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全国土木弁論大会

「披星戴月」

投稿者:土木広報センター 投稿日時:木, 2026-08-20 12:00

全国土木弁論大会2026 オーディエンス賞

「披星戴月」 小佐川 凜

突然ですが、みなさんは最近、しっかりと休めていますか? 暑い日が続きますので、うまく寝付けていない人もいるのではないでしょうか。

かくいう自分も寝不足でして、実は今日も、夜勤明けでこの弁論会場に駆けつけました。少し眠そうな目をしているかもしれませんが、心はどの弁士よりも熱く燃えています。なぜなら私は、大学1年の夏から3年間、インフラを足元から支える「警備員」として現場に立ち続けてきたからです。
今回の演題である『被星戴月』。 「星をかぶり、月をいただく」と書くこの四字熟語は、夜明け前から夜遅くまで精一杯仕事をする、という意味を持ちます。
私は、日勤を終えて夕焼け空にうっすらと滲む月を見上げる瞬間が好きです。そして、夜勤を終えて、まだ残る星々と一緒に退勤するあの静けさも好きです。だからこそ今日、この演題を掲げました。

しかし、その美しい言葉の裏側で、私たちが立つ現場には、見過ごせない歪みが存在しています。今日は、住民のみなさまと土木の現場を繋ぐ存在である、警備員が抱える現実について、みなさんと一緒に考えていきたいです。

現在、交通誘導警備の現場は極めて深刻な危機に瀕しています。担い手不足と高齢化が進み、実際に現場を見渡せば、60代、70代のシニア層が多く働いています。 そして、過酷な労働環境。厚生労働省の統計でも、職場における熱中症死傷者数は、建設業と警備業が常にワースト上位を占めています。炎天下のアスファルトの上で数時間立ち続ける交通誘導は、まさに命がけです。
しかし、私が本当に問題視したいのは、気象条件の過酷さではありません。現場における「こころの孤立」という、人為的な歪みなのです。

私たちは現場でしばしば、「下請けの下請け」、あるいは「ただの配置人員」として扱われます。 ここで、私の忘れられない経験をお話しさせてください。
ある真夏の昼下がり、私は70歳の同僚と2人で現場に入っていました。そして午後2時過ぎ、あまりの酷暑に同僚は熱中症で倒れ、救急搬送されました。 幸い一命を取り留め、彼は1か月後に復職しました。その際、私は彼に「なぜ、もっと早く休憩させてくれと言わなかったのか」と尋ねました。彼は静かにこう言いました。 「周りの作業員さんはみんな忙しそうに動いているし、元請けからは『おい、警備員』としか呼ばれない。そんな関係の中で、自分から『休憩させてください』とは、言い出しにくかった。」

この言葉に、現場の歪みが凝縮されています。 国のガイドラインには、熱中症の「搬送者数」は記録されても、彼らが「なぜ、もっと早く休めなかったのか」という心理的な理由は記録されません。しかし現実には、数字には表れない、空気が存在する。
これこそが、いくら対策を整備しても現場から熱中症が消えない、統計に載らない真の原因のうち1つなのです。

では、なぜ、このような分断が生まれてしまうのでしょうか。 それは、私たちが「何のためにそこにいるのか」という本質が共有されていないからです。 警備員は、単に車を誘導する機械ではありません。工事への手厳しいクレームを最初に受け止めるのも、道を尋ねる子供たちに笑顔でルートを案内するのも私たちです。
一般市民にとって、現場で最初に目が合う警備員こそが「土木業界の顔」であると私はつよく訴えます。
私たちが守っているのは、作業員のみなさんの命であり、同時に、土木という産業に対する社会からの「信頼」そのものです。しかし、その重要性が十分に認識されていないからこそ、リスペクトの欠如や、休憩すら言い出せないすれ違いが生まれてしまうのです。

私が理想とするのは、現場に関わるすべての人が、お互いの専門性を認め合い、目を配り合える社会です。

だからこそ、土木の現場で働かれている皆様にお願いがあります。
どうか、現場に立つ警備員をただの景色としてではなく、安全を共につくる「パートナー」として気遣っていただきたいのです。「しっかり水分取れているか?」「次、いつ休憩入る?」そのたった一言の配慮が、どれほど私たちの張り詰めた心を救い、現場の安全を高めるかを知ってほしいのです。

そして、土木業界以外のみなさまにもお願いがあります。工事現場の横を通り過ぎるとき、ほんの少しだけで構いません。誘導灯を振る警備員に視線を向け、小さく会釈をしてみてはくれないでしょうか。

私が3年間、警備員として働いていて一番嬉しい瞬間。それは、人から貰う「ありがとう」の言葉です。 それは作業員さんからのぶっきらぼうな感謝かもしれないし、登下校中の子供たちからの元気な声かもしれない。あるいは、この会場にいるあなたからの言葉かもしれません。
その一言で、台風の中でびしょ濡れになった苦労も、炎天下に立ち続けた辛さも、すべてが報われます。そのたった一言で、私たちはもっと強い誇りを持って立つことができるのです。 今日の帰り道、もし街で警備員さんを見かけたら、一言、「お疲れ様です」と声をかけてみませんか。

普段は表立って話す機会のない、いち警備員に、このような提言の場をいただき、本当にありがとうございました。
私はこれからも、土木に最も近い場所で、みなさんの安全を見守り続けます。

では最後に、みなさま。明日も、明後日も、その先も。 どうぞ、ご安全に!

