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土木絵本やアニメ映画「パッテンライ」などの取り組みを通じて、インフラの利用者に土木そのものを理解してもらうという、これからの社会の土木への理解を変える可能性を秘めた新たな広報活動の取り組み。
土木絵本やアニメ映画「パッテンライ」。これらは、土木のイメージアップでもなく、事業の説明でもありません。インフラの利用者に土木そのものを理解してもらうという、これからの社会の土木への理解を変える可能性を秘めた広報なのです。この新たな広報に取り組んでいるのが、今回ご紹介する緒方英樹氏です。
緒方氏は、研修に関する機関誌編集や土木学会委員など広報活動に長く携わっていましたが、そうした中で、「一般の人に土木が理解されていないという状況が10年来解決されずに残っているのはなぜなのか」という疑問が、常に頭にありました。このまま土木が理解されずに建設業が衰退すれば、一般の人の安全、安心が低下していくと感じていたのです。
その視点から従来の土木広報について調べていくと、それまでは、インフラ利用者側の土木への基礎的理解―――土木リテラシーを高めるということに力を注いでこなかったことに緒方氏は気づきます。土木リテラシーを高めれば、提供者と利用者が互いに近寄っていくことができるのではないか。「利用者の土木への理解を、いかに支援するか。これが、今後取り組むべき新たな土木広報だ」緒方氏はそう使命を感じ、行動を起こしました。
利用者の土木リテラシーを高めるためには、緒方氏がそれまで関わっていた土木技術の研修のような技術者に技術を教えることとは全く違う次元で、もっと土木の外に出て一般の人も巻き込んで底上げしていく必要に迫られていました。特に、次世代を担う子供たちへのアプローチと支援が重要だと痛感していました。
日本では、欧米と比べ、学校教育の中でも社会的なこととしてなぜ土木構造物を作らねばならないかを学ぶような教育になっていません。また、当時科学絵本というものはありましたが、「調べるほどに分かっていく」という、幼少・少年期の知的好奇心を刺激するツールが、土木分野ではほとんど提供されていなかったのです。
これらをヒントに緒方氏が目を付けたのは、「絵本」でした。土木にいかに興味を持ってもらうか。考えた末に緒方氏は、まず武将を取り上げることとしました。水と戦った武田信玄、豊臣秀吉、加藤清正。なじみのある人物を土木の視点から描いてみようとしたのです。
「読んでもらえるだろうか?」そうした不安に反して、土木絵本は子どもたちに大好評でした。ところが先生や図書館司書は困ってしまいました。「土木」を教える教科や、図書室に土木の置き場がないのです。それでも「総合的な学習の時間」が導入されると、次々と学習活用の希望があり、全5巻、延べ4万冊を刊行する隠れたベストセラーになりました。
その中で、読者の反応として何より大きかったのは、「自分たちの地域を見つめるきっかけとなった」という声でした。構造物がどうなったという話は、なかなか心に届きません。それよりも、人が動いたことによって地域が変わったという話で、土木の意味を伝えることができたのです。「人物から入っていけたところがよかった」と緒方氏も作成の当時を振り返っています。
土木絵本の映像化を進める関係で、八田與一の調査のために金沢へ通っていた緒方氏に、一つの出会いがありました。八田與一の故郷金沢で、その顕彰に長く力を注いでいた中川氏との出会いです。中川氏を通じて、八田與一の功績が台湾で語り継がれ没後70年近く経った今も墓前祭が行われていることを知りました。八田與一は、1910年頃台湾に渡った土木技術者で、嘉南(かなん)平原における烏山頭(うさんとう)ダムをはじめとする灌漑システム建設の責任者でした。この事業で15万ヘクタールの荒れ地が農地に変わり、今も八田與一の像が潤った嘉南平野を見つめています。
「土木の原点を伝えよう」。土木絵本での経験から、土木技術者の本懐を示すことが土木への理解につながると緒方氏は考えたのです。目指したのはアニメ映画です。
日本と台湾による映画制作の具体化は、決して簡単ではありませんでした。台湾の政権交代、アニメ映像のつくり方の違いなど次々と新たなハードルが立ちはだかりました。しかし、すでに顕彰活動を進めていた中川氏との連携、地元新聞社の後援、そして台湾で八田與一を縁につながったネットワークなど、土木の領域にとどまらない、分野と国境を超えた多くの力を仲間にし、映画「パッテンライ」制作の構想がまとまりました。
一旦構想がまとまると、中川氏が「とことんやる人」と評すように緒方氏は、ストーリーの組み立て、キャラクターの発案など知恵を絞りました。沖縄に当時の烏山頭宿舎に住んでいた女性がいると聞けば、次の週には沖縄に飛んで話を聞き、自身の休みを使って何度も台湾に渡り具体的検証と知見を深めました。
緒方氏は、この映画によって、人々に八田與一の魅力が伝わり、土木がみんなの暮らしを支える幸せづくりであるということを感じてもらえればと言います。
土木の広報戦略について、「点としてはいいことをやっているのに全体の力につながっていない」と緒方氏は感じています。近代以降、他の分野では広報、広聴が双方向になってきているのに、土木広報は知らせることに傾倒してしまいました。
土木として先人たちがつくってきた宝物がたくさんあり、たくさんの八田與一がいるはずです。「それらをきちんと総括していけば、もっともっと土木への理解に活かせるのではないか。」緒方氏は、「一人ひとりが土木のインタープリターに」と言います。社会資本整備への理解は土木への理解があってこそで、言い換えれば、土木への理解がなければ、今日の社会資本整備への理解もないのです。そのためには、まずわれわれ土木技術者自身が、事業の理解に留まらず、土木そのものへの理解を深め、その意味を利用者に伝えられるようになることが必要ではないでしょうか。
金沢でふるさと教育の視点から、八田技師の顕彰を行っています。昭和60年からほぼ毎年台湾での墓前祭に参列していますが、参列者は台湾からも日本からも増え続けています。これは、八田技師が、その生き方を通じて、「差別をしないこと」また「いかに生きるべきか」そして「公に奉ずる」精神も自らの仕事を通じて教えていることにあると思います。
八田技師の生き方をふるさとのこどもたちに知ってもらいたい。その思いを、土木教育に力を注いでいる緒方さんと共有しています。子供たちに知ってもらうことは、みんなが知ることにもつながります。金沢でもずっと昔は知られていなかったが、ようやくここまで来ました。
緒方さんには、これからもっと活動の範囲を広げて、頑張っていただきたいです。
行動する技術者たち取材班
大橋幸子 Sachiko OHASHI 国土技術政策総合研究所 建設経済研究室 研究官
参考文献
1)(財)全国建設研修センター「土木の絵本」シリーズ
2)夢をあきらめるな『パッテンライ!!』DVD完成記念ガイドブック
2012.3.23
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第19回 一人ひとりが土木の意味を伝えていこう~イメージアップ広報からの脱却~(PDF) | 246.09 KB |
(c)Japan Society of Civil Engineers