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従来、管理が中心であった都立公園を、収益イベント等の実施により、積極的に活用し、日比谷公園における公園経営を打ち出し、井の頭公園では公園を核としたエリアマネジメントを打ち出した事例。
わが国は、国土の約8割が豊かな緑で覆われている一方、人口や諸機能の集積が著しい都市域では、一人当たりの公園面積でみると、ロンドン、パリ、ニューヨークなどの海外諸都市より低い水準にあります。今回の行動する技術者は、都市域の貴重なオープンスペースである公園を「管理財産」ではなく「積極的に活用する資産」として転換を図った、東京都建設局公園緑地部の小口健蔵氏を紹介します。
バブル経済の崩壊とともに厳しい財政事情に見舞われた東京都では、公共事業などの支出削減が続き、公園の維持管理費も毎年1割カットという状況に至りました。入庁後、多摩ニュータウンの公園整備など一貫して緑のまちづくりに携わってきた小口氏は「このままでは東京の公園が荒廃してしまう」という強烈な危機感をもちました。こうした事態をなんとか打破しなければならない。小口氏は「みんなから愛される公園を、みんなの財産としてもち続けたい」と思いましたが、この危機を救う有効な方策が即座には浮かびませんでした。
その後も支出削減が進むなか、日比谷公園が開園百周年を迎えることになりました。庁内では「みんなで盛大に祝ってあげたい」という声が上がりました。ところが周年事業に予算は一切つかない状況であり、人員も確保することができませんでした。
そこで、足りない費用は民間の寄付で賄うこととし、行政マンが慣れない営業活動にあたりました。しかし、その結果は明らかでした。民間企業も収支状況が厳しく、寄付はなかなか集まりません。なんとかうまく事業資金が調達できないだろうか。小口氏は夢中で文献や事例集を調べていくうちに、ニューヨークのセントラルパークでは公園の維持管理費の85%が民間の資金で賄われていることを知りました。これがヒントになりました。
これまでも民間企業から日比谷公園を利用したいという要望が多数寄せられていましたが、公園は公共施設であるため、その利用は原則として公的機関のバックアップがなければ許可されませんでした。小口氏は、セントラルパークにならい、「これまで断ってきた利用申請をすべて許可しよう」、「積極的に公園という資産を活用しよう」という方向へ転換することを提案しました。折から、庁内では行政改革が進められており、この提案はスムーズに承諾されました。
ところが、公園管理を担う現場では即座に賛同が得られませんでした。「公園を貸して施設が荒らされたり、壊されたらどうするのか」との指摘に、小口氏は「壊されたり、荒らされたりしたら、利用者負担で直してもらえばいい」と説き、数々の懸念を整理していきました。みんなから愛される公園が荒廃してしまう危機から脱するために、公共施設としての役割を逸脱しない範囲で開放していくことを説明していきました。その結果、日比谷公園では民間企業によるファッションショーや結婚式など、従来は想定外であった数多くのイベントが開かれ、新世紀にふさわしい「新しい公園」として生まれ変わりました。
日比谷公園での取組みにより、小口氏は「新しい公園利用」の手ごたえを得ました。そこで、「みんなから愛される」とともに「みんなが足を運び、憩う場となり、まちづくりの核となる」公園にしたいという思いから、新たな取組みを始めました。それは市民から寄せられた陳情、苦情を真摯に受け止め、ステークホルダーを公園経営に巻き込むことから始まりました。
