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交通需要マネジメント手法に限界を感じ、交通の主体である一人一人の自発的な行動を促すことによって渋滞等の道路状況の改善を図る取り組み。
日進月歩の科学技術で世の中は昔よりも格段に便利になったといわれています。しかし、便利さは必ずしも快適性と結びつくものではありません。交通機関の発達で、到達時間の短縮や乗換の利便性向上が図られても、どこかで渋滞や混雑に遭遇するのはその一例です。
日本において、道路渋滞で損なわれている時間は年間33億時間。通勤時の道路の慢性的な渋滞や都市部での通勤列車での混雑。こうしたものにはほとんどの人が不快を感じるでしょう。機能や利便性が人間としての幸せより優先される、いわば「人間疎外」という状況に対し、便利さというものを捨てられず、この渋滞や混雑を甘受しているのが現状ではないでしょうか。
こうした状況を何とか解消しようと行動したのが、今回紹介する藤井聡氏です。
「世の中の役に立とう」…土木とはそもそもそういう思いを持っているものだと藤井氏は言います。それは理屈ではなく、土木の世界が持っている空気のようなもので、いつかは失われてしまうかもしれないが奇跡的に残っているものだと言います。藤井氏の研究は、交通需要予測など交通行動分析から始まりました。しかし、研究を深めるにつれ、それが世の中の実際と離れすぎていることに疑問を感じはじめました。交通行動分析というのは車などの交通をマネジメントして渋滞を解消しようというものですが、藤井氏はその手法の限界を感じたのです。藤井氏は、この問題に社会科学の側面から取り組みます。そして誕生したのが、モビリティ・マネジメント(以下MM)という考え方でした。MMとは、外的な作用で交通環境の改善を図るのではなく、交通の主体である一人一人の自発的な行動を促すことによって状況の改善を図る取り組みです。いわばMMは社会科学と実務の最先端であり、人間と社会を客観的に見つめているものです。この考えは「学問と実務を二枚舌では語れない」という藤井氏の思いから生まれたものでした。
MMが急速に広まったきっかけを藤井氏は、「言ったら共感してくれる人がいた。その人たちのおかげでMMが大きくなった」と言います。しかし、一人一人に行動変容を促すという、途方もなく大きなものを目指した交通施策のはじまりは、決して簡単なものでなかったはずです。藤井氏の発想が実務と結びついたのはいつのことだったのでしょうか。
「一人一人の行動を変えないと渋滞はどうしようもないのではないか?」日々その思いを強くしていた藤井氏は、MM、行動変容による渋滞解消を訴えて続けていました。しかし、それまで国内で実績のないものに取り組む自治体はなかなか現れません。訴え続けた藤井氏のその思いに応えた現場の一つが、長年渋滞に悩まされていた京都府でした。
もともと京都府TDMアドバイザーとして京都の交通に関わっていた藤井氏でしたが、京都府が施策にMMを用いると決断してからはその推進の中心となり、宇治地域で行われた職場MMの社会実験では、推進会議の進行はもちろんマップやアンケートの作成まで熱心に進めていきました。一緒にMMに取り組んだ京都府交通対策課の仲尾氏は、藤井氏の取り組みに大きな意気込みと熱意を感じたといいます。結果として宇治地域の職場MMは成功を収め、MMの実効性が初めて世の中に示されました。この後、MMの取り組みは全国に広まり、今では各地でMMによる渋滞解消が目指されています。
藤井氏は、時として人々の行動が目的を取り違えてしまうことを危ぶんでいます。土木でいうならその目的は「世の中の役に立つ」ことであって、構造物や事業が本来の目的ではないといえるでしょう。かつては「人間を中心に土木というものがあった」と藤井氏は言います。「本来の目的は人が幸せになることであり、ちょっと不便になっても幸せになるということを思ってほしい」それが藤井氏の土木に対する願いです。
最後に藤井氏に、仕事に対する信念を尋ねたとき、その答えは、「仕事に対する信念というものはない。人生に対する信念の中での仕事だ」というものでした。
藤井氏の中では、「人の役に立つこと」と「幸せになること」は間違いなく同じ目的の下にあり、自身の心にまっすぐに進んだ結果として生まれたものが「MM」だったということもできるでしょう。
我々土木に携わる技術者も、自分の抱く大きな理想と自分が携わる仕事のベクトルが同じ方向を示しているか、時折立ち止まって確認することも必要ではないでしょうか。
京都府では、平成17年度からモビリティ・マネジメント(MM)を藤井先生の指導をいただきながら商工会議所や市役所等の皆さまと一緒に展開しています。
その中で、宇治MMは、国内でも最初に大規模な職場MMとして、企業にワンショットTFP(クルマの使い方を振り返っていただく冊子や公共交通情報を添えてアンケートに回答してもらうことを通じて、ひとり一人の意識と行動の変化を促す手法)を実施するなかで渋滞緩和への効果の測定と検証を行い、MMの実効性を示せたことが特徴です。当初は「モビリティ・マネジメント」という言葉も定着していない状況でしたが、ノーマイカーデーのように一日だけ・動員型の取組ではなく、ひとり一人の自発的な行動変容を働きかける全く新しいアプローチを、試行錯誤を繰り返す中で生み出していくというものでした。
藤井先生には全体スキームの検討から、協議会の進行、講演会における講義など、さまざまなご指導をいただいておりますが、その中で印象深いことは、MMに対する取り組みの丁寧さであり、地域の事情を考慮して、どういう人に、どんな資料を持って、どんな説明をするかという思想をご教授いただいたことです。例えば、受け取り手を意識した通勤マップやアンケートの作成、その書きぶり、デザイン、フォント、サイズから、ワンショットTFPのアンケート用紙の封筒への入れ方に至るまで、気配りとこだわりが感じられ、まさに『魂を入れる』という感じでした。こういった丁寧さは、職場MMの際のアンケートの回収率が68%(3千通を超える回答)と高かったことに現れていますし、この高回収率が宇治MMの成功に繋がったものと考えております。宇治MMの成功如何により、今後のMMの全国への広がるかどうかが決まるという意気込みで、藤井先生を中心に関係者が熱意を持ってやれたことが大きな成果だと思っております。
行動する技術者たち取材班
大橋幸子 Sachiko OHASHI 国土技術政策総合研究所 建設経済研究室 研究官
参考文献
1)土木学会土木計画学研究委員会土木計画のための態度・行動変容研究小委員会:モビリティ・マネジメントの手引き,土木学会,2005
2)島田和幸:宇治地域における職場TFPとその効果~宇治地域通勤交通社会実験~ 第1回JCOMM,2006
2009.4.8
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第2回 人による渋滞を解決するのは人~モビリティ・マネジメントの取り組み~(PDF) | 204.44 KB |
(c)Japan Society of Civil Engineers