令和2年5月1日
土木学会 原子力土木委員会
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震により発生した福島第一原子力発電所での炉心溶融と、これに伴う放射性物質の放出を伴った一連の事故は、原子力への安全神話を打ち砕き、私たちの技術への過信を大いに戒めるものでした。震災から8年を経過した令和元年に至っても、福島県から県外への避難者は3万人を越え1)、困難な避難生活を強いられているのです。一方で、炉内には放射性デブリが残留したままで、アクセス不能の炉内で進行した事故の一連のシークエンスは、未だ完全な解明には及んでいません。そして未知の要素は含みながらも、廃炉には今後30~40年はかかるとされています。
この事故以降、原子力発電の相次ぐ停止に伴い、我が国のエネルギー自給率は僅か6%程度まで落ち込みました2)。これは、OECD 34カ国中、下から2番目、非資源産出国のスペイン(26.7%)、イタリア(20.1%)、韓国(17.5%)と比較しても極端に低い、懸念すべき水準となっています。2018年7月3日に「第5次エネルギー基本計画」が閣議決定されました3)。この中では、原子力発電への依存度を低減し、再生可能エネルギーの導入を促進することが謳われていますが、上述のように、低いエネルギー自給率の改善、頻発する異常気象災害の誘因と考えられる温室効果ガスの削減という、将来の私たちに欠かすことのできない重要な目標を達成するためには、しばらくは、原子力発電への依存度を20~22%あたりまでには留めておかざるをえない事情も、また反映された記述になっています。しかしながら、現状では石炭火力に大きく依存せざるを得ず世界第5位の二酸化炭素排出国となっている日本には、国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)等で厳しい批判の目が向けられているのです。
この基本計画に盛り込まれた方針については、いまだ多くの国民の同意が得られているとは思えません。広島・長崎の原爆、そして東海村での臨界事故などを通して、放射線被ばくの恐ろしさを知る多くの国民にとっては、日常のエネルギーの享受以上に、その諸刃の剣の危うい面を強く意識するのは当然のことと思われます。また基本計画に盛り込まれた長期のエネルギー比率の方針も廃炉技術や再生可能エネルギー技術の革新、そして社会情勢、国際情勢の変化に大きく影響されていくものと考えられます。土木学会原子力土木委員会は、この政策そのものに踏み込んだ情報の発信を行う場ではありません。それは、私たちが土木技術者としてできる範囲を大きく超えています。しかし、諸刃の剣の危うさを孕みながらも、原子力が現状で、我々が依存していかなければならない重要なエネルギー供給源の一つであり続けるのであれば、原子力施設だけでなくそれに付随するライフライン施設、周辺地域全体も含めて、地震、津波、豪雨、斜面災害などが与えるリスクを科学的に調査し、先進的な土木技術に裏打ちされた実現可能な対応策を提示し、今後のエネルギー政策を考えるうえでの客観的なデータとして、わかりやすい形で提示していくことは、本委員会が社会に向けて果たすべき重要な責務の一つと考えるのです。
私たちの学会は、昭和13年(1938年)に「土木技術者の信条および実践要綱」4)なる技術者要綱をわが国で初めて制定した学会です。この年は、国家総動員法が制定された年でもあります。日中戦争、太平洋戦争に向けて人的・物的資源、文化、言論が厳しく統制されていった当時の日本で、このような倫理要綱を自主的に制定したことは、私たちが大いに誇りに思うところです。その後、平成11年(1999年)に、この要綱は「土木技術者の倫理規定」と形を変え、平成26年(2014年)の改訂を経て今日に至っています5)。この規定の中に、「人類の生存と発展に不可欠な自然ならびに多様な文明および文化を尊重する」、「専門的知見および公益に資する情報を積極的に公開し、社会との対話を尊重する」ことが謳われています。福島第一原子力発電所の事故を受け、私たちはこれまで以上にこの倫理規定を意識し、これに則り、委員会の研究成果を公表し、最先端の土木技術をもって成し得ること、いまだに困難なことを社会に示し続けていく不断の努力が求められていると考えます。
原子力土木委員会では、東日本大震災の半年後、当時の当麻委員長の召集で、平成23年(2011年)10月24日に開催された臨時委員会において、①客観性・透明性の一層の確保、②社会への積極的な情報発信、③自主的な調査研究活動、を重視する運営方針を示しました6)。これは上記の「倫理規定」を意識したものであると同時に、福島第一原子力発電所の事故を受けて、俗に言う「原子力村」と揶揄された私たちに向けられた批判に、私たちが襟を正し、改めて今後の活動の指針を示したものでした。そして同年および平成30年の委員会規則の改訂に則り、従来の研究部会は、小委員会として随時再編されることになり、以降8年の間、「屋外重要土木構造物の耐震性能照査」、「津波評価技術」、「基礎地盤及び周辺斜面の地盤安定性評価技術」などに関する指針、マニュアル、研究報告書の見直し、改定を他分野の委員にも幅広く参加いただく形で継続的に進めてまいりました。さらに国際原子力機関(IAEA)などの国際関係機関と連携を図りながら、国際基準の調査・規格文書案の作成支援を行う国際規格研究小委員会を2015年に、また原子力発電のリスクとは何なのかを社会の視点で改めて考え、その上で、原子力発電に関するリスクコミュニケーションのあり方を検討するリスクコミュニケーション委員会を2019年に設立するなど、活動の幅を広げてまいりました。そのような中で、改めて私たちが行ってきた活動を見直し、評価すべき点、反省すべき点を踏まえて、これからの活動の指針を以下のように示すことにいたしました。
電力以外の幅広い分野からの委員の参加を得て、多角的な視点からの共考・協働の検討プロセスを経た研究成果を論文誌などに積極的に投稿する。併せて外部識者からの意見やパブリックコメントなどの聴取を行うとともに、分野を超えて有識者を招聘し、公開講演会を実施する。また関連する分野が多岐にわたることから、他学会等との情報共有、情報発信を積極的に進めていくとともに、原子力土木委員会も参加して令和元年(2019年)から新たに発足した土木学会第Ⅷ分野(分野横断)の一員として、開かれた活動を展開していく。
調査研究成果は公開を基本とする。公開講演会、報告会を行い、研究成果や、関連する情報を示し、幅広い層に向けた議論の場を提供する。これには土木学会年次学術大会における研究討論会の企画・実施、土木学会誌への委員会活動状況の報告、そして国際会議での関連セッションの企画、国際ジャーナルでの成果発表、国際規格研究小委員会の成果発表など国際的な情報発信も含まれる。
本委員会は、科学・技術の最新の知見を原子力施設の安全な稼働に反映させるべく、様々な技術課題に対して小委員会活動を展開させてきた。これらの活動は機軸としつつも、今後のエネルギー問題等も見据え、社会に貢献できる多面的な活動を模索していく。具体的には、土木学会の調査研究部門のいくつかの委員会が参加する形で令和元年に新たに発足した土木学会第Ⅷ分野(分野横断)において、原子力施設のプラントライフ(立地、廃炉技術など)、また施設周辺地域の安全と発展性(放射能汚染地域の再生技術、地層処分技術、情報共有とリスクコミュニケーションなど)に関わる多様な将来課題を自主的・多面的に検討する場を設ける。これに応じた新たな小委員会の立ち上げと研究推進を積極的に支援していく。
以 上
https://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-1/hinanshasuu.html
https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/
https://www.jsce.or.jp/library/jsce_history/70/jsce70-00-03.pdf
https://www.jsce.or.jp/outline/soukai/85/rinnri.htm
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レター「原子力土木に係る基本的な考え方と今後の研究の方向性について」 | 259.23 KB |