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「焼肉のタレで気づいた、土木の見えない力」

投稿者:土木広報センター 投稿日時:木, 2026-08-20 12:00

全国土木弁論大会2026 優秀賞

「焼肉のタレで気づいた、土木の見えない力」 山本 美穂

皆さんは、“焼肉のタレ”が 人生を変えることがあると思いますか。
私は、あります。

今から30 年以上前 親の反対を押し切り、ゼネコンに入社した私。「土木屋として現場で活躍するぞ!」という私の期待とは裏腹に、工事現場で私に回ってくる仕事は雑用ばかりでした。
ある日、現場の作業員慰労会でのバーベキューで ある作業員さんにこう言われました。
「焼肉のタレがなくなったぞー 誰か買ってこーい!」
「はい!行ってきます」 勢いよく走りだしたものの、心の中では “私、何やってるんだろう?このままずっと雑用ばかりで一生おわるのかな”。と泣きそうになっていました。 だけどタレを買って戻ると、皆が笑顔で
「待ってたよ。ほら、肉焼けてるよ!」
単純な私は おいしいお肉をたべて、すっかり元気になりました。

後日、先輩と話をしたときに、私は先輩にこう伝えました 「私が女だから、重要な仕事を任せてもらえないのだと、すこし落ち込んでいました。でもみんなが喜んでくれるなら、頑張ろうと思います」
先輩からは意外な答えが返ってきました。
「君は肉になる必要はないよ。たれでいいじゃない。いくらいい肉でも、タレがまずいと焼肉は美味しくない。
タレがうまいと、普通の肉でも、焼肉はちゃんとうまくなる。
君が焼肉のたれを買ってきたら、みんな喜んでいたじゃないか。
それは みんながタレの大切さを知っていたからだよ。」

その瞬間、私の中のものさしがひっくり返りました。

“そうか!肉じゃなくてもいいんだ、たれでいいんだ!
男性の先輩と同じ仕事をする必要はない。同じクオリティで 現場に貢献すればいいのだと。

それからの私は、自分の「土木」という仕事を見つめなおしました。
テレビに映るのは派手な工事の場面。けれどその工事に至るまで、計画、調査、設計など **“見えない仕事”**が数多くあります。
それらの見えない仕事があって、初めて現場は一歩、動く。

そんな“見えない力”の価値を骨身で知った出来事があります。
10 年近く前。私は、集中豪雨で斜面が崩れ、線路が寸断された災害復旧に携わりました。
夜明け前、ヘッドライトに照らされた斜面は、湿り、重く、静かに崩れ続けている。
そんな中で、鉄道会社、自治体、専門家、警察・消防……関係者のみなさんと、私たちは夜を徹して復旧方法について話し合いました。重機が動く時間と同じくらい、図面と地図の前での議論や調整に時間をかけました。
そして災害から数日後、電車が動きました。
電車が到着した瞬間の、ホームにいた人のうれしそうな顔を 私は一生わすれません
**「ああ、タレの仕事って、こういうことなのだな」**と。

この災害では 現場が広範で危険だったため、NHK の報道ヘリが上空から撮影に来ました。その映像の片隅に、泥だらけで斜面に立つ私が映り込んでいたようで、ニュースを見た母親から電話がかかってきました。
「美穂……あなた、こんな仕事をしていたの? よく頑張ったね。」
現場勤務に反対していた母親からの 思いがけないエールに 、私の胸は熱くなりました。

家族にすら見えなかった“タレの仕事”が、あの日、ほんの一瞬だけ“見える形”になりました。
見えない力は、誰かの当たり前を支えている。 その事実を、私が確かに感じた瞬間でした。

ところでみなさん、今日ここへ来るまでに、みなさんは普通に電車を使って来ていただいたと思います。
当たり前に電車が動くその後ろには、見えない日々の構造物の維持管理があるのです。

私は今、ゼネコンで土木所長として現場を預かっています。
現場は「だれの仕事が目立ったか」ではなく、「だれの仕事が支えになったか」だと、日々学んでいます。

だから私は、若い仲間に伝えたい。
無理に肉になる必要はない。
あなたが持っている“味”で、現場を美味しくすればいい。

インフラの老朽化が進む今こそ、見えない力を尊ぶ文化が必要です。
焼肉のタレが、私にその意味を教えてくれました。

私はこれからも、誰かの“当たり前”を支える見えない仕事に、まっすぐ向き合っていきます。
けれど、公共インフラを支える土木という仕事への誇りは、私の心の中で、いつもはっきりと見えています。

「焼肉のたれで気づいた 土木の見えない力」

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「『殺す気か』と言わせない現場を」

投稿者:土木広報センター 投稿日時:木, 2026-08-20 12:00

全国土木弁論大会2026 最優秀賞・日本弁論連盟会長賞

「『殺す気か』と言わせない現場を」 北澤 良平

本稿は、全国土木弁論大会2026で述べた弁論のテキスト版とその解説である。弁論は七分間という制約のもとで、根拠の説明を大きく省いて要点だけを伝えた。そのため誤解を招きかねない箇所がある。そこで、当日の弁論の原稿を掲載し、各場面のあとに補足の解説を書き加えた。

みなさん、土木好きですか?
美しい橋、巨大なダム、私たちの生活を支えるインフラ。
土木ってすばらしい!
多くの方が、そう感じているのではないでしょうか。
でも、私が向き合ってきた土木は、その完成した姿でも、感動の物語でもありません。
人の命のすぐ隣で、判断をし続ける、あの苦しい時間そのものです。
今日は、そんな苦しい時間だった土木を、どう変えたいか。
その私の願いを、みなさんにお伝えしたいと思います。

【解説】この弁論は、土木の完成した姿ではなく、それを造る現場で人命のすぐ隣に立って判断を続ける時間を主題とする。以下では、一件の失敗の経験を出発点に、その願いの中身を順に述べていく。

