域づくりに貢献。
発展途上国に対する技術協力については、その国の伝統的な文化や国情を省みず、半ば強制的に近代化の技術や機材を押しつけているのではないかと批判されることがあります。そういわれる理由として、供与された新しい機材の取り扱いや管理方法が理解されていないこと、壊れても修理する技術者がいない、といった現地の技術水準の認識不足からくるものがあります。こと技術協力には、その国の社会、文化に対する理解とともに、現地の事情に応じた“適正技術”が必要とされています。
新しい技術、高い技術が活かされきれない情勢の中、土木分野において、現地の課題に対し、現地の材料を活用し、現地に住む住民たちに、自らの力で課題の克服に取り組んでもらうという“生きた技術協力”に貢献している技術者がいます。地盤工学を専門とし、アフリカに31回も足繁く通い、アフリカを深く理解し、活動する木村亮氏です。
学生の頃から自転車でサハラを縦断するなど、アフリカの大自然に魅せられていた木村氏は、1993年、ケニアにおけるJICAのジョモ・ケニアッタ農工大学・学士課程設置プロジェクトに参加する機会に恵まれました。この大学は、ケニアで5番目にできた国立大学で、大学の設立に際しては、1978年の校舎建設から教育プログラムの支援に至るまで、日本の無償・技術協力により行われてきました。木村氏は、プロジェクトの専門家として、土木教育のカリキュラム作成などを担当してきました。
大学への支援プロジェクトは無事に終了しましたが、ケニアの研究者たちはアフリカの国々の問題に対して、どのような技術を開発していくべきかという新たな壁にぶつかりました。
ケニア国内の道路は、極度の予算不足により農村部では維持管理がなされておらず、農村から地方の幹線道路へのアクセス道路はほとんどが未舗装という状況です。また、東アフリカ特有の膨張性粘土があるため、雨が降ると深い轍(わだち)ができやすく、部分的に通行不能となり、人々の生活に支障をきたしています。農作物を運搬するトラックも立ち往生する状況で、これが農業の発展を妨げる大きな要因となっており、ひいては地方における貧困の原因にもなっています。
農業が主要な産業であるケニアでは、雨が降っても農村から市場へ作物を運搬できる道路の確保が重要な課題となっていたのです。
こうした課題に対する研究が求められていましたが、研究費も十分でなく、地盤の研究といっても、日本とケニアでは国情が全く異なるため、例えば、人々の生活を支える道路の地盤改良も、舗装材料もなければ、建設機械も不十分な状況であるため、全ての道路で舗装ができるわけではありません。仮に舗装材料や機材を支援しても、将来的には維持管理が困難になるとも想定されました。木村氏は日本の技術を移転しても、農村地域では“適正技術”の支援になるか懐疑的でした。
どのような技術を伝えればよいか思案した木村氏に、恩師であり、また、当JICAプロジェクトの委員長であった中川博次立命館大学教授は、常々「本当の研究者は、難しいことも簡単なこともできなければならない。日本の難しい技術などではなく、簡単な技術でアフリカの人々を幸せにする方法を考えることが必要である」と言われたそうです。木村氏は、恩師のこの考え方が、現地の厳しい制約の中で、現地に適用できる技術を柔軟に考えるヒントになったと言います。
農村部へのアクセス道路を雨期でも通行可能となるよう整備するため、木村氏は、昔から日本で使用されている「土のう」の活用を提案しました。「土のう」は迅速に対応可能な復旧技術であり、現地でも材料が調達可能で、かつ、住民たちの人力で施工可能な技術です。
木村氏が「土のう」の敷設を自ら現地で実演することにより、住民が自らも対応できる技術であることがわかり、これによって住民の自助努力が喚起されました。また、住民自らが対応できる技術であることから、維持管理も自分たちで進めていく仕組み(システム)が構築されていきました。「土のう」によって雨期の道路も通行性が確保され、収穫作物を市場へ運搬することができ、現金収入が増え、地域コミュニティも活性化していきました。
自分たちで道直しができるということをきっかけに、やる気や自信を持ち、身の回りのさまざまな問題に対して、その解決にみんなで取り組むようになりました。このような住民たちの変化を見て、木村氏は「一つ一つ自分たちで問題を解決していくことが貧困の削減に結実していく」ことを実感しました。
迅速な対応が可能で、現地でも材料が調達でき、かつ、人力で施工可能な「土のう」は、西サハラをはじめ世界各地で適用が可能な技術です。
木村氏は、NPO『道普請人』を設立し、パプアニューギニアにおいて、アジア開発銀行のプロジェクトとして「土のう」活用を実践し、ウガンダでは、JICAの青年海外協力隊員を集めて実習し、各地に「土のう」技術を広げています。「土のう」が世界中の貧困に苦しむ地域・人々に対して、自らの力で貧困の削減へ取り組める技術であることを積極的に実践・発信しています。
土のうを使った道づくりがアフリカで成功した秘訣について、木村氏は「そのヒントは日本の建設技術展にあった」と言います。木村氏は全国各地で開催される建設技術展に足を運び、そこでのバラエティー溢れるアイデアに触れ、その発明者の豊かな発想に感動し、常識に囚われない考え方を学びました。それが、アフリカの厳しい自然環境・技術力にマッチした、現場を知る技術者ならではの発想・アイデアに繋がったのです。木村氏は「道が住民の目の前で良くなれば、素直に感謝してもらえ、それが自分たちの手で実現できれば、公共心も芽生える。それが重要なのです。」と言います。この言葉は、アフリカなど世界各地の現場で実績を上げてきた技術者から発せられたものですが、我が国でも地域づくりで本来必要な公共心への呼びかけに通じるものであると思います。
行動する技術者たち取材班
門間俊幸 Toshiyuki MOMMA
山本剛 Tsuyosi YAMAMOTO
参考文献
1)アジア経済研究所:適正技術と経済開発 現代アフリカにおける課題(吉田昌夫編),1986.
2)木村亮:大学教育における国際人育成の方法-貧困削減に向けた地盤工学的アプローチ法-,土と基礎54-1,pp.12-15,地盤工学会,2006.1
3)木村亮:発展途上国の人びとと道を直す,土木学会誌vol.93,No.4,pp18-19,2008.4
4)木村亮・福林良典:簡単な技術でアフリカの人々を幸せにする,土木学会誌,Vol.91, No.9, pp.33-37, 2006.
5)NPO『道普請人』ホームページ
2010.5.19
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第5回】 「土のう」が人々の生活と意識を変えた!(PDF) | 243.78 KB |