井の頭公園を管轄する西部公園緑地事務所に小口氏が着任した当初より、地元の市民団体から「公園の池の水をきれいにしてほしい」との陳情が寄せられていました。陳情はもっともな指摘ですし、管理者としてもそうしたいと思っていましたが、事務所には水を浄化する予算がありませんでした。そんな折、突然、池の水がきれいになりました。早速、専門家にその原因を調べてもらうと、大雨の影響で湧水が噴出し、水がきれいになったことがわかりました。そのため、市民団体のメンバーが事務所に来訪されたとき、湧水を復活させれば池の水はきれいになることを説明しました。水藻や薬品などで池の水を直接きれいにすることを考えていた市民団体のメンバーにとって、湧水の復活は予想外の回答でした。池の水をきれいにするための湧水の復活は、池の周りだけでなく、広く地域で取り組まなければなりません。市民団体の方々は市役所に掛け合い、湧水復活に向けた市民啓発シンポジウムを開くことに尽力を注ぎました。シンポジウムには地元の市長だけでなく、湧水復活に熱心な近隣の市長も参加し、盛会のうちに終わりました。このシンポジウムを契機に雨水浸透マス設置の補助事業がさらに重視され、湧水確保の活動がより深化しました。
また、こうした活動が展開される一方、当時、公園内では「物売り」が勝手に行われ、騒音など近隣住民とのトラブルが絶えませんでした。公園を管理する立場にある小口氏は、双方の話しを聞き、要はルール無用に行われていることが問題であることを知り、これが解決の糸口でもあることがわかりました。みんなで話し合い、ルールをつくることで、みんなから愛される公園にしたい。この思いが人びとに伝わり、「物売り」が「アートマーケッツ」に変身し、人びとが集まる、魅力ある空間として公園は活気づいていきました。
公園の管理から経営へ。これはいわゆる「逆転の発想」ですが、単なる「ひらめき」や「思いつき」から出てきたものではありません。予算が削減され、公園の荒廃が危惧されるなか、公園を守りたいという技術者の思いが、さまざまな文献や事例を調べるという努力につながり、「愛される公園にしたい」という技術者の熱意が人びとの話に耳を傾け、ステークホルダーを巻き込み、みんなが幸せになるような問題解決の方向性を導いていった結果として得られたものではないでしょうか。
われわれ技術者は「国土を、地域を良くしたい」という思いを常にもち続け、技術者としての努力と熱意を注ぎ続けることを、そして、その思いに向けて行動することを、忘れてはならないと思います。
社会資本整備はわが国の花形産業であり、これまでに多くの道路、橋梁、ダムなどをつくってきました。いまこそ「そのつくり方や運営の仕方で、世の中が変わったり、地域が活性化するのではないか」という見方で社会資本を見直してみてはいかがでしょうか。P.F.ドラッガーは、その著書で「予期せぬ成功」という名言を残していますが、社会資本についても「予期せぬ成功」があったのではないでしょうか。こうした発想で、世の中を見渡してみてください。
それから、自分が正しいと思ったら、正々堂々と取り組んでみましょう。批判を受けたり、失敗したりすることもあるでしょう。でも、批判や失敗を恐れて逃げては「新しい価値の創造」を失うことになります。一つの失敗は「後退」ではなく「選択肢をつぶした」という意味で「前進」だと考えましょう。新しい価値に一歩近づくことだと考えましょう。こうした「前進」のチャンスを生かさないのは非常にもったいないことだと思います。
行動する技術者たち取材班
渡邉一成 WATANABE Kazunari (財)計量計画研究所都市・地域研究室 主任研究員
大橋幸子 OHASHI Sachiko 国土技術政策総合研究所建設経済研究室 研究官
参考文献
1)特集「公園を舞台に」、公園文化、No.10, pp.4-11、2007
2)小口健蔵:公園管理から公園経営へ、公園緑地、Vol.64, No.6, pp.19-24、2004
3)小口健蔵:新時代の都市施設経営へのチャレンジ、東京都職員研修所政策課題ライブラリー6、pp.47-68、2004
4)小口健蔵:「よみがえれ!!井の頭池」シンポジウムを開催して、水循環、No.63, pp.52-55、2007
土木学会誌 93巻 4号 2008年4月
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第19回 公園で地域をつなぐ ―物売りからアートマーケッツへの変身―(PDF) | 329.07 KB |
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