深さ二メートル。
自分の背よりも高い、土の壁。
「簡易土留めを手配してくれ」
若い職長が私に言いました。
簡易土留めとは、土を掘る時に、その土が崩れることを防ぐ設備です。
けれど、それを入れれば工事は少なくとも三日は止まる。
私は、工事を止めたくなかった。
「もう少し、このまま頑張ってほしい」
その瞬間、彼が私に詰め寄りました。
「殺す気か」
二十数年前。私がまだ20代後半、初めて現場を任された頃の話です。

【解説】この場面での私の誤りは、三日間の工期の遅れと、土が崩れる可能性とを、同じ天秤に載せて比べたことにある。工期の遅れは取り返せるが、人の命は取り返せない。しかも、工期の遅れは今日確実に生じるのに対し、土砂崩壊は確率的にしか生じない。確実な損失と不確実な損失を比べれば、人は前者を避けたくなる。これは私の性格の問題ではなく、判断の構造の問題である。ゆえに、同じ状況に置かれた者は、同じように間違えやすい。

当時の私は、思い違いをしていました。
もちろん、事故を起こしてもいい、とは思っていませんでした。
けれど、安全よりも、工期や利益の心配が、頭をよぎりました。
私は、法令規則の数字だけを見ていました。
「二メートル未満なら大丈夫だろう」
でも、実際土が崩れるかどうかは、法令規則や教科書の数字だけでは決まりません。
土の状態、天候、周囲の状況、判断材料は現場にいくらでもありました。
ですが当時の私は、法令規則を自分に都合よく解釈し、それを盾にして、安全をないがしろにしたのです。
その思い違いを突きつけたのは、たまたま、その日に代理で来ていた、私より若い職長でした。
彼のたった一言が、私の心に深く、突き刺さりました。

【解説】私が頼りにした「二メートル未満」は、労働安全衛生規則第三五六条が定める手掘り掘削の勾配の上限であって、「崩れない」ことの保証ではない。本来見るべきだったのは同規則第三六一条である。同条は高さの数値によらず、崩壊等により危険を及ぼすおそれのあるときは土止め支保工を設けよと命じている。職長が求めたのは、まさにこの条文が命じる措置であった。法令は守るべき最低基準であって、免罪符ではない。都合のよい一条を盾にして別の条文を見ないことは、法令を守ることとは違う。

その日、結局土は崩れませんでした。
では、私の判断が正しかったのでしょうか?間違えたのは私に詰め寄った若い職長でしょうか?
もちろん違います。
あの日を分けたのは、職長の一言でも、私の判断でもない。
ただ、たまたま、何も起きなかった。
そして、判断を間違えたのは、私です。

【解説】結果が良かったことは、判断の正しさを何ら証明しない。判断の良し悪しは、その時点で得られた情報に照らして決まり、結果はそのあとに確率的に生じる別の事象である。結果から判断をさかのぼって評価する誤りを、結果バイアスという。さらに厄介なのは、悪い判断が良い結果を生むと、人はその判断のほうを学習してしまうことである。「今回も大丈夫だった」という経験が積み重なり、安全余裕は少しずつ食いつぶされていく。事故は、異常な人間ではなく、成功体験の延長線上で起きる。

あれ以来、私は自分に問い続けてきました。
私はあのとき間違えた。
人の命を、危険に晒した。
では、私は二度と、間違えないと言えるでしょうか。
残念ながら、言えません。
「二度と間違えない」、とは言えないのです。

【解説】間違いを決意で防ぐことはできない。決意は測ることができず、鈍っても気づけず、疲れていれば効かない。私を間違えさせたのは知識の不足ではなく、工期の圧力や、法令の数字が与える安心といった構造であった。その構造は、決意では変わらない。だからこそ「二度と間違えない」と誓うのではなく、間違えても人が死なない仕組みを求める必要がある。

今、私は、働きながら大学で「安全」について研究をしています。
「安全」の世界では、基本的な考えはこうです。
人は間違える。機械は故障する。
「間違えるな」「故障させるな」、もちろん大事ですがそれだけではなく、間違いや故障が起きることを前提に、現場を考えるのです。

【解説】「人は間違える、機械は故障する」を前提に現場を設計することが、安全工学の出発点である。この考え方は、機械安全の分野ではすでに当たり前になっている。機械の設計者は、使用者が間違えることを前提に、安全装置が壊れたら機械が止まる側に倒れるように設計する。同じ国で同じ工学教育を受けた技術者が、機械を造るときは使用者の間違いを前提とし、構造物を造るときは作業者の注意力を前提とする。この非対称は、必然ではない。

今、建設現場には、カメラ、センサー、AIなど、安全対策のICTツールが増えています。
たとえば、人と重機の接触を防ぐために、センサーを付ける。危なくなれば警報が鳴る。
では、そのセンサーが壊れたらどうなるのか。警報が鳴らなかったら。鳴っても、誰も気づかなかったら。解除されたら。操作を間違えたら。
人や機械が失敗した時のことまで考える。
そこまでやって、安全を確保することができるのだと思います。

