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「Rapidity(迅速性)、Stability(安定性)、Passion(情熱)」というモットーを行動指針として、初めての海外業務で直面した難題に対しても決して諦めず、粘り強く取り組み解決し、フロンティア・スピリットを体現した技術者の取り組み。
ボスポラス海峡横断鉄道建設プロジェクトは日本企業による世界最先端技術を用いた取り組みで、沈埋、シールド、NATMの3つのトンネル工法が採用されました。特に世界最深部(海底60m)における沈埋トンネル工事が最難関でしたが、本プロジェクトの大部分はシールドトンネルであり、利害関係者が多く、地上建築物や埋蔵文化財への配慮、世界初の沈埋函とシールドの直接地中接合等課題の多い工区でした。そのシールドトンネル部分の責任者を務めたのが、今回ご紹介する今石尚氏です。
マルマライプロジェクトとは、「マルマラ(地域名)」+「Railway」で表現されるイスタンブール市の鉄道輸送力を10倍にする工事期間10年、事業費約1,000億円を超える大規模な地下鉄事業のことを指します。本プロジェクトの構想は150年前のオスマントルコ時代に既に図面として描かれており、トルコ国民150年の夢と言っても過言ではありません。今石氏が所属する企業でのプロジェクト名は「海底をわたる風 ボスポラス海峡横断鉄道トンネル建設工事」とされ、本プロジェクトの経緯や成果はDVD1やCMアニメとして製作されました。
世界最深部における沈埋函沈設と立坑を介さずシールドマシンと沈埋函を直接地中接合させる工事は“世界でも初めて”の試みでした。しかしながら皮肉なことに、“世界初”という理由で仕様書に規定されていた工事保険への加入が認められないという事態に陥りました。そこで今石氏はイギリスやドイツなど世界中の保険会社と交渉し、その時築いたドイツ人エンジニアらとの人脈の助けにより、なんとか工事直前に保険契約を結ぶことができました。海外ではWIN-WINの関係でないと物事が成立しないことが多いため、このケースのようにドイツ人エンジニアと意気投合した結果、保険が成立するなどという事例は、後にも先にも経験することのない幸せなケースでありました。 また、泥水式シールド工法による施工は“トルコ初”の試みであり、機材、人材ともトルコ国内で調達できず、トルコ国内にセグメント工場を建設し、世界中から機材や人材を集めるという作業も全て自らやらねばならず大変苦労しました。今思えば、日本の技術を結集して臨んだビックプロジェクトである東京湾アクアライン事業に参画した経験が、何もないところからスタートする海外工事に大いに役に立ったと今石氏は振り返ります。
図-1 今石氏の取り組み
今石氏の所属企業としてもトルコでの事業は“初”でした。また、契約面では本プロジェクトはFIDICのSilver Book(予期せぬ困難や費用は請負者負担という厳しい規定)がODA初適用され、厳しい対応を迫られました。工事では日本では考えられない違法建築、予見不能な地下の障害物への対応などのリスクが次から次へと発生し、法制、税制、商慣習、契約文化、許認可などのあらゆる問題に、きめ細かい対応が要求されました。
そして何と言っても今石氏にとって最大の “初”は、国内24年の工事経験で、いきなり初の海外赴任、しかも6年間のプロジェクトマネージャーに任命されたことでした。調達から、契約、住民対応、受刑歴者の雇用義務という雇用問題まで、日本の工事では考えられない種々の問題をプロジェクトマネージャーとして解決しなければいけませんでした。セグメント工場の土地探しからパイプ、レールの調達まで、何から何まで自分たちで行わなければならず、トルコは中古レール市場がないため廃線となった広島県の可部線のレールの再利用まで交渉を重ね実現しました。今石氏にとっては初物尽くしのオンパレードで、すべてがうまくいく訳がないくらいの半ば開き直りに近い想いで、勿論数多くの失敗もしましたが、前だけを向いて失敗を恐れず前進しました。
親日で知られるトルコでも考え方や文化の違いから会話が中々成立せず、成立したとしても非常に時間がかかりました。魔法のような解決方法は存在しないため、根気よく会話を続け、お互いWIN-WINとなるよう落としどころを探し、時には譲歩する必要もありました。今石氏は相手の意見を自分自身が確実に理解しているか、相手は内容を理解しているか、YesかNoなのか等、遠慮せずに何度も確認するよう心がけました。
受刑歴者雇用の際には、犯罪歴がわからないため今石氏は不安でしたが、結果的に問題は発生しませんでした。ただし、日本と異なる治安状況のため、事務所内にも24時間体制で警備員を配置し、治安の維持に尽力しました。
今石氏は6年間のプロジェクトマネージャーとしての任務を終え2010年に帰国しました。マルマライプロジェクトは当初よりも工期が伸びましたが、2013年10月28日(トルコ独立記念日10月29日の前日)の開通に向けて現在も邁進しております。
今石氏やメンバー、関係者の努力もあり、トルコ国民は150年の夢であるボスポラス海峡地下トンネルを日本のODAにより実現しつつあります。今石氏は「その国にとって大切なことは、その国の人にとっても大切なことであるという単純なことを教えてくれました。」と言います。今石氏は数多くのトルコ人との交渉や協業を通じて、本プロジェクトがトルコ国民にとって何よりも大切なことであることも実感し、土木事業は多大な苦労を伴うと同時に多くの人々にとって大切なことでもあることを、今石氏は異国の地で再認識しました。
今石氏に若手へのメッセージを伺いました。絵心にも繋がるモットーとしてRapidity(迅速性)、Stability(安定性)、Passion(情熱)の3つの言葉を挙げられました。このモットーは今石氏が帰国後に着任した土木技術開発部長として部下に最初に示した指針です。海外プロジェクトという厳しい環境の中で、今石氏は自分の好きな水彩画に関する知見を糧として厳しい状況を乗り越えることができたと言えるかもしれません。
今石氏から最後に、「プロフェショナルであり続けるために『新しい領域に踏み込む勇気と粘り強さ』を醸成してください。常にフロンティア・スピリットを!」とメッセージがありました。私たちも土木分野の技術者として、常に新たな分野、技術、地域などに踏み込み、どんな困難に直面しても諦めず、自分自身の成長を通じて地域全体に貢献していく必要があるのではないでしょうか。
今石氏に技術者として大切にしていることを聞きました。
「構造物は、プロポーション(バランス)が大切です。スレンダー過ぎても重厚すぎても最適ではありません。どこかに無理があるものです。物理の世界は、力のつり合いで決まります。目で見て判断できるようになれば一人前です。あとは根拠付けをキチンとしておくことです。」
今石氏は素敵な水彩画を描かれます(トンネル技術者は絵の好きな人が多いそうです)が、その感性が技術者としてのベースになっているのかもしれません。
行動する技術者たち小委員会委員
田上貴士 Takashi TAGAMI 株式会社オリエンタルコンサルタンツ 技術主査
参考文献
1)「ボスポラス海峡横断鉄道トンネル -海底をわたる風-」DVD、大成建設株式会社、2012.1.20
添付 | サイズ |
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w25.pdf | 283.72 KB |
(c)Japan Society of Civil Engineers