【解説】安全装置を「付けた」ことと、「安全になった」ことは別である。センサーは汚れや振動で故障するが、故障しても警報が鳴らないため、正常な状態と見分けがつかない。誤報が多ければ警報は無視され、作業の邪魔になれば現場で切られる。問うべきは「対策があるか」ではなく、「その対策が失敗したとき、何が起きるか」である。この問いに工学的に答えるのが、機能安全という考え方である。機能安全とは、センサーや制御装置といった「安全を担う機能」そのものに、どれだけの信頼性が必要かをあらかじめ定め、故障を自己診断で検出し、検出したら機械を止まる側(安全側)へ導くように設計する枠組みをいう。国際的にはIEC 61508がその基盤であり、機械分野ではISO 13849やIEC 62061がこれにあたる。要は、装置が「壊れないこと」を願うのではなく、「どれだけ壊れにくくあるべきか」「壊れたときにどう振る舞うべきか」を、はじめから設計上の要求として決めておくのである。センサーを付けただけでは、この信頼性は確保されない。対策が失敗しても人が死なない現場だけが、本当に安全な現場である。

さらに、その人や道具が活躍する「前」の段階、つまり計画や設計の時点で、リスクを徹底的に排除したい。
近年、これまで現場で解決してきた課題を、それより前の段階で解決しようとする、フロントローディングの重要性も認識されてきました。
であればぜひ、安全のフロントローディングも実現すべきではないでしょうか。
工事が始まる前に、そもそも危ない作業をなくす。
危ない作業を目の前にして、現場の人に「気をつけろ」と言うのでは遅い。
リスクへの対応を現場に委ね、現場の努力だけで安全を保つのではなく、リスクそのものをなくすことで現場を安全にするのです。

【解説】機械安全の国際規格であるISO 12100には、スリーステップメソッドと呼ばれるリスク低減の手順が定められている。ステップ1:本質的安全設計方策。危険源そのものをなくす。あるいは、人が危険源に近づかなくても作業が成立するようにする。ステップ2:安全防護および付加保護方策。危険源を残さざるを得ないなら、柵、インターロック、センサーで人と危険源を隔てる。ステップ3:使用上の情報。それでも残った危険について、手順書、標識、教育、警告で人に伝える。「気をつけろ」は第三の、最も弱い手段である。人が正しく読み、覚え、思い出し、そのとおり動いたときにしか効かないからだ。ところが建設現場の対策は、この最も弱い手段に集中している。なお、生産性のフロントローディングが急速に進んだのに安全のそれが進まないのは、意識の問題ではなく誘因の問題である。上流で手間をかけても、その「死なずに済む」という便益を受け取るのは下流の作業者であり、コストを払う側と便益を受ける側が分かれている。だから、放っておいては進まず、制度で埋めるしかない。

安全は、現場だけの問題ではありません。
施工者が計画の時から、設計者が設計の時から、発注者が発注の時から、現場の安全を最優先に考えるのです。
そうすれば、工期や利益と安全を天秤にかけることも、たまたまの偶然に命をゆだねることも、なくすことができる。

【解説】現場の危険の多くは、工法・工期・単価・事前調査の粗さなど、着工前の発注・設計段階で既に決まっている。すなわちリスクは上流で作られ、下流で表面化する。これまで上流が下流の安全を引き受けずに済んだのは、「現場のことは現場にしかわからない」という言い分があったからではないだろうか。しかしBIM/CIMの普及により、施工手順を設計段階で可視化し、人がどこに立つかを机上で確認できるようになりつつある。見えるようになった以上、見なかったことは、もはや不可抗力ではない。実際、英国のCDM規則や、2025年に発行されたISO 19650-6は、発注者や設計者に予防の義務を課す制度として、すでに運用されている。責任を配分し直し、発注者、設計者、施工者それぞれがリスク低減の責任を果たすことは、理想論ではない。

「殺す気か」。
この一言を、二度と、誰にも言わせない現場を実現することができる。
この実現が、私の願いであり、これを実現することが、いまの私にとっての土木です。
建設業では、毎年、200名から300名の尊い命が、現場で失われています。
完成した姿だけではなく、現場で働く人の命まで守ってこそ、土木は本当にすばらしくなる。
私はそう信じています。
ぜひみなさん、一緒に変えていきましょう。
ご清聴ありがとうございました。ご安全に!

【解説】建設業の死亡者数は、直近の2025年で214人であり、前年から減少したとはいえ、全産業の約三割を占め、依然として最多の業種である。
安全とは、正しい人がいる現場のことではなく、間違えた人がいても人が死なない現場のことである。私自身、同じ状況に置かれれば、また間違えるかもしれない。だからこそ、間違えても人が死なない現場を、個人の決意ではなく制度によって実現したい。それが、この弁論で伝えたかった願いである。

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「土木に『なんかいいな』を」

投稿者:土木広報センター 投稿日時:木, 2026-08-20 12:00

全国土木弁論大会2026 奨励賞

「土木に『なんかいいな』を」 山本 麻由美

「土木技術者です!公務員として道路の計画を立てたり、工事の管理をしたりしています」と紹介すると、「え、土木? 穴を掘りたかったの? 珍しいね。」と返されることがありました。私は、当たり前の日常を支える技術に、心から憧れを抱いてこの世界に入りました。うまく価値を言葉にできなかったもどかしさが、私のすべての原点になりました。

何気なく歩く道路も、当たり前に渡る丈夫な橋も、誰かが誇りを持って100年先を想って造り上げた「技術の結晶」です。「この素晴らしさを、もっと説得力を持って未来に、そして世界に伝えたい」その一心で、公務員を辞め、技術を言葉にする特許の世界へ、そして今は大学院で心地よい道路を研究しています。

実は、私自身も、目立つこだわりを諦めた一人です。大学生の頃、土木の予算は厳しくなり、恩師からは「物を作る時代は終わった。これからは維持管理の時代。独自の楽しさを見つけてね」と言われました。完成すれば誰にも見えなくなる、だけどしっかりと日常を支えている技術を、自分なりに工夫しながら選び取りたかったのです。でもそれは、工夫しない限り、誰にも気づかれないことでした。

でも、それだけで本当にいいのでしょうか。100年先まで街に残り続けるものを造るのに、どういう姿で残そうかというワクワク感が、今の現場から静かに消えかけているように見えたのです。
土木の本来の役割は、安全や日常の維持といった「機能」だけではありません。100年残る構造物は、その街の風景になり、人々の思い出になり、やがてその土地の「文化」になります。安全で頑丈なのは大前提。それができる技術大国、日本だからこそ、その大前提を満たしたうえで、思わず人が足を止めたくなる、その背景にある設計者の想いを想像したくなるような、理屈抜きの「なんかいいな」が宿る、「文化としての土木」があっていいはずです。

「どうぶつの森」で、こだわって街を作り歩くときのワクワクを、私は今でも日常の中で見つけます。たとえば道路を走っているときも同じです。私にとって、圏央道は〇、首都高速道路は長方形のイメージです。圏央道はなめらかに、首都高は角を折れるように曲がります。

道路のカーブには「クロソイド曲線」という、らせん状に緩やかに曲がる線形が使われることがあります。直線からいきなりカーブに入らず、体が自然に馴染むよう計算された緩やかなカーブを、一つ挟むのです。偶然ではありません。かつて技術者たちが、何度も計算し直して選び取った、地道なこだわりの結晶です。目立つわけではないけれど、その努力は確かにそこにあります。

だからこそ私は、もっと技術者がこだわっていい、そのこだわりが愛され、受け入れられる社会になってほしいと強く願っています。私にとって土木とは、つくり手の「魂のこだわり」と、使う人の「心地よさ」が響き合う、温かいコミュニケーションです。図面に書かれない「しずかな美学」を、特許で培った「言葉にする力」で掬い上げ、使う人が感じるなんとなくのときめきを、私が科学的に裏付けます。

土木に、理屈抜きの「なんかいいな」を生み出したい。こだわることが許され、愛される社会にしたい。そして、専門性を武器に、誇り高く生きる技術者たちの情熱が、100年後の街を優しく包み込む文化となるように——その架け橋となる挑戦を、私はこれからも続けます。

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「バベルの大地」

投稿者:土木広報センター 投稿日時:木, 2026-08-20 12:00

全国土木弁論大会2026 奨励賞

「バベルの大地」 國分 泰彰

本日、この会場に足を運ばれた皆さんは、どのような人生を歩んでこられたでしょうか。 
電車で来た人、そうでない人、社会で戦っている人、学生の人、人間関係に悩みを持つ人、仕事で悩んでいる人。
会場の外、この東京にまで目を向ければ、今日命を授かった人もいれば、静かに息を引き取る人もいます。 
今日、私はそんな皆さんの人生を、時代を超えて見えないところから支え続けている人々について弁論させていただきます。

土木には杭基礎という技術があります。
これは、地表の柔らかい土を突き抜け、地下深くの固い岩盤に巨大な杭を打ち込む技術です。
この杭基礎のおかげで地盤の緩い日本の大地に建物を建てることができるのです。 
建物を建てる前に地盤に杭を打ち込むことで土地を固定すれば、私たちは日々安全に暮らせるのです。

実際にこの会場の下にも、東京礫層という東京全域に広がる岩盤が存在します。
そこの深くに杭を打ち込むことによって、東京の天高くそびえたつビルや現代建築技術の結晶のような巨大建築物を地下から静かに、しかし確かに支えているのです。
この技術は明治維新、西洋の文化の流入とともに本格化しました。
明治維新前の日本の建築は基本的に木造だったので、レンガ造りが主だった西洋建築に土壌が耐えられませんでした。
そこで用いられたのが杭基礎の技術です。
地中に杭を刺すことによって日本に西洋建築を実現させたのです。
戦前の近代建築の象徴である東京駅。
あの赤レンガの駅舎は、地下に打ち込まれた約1万本もの松の杭によって支えられていました。
驚くべきことに、泥の中で空気に触れなかった松杭は、100年の時を超えても腐ることなく、長きにわたり東京駅を根底で支え続けていたのです。 
この技術は姿かたちを変えながら現在も日本の建築を支えています。
むしろ、建築技術の発展とともに建物も巨大化していく中でよりその建物を支える地盤は重要になっていきます。

土木の技術は確かにこの日本の大地を支えており、今後も支え続けていくでしょう。

では、土木が支えているのは建物だけなのでしょうか。
確かに土木は建物を支えています。
しかし、この建物を支えるというのは単純に倒壊を防ぐというだけではありません。
土木は私たちの選択も支えているのです。

私は高校の頃病気にかかっていました。
この病気で私は足に力を入れることができず、歩くことができなくなってしまったのです。
その時、私は今まで積み上げてきた人生の全ての価値がなくなりました。
今まで築き上げた人間関係、受容出来ていた当たり前、自分という人間の価値、それら一切に意味がなくなったのです、少なくとも当時の私はそう感じていました。
そんな空っぽの私の目の前にあった選択が生と死という分かれ道でした。
私はその分かれ道に一人で、孤独に向き合っていたと考えていました。

しかし、今なら分かります。
私が泣いていた部屋の床の下。
光の届かない何十メートルもの地下には、巨大な杭が打ち込まれていました。
それは静かに、私の選択を建物の崩落から、崩落という不安からもさえ守ってくれていたのです。
平均的な家に必要な杭の数は約40本。
私の50kg前後の小さな命は40本もの鋼鉄の杭によって支えられていたのです。
そして、それは決して、魔法のように勝手に出来上がったものではありません。
私と同じように人生に悩み、今日を生きるために地下でひたすら大地を固め続けた顔も知らない誰かの汗と執念が、そこには確かに存在していたのです。
私の選択を根底で支えていたのは、無機質なコンクリートではありませんでした。
仮に表舞台に出ることはなくても、他者の人生を地下から支えることに誇りを持った、名前も顔も知らない人々の無言の優しさだったのです。
生きるか死ぬか。
彼らが打った杭は、私の選択には干渉はしてきません。

しかし、私はあの時純粋に自分自身の選択と向き合うことができました。
あの時の選択が間違っていたのか、あっていたのかはわかりません。
ただ黙って、私の選択と重みを引き受けてくれる。
それが私にとっての土木なのです。

土木は建物にとどまらず、さまざまな時代、人生、そして選択を静かに、絶え間なく支え続けてきました。
神話の中で、どこまでも天を目指したバベルの塔は、人々の傲慢な野心を支え切ることができず倒壊してしまいました。

しかし、人々の選択を大地の下で静かに支える人々がいる限り、私たちはどこまでも天高く目指すことができます。
今後も、土木が支えている人々の選択が、少しでも明るい未来へと繋がることを願って、本弁論を終了させていただきます。

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「足元は、誰が支えているのか」

投稿者:土木広報センター 投稿日時:木, 2026-08-20 12:00

全国土木弁論大会2026 奨励賞

「足元は、誰が支えているのか」 水谷 直人

皆さんが、最近、通り過ぎた工事現場を、思い出してください。
その現場では、どんな人が、働いていたでしょうか。
はっきりと思い出せる方は、ほとんどいないと思います。かく言う私も、そうでした。
みなさんが歩いている道路も、橋も、この建物も。誰かが、つくっている。
けれど私は、その誰かがどんな人なのかを、思い浮かべたことが、一度もありませんでした。

3ヶ月前の夜こと。深夜11時過ぎ。日本橋のあたりを歩いていると、まだ骨組みだけの工事現場がありました。そこには10名くらいの方が働いており、その様子をいつものように、工事現場の風景として、眺めながら駅の方へ向かいました。

ふと歩きながら気づき、驚いたことがあります。
「いつの間に、工事現場にこんなに外国人の方が増えたんだろ」と。

そんな私の頭に、ある言葉が、よみがえりました。
設備設計をされている、知り合いの言葉です。その方は、こう言いました。
「つくる側の人手が、設計から現場まで、日本人だけじゃ、もう足りないんです」
なんとなく現実味を帯びていなかったその言葉が、 あの夜、私の目の前にありました。
頭で理解していた話と、目の前の光景が、一本の線でつながった瞬間だったんです。

もう少し彼らのことを知りたい。
私は、一冊の本を手に取りました。澤田晃宏さんの『ルポ 技能実習生』。
そこにいたのは、技能を学ぶために借金を背負い、家族を残して、海を渡ってきた人たちでした。ページをめくるたびに、あの夜、私が「風景」として眺めていた一人ひとりにも、名前があり、それぞれの人生があるのだと、突きつけられたんです。
そして、私たちの「当たり前」は、誰かの借金と、離ればなれの生活の上に、成り立っていることを知りました。

そして、この状況は、今だけのことではありません。建設の現場で働く人は、この25年で約170万人も減っています。逆に、日本で働く外国人は、いまや過去最多。その内、約18万人が、土木の現場を支えています。
つまり、これからもこの国から働き手は減り続けるが、ますます海を渡ってくる人たちの手に支えられて生きていくのです。

もし、彼らが、いなくなったら。
老朽化した橋を、点検する人がいない。
崩れかけたトンネルを、補修する人がいない。
そして、いつか災害がこの街を襲ったら、
立て直す人がいなくなるかもしれません。

これは、決して大げさな想像では、ありません。私たちが、当たり前に歩いている道も、渡ってきた橋も、通ってきたトンネルも、支える手がなければ、ただ、少しずつ朽ちていくだけです。そして、そのとき、本当に困るのは、ほかの誰でもない、この街で毎日を暮らす、私たち自身なのです。
でも皆さんは、この問題を、自分の生活と密接に関わるものとして見ているでしょうか。
工事現場を、ただの風景として通り過ぎていた私のように、今、目の前で起きていることを、どこか自分の外側で起きていることとして、見てはいないでしょうか。

だからこそもし、工事現場を、通りかかったら、1つお願いがあります。
一度だけ、立ち止まってください。
立ち止まり、目を向けて、はじめてその現実が、見えてくるのです。
ヘルメットの下の、その顔。
汗を流す手の、向こうにある、ひとりひとりの暮らしと、願い。
そして、私たちの足元が、もう私たち日本人だけでは、支えられていないという事実。
私にとって土木とは、「足元を、誰が支えているのか」を、知ることです。
その現実から、目をそらしてはいけない。
だから、まずは立ち止まってこの問題の現実を、皆さん自身の目で、確かめてほしいのです。

今日、会社からこの土木学会へ向かう途中にも道路の補修工事をしている方々の中に、
外国人の方がいました。その方は、私たち歩行者を丁寧に誘導してくれたんです。

3ヶ月前の私はその様子をただの風景として、通り過ぎていました。
ですが、今日は、自然とその人たちの姿が、目に入ってきたんです。

だからこそ私はこれからも、自分の足元を、誰が支えてくれているのか。
自分の目で、確かめていきたいと思います。

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「人の心の中に『土木』がある」

投稿者:土木広報センター 投稿日時:木, 2026-08-20 12:00

全国土木弁論大会2026 奨励賞

「人の心の中に『土木』がある」 法華津 和徳

今日、私は一つだけ決めたことがあります。

この弁論大会のおかげさまで、私は、土木と向き合う時間をいただきました。
道路、橋、トンネル、鉄道、上下水道、ダム、堤防、港。
まだまだたくさんありますが、どれも私たちの暮らしには欠かせません。
土木のおかげで、私たちの暮らしが成り立っています。

私は、上京して12年間、講師・カウンセラーとして、人と向き合う仕事をさせていただいています。
その前は、地元・北九州で20年間、壁紙を貼るクロス職人として住宅工事に携わっていました。
若い頃の私は、一対一で話すことも、人前で話すことも苦手でした。
うまく話せない私はとても営業職なんてできない。
だから、手に職をつけよう!職人になる!
そう決めた私は、何の職人になるか父に相談しました。
「和徳。お前、クロス屋になれ!」
父のその言葉のおかげで、クロス職人の親方に弟子入りし、職人の道に進みました。
おそろしいほど要領わるくて不器用な私でしたが、
父譲りの愚直で真面目な性格のおかげで、とにかく親方にかじりついて、弟子に徹しました。やがて、職人としてやっていけるようになり、親方と二人1組のコンビとして、結果的に1000棟以上の新築のクロスを貼らせていただきました。
自宅と現場の移動の毎日でした。車で道路を走らない日はありません。
私達は、北九州の隣、山口県下関の工事もかなりやりましたので、関門トンネル、関門海峡も数えきれない程使いました。
つまり、土木のお世話にならない日はありません。
インフラが整っていない中で、住宅は立ちません。
土木のおかげさまで、お客様の夢と愛の結晶であるマイホームをつくる一員として、私はクロス職人をやりきることができました。
本当にありがとうございます。
そして、仕事は変わりましたが、今現在も、土木のおかげさまで、東京で、人生をおくることができています。

人生を振り返る中で、私はどれだけの人達に支えられて、守られてきたのかを、それが全然わかっていなかったことに気づきました。
自分が、頑張って頑張って頑張っているときは、
どうしても自分にベクトルが向き、「オレは頑張ってる!」「生きてる!」って思ってしまいますが、
それ以上に、「オレは生かされて、ずっと見守られてきたんだ」という事実にきづけました。
父は、ある大手建設会社の現場監督でした。
住宅だけでなく、店舗や色んな建物を作ってきました。
作業服に身を包み、愚痴や不平不満は一切漏らさず、ひたすらプロとして現場を回し続けた父の背中を見て、私は育ってきました。
人と人の間に入り、誠心誠意尽くして、仕事を全うする
そんな父の姿が、ずっと私の心の中に生き続けいます。
職人を辞めた今の私は、心の専門家・佐藤康行先生が開発した「美点発見」というメソッドを広げる仕事をやっています。
美点発見とは、相手の素晴らしさ、自分の素晴らしさをひたすら紙に書き出すというシンプルな方法です。
おかげさまで、今日は、土木を通じて、父の美点を深く深く見つけることができました。

父が他界してもうすぐ丸四年になりますが、ずっとわたしの中で生き続けています。
それと同じように、土木も、土木に関わった全ての人たちの心が、魂が、いのちが、土木の中にずっと生き続けているんじゃないでしょうか。私はそうとしか思えません。
「あの川、海を渡りたい」
「愛する人がいるあの場所に行きたい」
「故郷にかえりたい」
そんな「愛」の欲求が、形となってうまれたのが「土木」だと思います。
だから、心はずっと生きているんだなと。

今日は、ただただこの一点のみをお伝えしたかったのです。
私を、私たちを生かしてくれているすべてのすべての皆様、本当に、本当にありがとうございます!

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「土木の魅力は『人』『一緒に過ごす時間』」

投稿者:土木広報センター 投稿日時:木, 2026-08-20 12:00

全国土木弁論大会2026 奨励賞

「土木の魅力は『人』『一緒に過ごす時間』」 墫 佳彦

皆さんは、何故?土木の道を志そうと考えたのでしょうか?
私は、教員として、土木における入学者の安定的な確保が課題となっています。

現在、日本は人口減少に加えて少子高齢化が進行しています。山形県では、昨年度、県内人口が100万人を割れて大きなニュースとなりました。

建設業においては、就業者の高齢化の進行、若年層の入職者不足が問題になっています。このことは、
(1)インフラ整備における工事の遅延・長期化。
(2)自然災害における災害復旧工事の遅れ。
(3)インフラ老朽化対策の遅れなど、
日本を支えるうえで、危機的状況といえます。
さらに山形県では、冬の間、豪雪に見舞われる事から大型建設機械による除雪作業無しでは、日常生活を送ることすらできません。

『土木』は『空気』のような存在です。
日常生活において、一般の方々から意識される事は多くありません。
しかし、この土木という名の空気が無くなるとしたらどうでしょう?
今後の日本を支えるうえで重大な問題ではないでしょうか。

私は、建設会社の現場監督を経て、現職に就きました。
本校土木エンジニアリング科は、10年前に学科開設しました。
しかし、学科定員を満たしたのは、最初の3年間。その後、定員を満たす事は無く、今年度、ついに1桁代まで落ち込みました。
一部の方からは『学科名で土木』を名乗る事が定員を満たせない原因ではないか?といった意見が聞かれます。
私は、土木そのものが否定されているようで、とても悔しかったです。

年に複数回、中高生が学校見学に訪れます。
その際、私は、決まって最初にこの質問をします。
みなさんは『土木』と聞いてどのような仕事をイメージしますか?
答えは
(1)「土を掘る仕事」
(2)「大きな木を切る仕事」
(3)「建物を造るための下働き」といった答えでした…。
一度や二度ではなく、ほぼ毎回です。
学科開設当初は、『やりがい』・『達成感』に重きを置いて説明していましたが、イメージを刷新するため、最近では、最新技術である『ICT施工』にスポットを当てて説明や体験をしています。これまでのところ、生徒達の一時的な興味は引き付けていますが、入学者数確保には至っておりません。

毎年、7月末にオープンキャンパスが開催されます。事前申込みの応募人数を確認すると、他学科より圧倒的に少ない状況です。
これが毎年の事となると、切なさのあまり
『土木科に存在価値はあるのだろうか』
『学校を離れて他の業界に行ってしまいたい』
そんなことさえも考えてしまいます。
そこで改めて自分自身に問いかけました。
『私は現場監督をしていた時、土木の何に喜びを感じたのだろう?』

私の答えは
『人との出会い』そして『現場で共に過ごした時間』でした。
新潟県中越地震において災害復旧工事に従事していた時の事です。
緊急性の高い災害復旧工事のため、乗り込んだ当初は、設計図面が無く、工事に着手しても、1歩進めば3歩戻る。昼夜施工をしても出来高が上がらない。協力会社の皆さんも、目に見えて気落ちしていく様子が見て取れました。作業員さんは家族と離れ、遠く北海道からきてくれた方々でした。少しでも元気になって欲しい。そんな思いで、私は『もつ鍋』を仕込み、宿舎で一つの「もつ鍋」を囲んで、みんなで酒飲みをした時の記憶は今でも忘れられません。
工事が完成を迎えた時、達成感もありましたが、それにも増して、仲間との別れの寂しさが上回りました。

2019年、コロナウィルスの感染拡大の影響が後押ししてか、
情報端末の普及、そして様々な便利機能が充実しすぎたように感じています。
人と直接会話をしなくても日常生活が送れるようになりました。
仕事についても同様です。
こんな時代だからこそ、私はあえて問いかけたいです。
「画面越しではなく、直接、人と顔を合わせていますか?」
「画面を通した文字のやり取りだけではなく、直接、言葉を交わしていますか?」
「そして、その言葉には温度がありますか?」
土木は、元請・協力会社が混在する職場だからこそ、「人」・「出会い」・「共に過ごした時間」こそが魅力ではないでしょうか。
この魅力を、若い世代に一緒に伝えていきましょう。
私は、土木の入口部分にあたる1人の人間として、入学してくれた学生達を家族のように大切にしていきます。

そして…
土木を選んでよかった。この人と出会えてよかった。
と思って頂けるように、少人数だからこそ、一人一人にしっかり寄り添い、学生・卒業生の成長を見守り続けてまいります。

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【開催報告】「全国土木弁論大会2026」を開催しました

投稿者:土木広報センター 投稿日時:水, 2026-07-22 15:00

  

 
 土木リテラシー促進グループでは、「ことば」だけで土木を語る、全国土木弁論大会2026を開催しました。昨年度に引き続き、5回目の開催となりました。
 「全国土木弁論大会」では、「土木」と自分自身の関係を振り返り、弁論という形で体系的に言語化することを通じて、「土木」の価値や役割ついて適切に説明できるようになるとともに、その背景にある人それぞれの想いや価値観を学び合う企画です。
 さまざまな背景を持つ8人の弁士たちが、「私にとっての土木」をテーマに、渾身の土木弁論で腕を競いました。
 会場16名、オンライン(Zoom)504名の計520名に観覧いただきました。

最優秀賞・日本弁論連盟会長賞は北澤良平氏、優秀賞は山本美穂氏、オーディエンス賞は小佐川凜氏が受賞しました。

 

 

最優秀賞・日本弁論連盟会長賞 北澤良平氏
 
優秀賞 山本美穂氏
 
オーディエンス賞 小佐川凜氏
 
■日時:2026年7月16日(木)13:30 ~ 16:00
■場所:土木学会本部 講堂(東京都新宿区四谷一丁目外濠公園内) / オンライン(Zoom)
■弁論テーマ:「私にとっての土木」
■弁士:  
 ①    墫 佳彦      土木の魅力は「人」「一緒に過ごす時間」
 ②    法華津 和徳    人の心の中に『土木』がある
 ③    小佐川 凜     披星戴月
 ④    北澤 良平     「殺す気か」と言わせない現場を
 ⑤    山本 美穂     焼肉のタレで気づいた、土木の見えない力
 ⑥    水谷 直人     足元は、誰が支えているのか
 ⑦    國分 泰彰     バベルの大地
 ⑧    山本 麻由美    土木に『なんかいいな』を
■大会審査員・司会:    
<審査員> 
 齋藤 正徳   [国土交通省大臣官房参事官グループ事業評価・保全企画官]
 石井 純一   [茨城大学全学教職センター特任教授]
 水嶋 恵利那  [株式会社ハナシコム代表取締役]
<司会> 
 中野 朱美  [ライター]
 
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【弁士決定!】「全国土木弁論大会2026」弁士が決定しました!

投稿者:土木広報センター 投稿日時:金, 2026-06-19 12:00




   登壇順(敬称略)  
  1 墫 佳彦 土木の魅力は「人」「一緒に過ごす時間」
  2 法華津 和徳 人の心の中に『土木』がある
  3 小佐川 凜 披星戴月
  4 北澤 良平 「殺す気か」と言わせない現場を
  5 山本 美穂 焼肉のタレで気づいた、土木の見えない力
  6 水谷 直人 足元は、誰が支えているのか
  7 國分 泰彰 バベルの大地
  8 山本 麻由美 土木に『なんかいいな』を

大会の詳細、観覧(会場・オンライン)申込についてはこちらをご覧ください。

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