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「普通ということの幸せ」

投稿者:土木広報センター 投稿日時:火, 2025-08-05 15:21

全国土木弁論大会2025「有馬優杯」 優秀賞

「普通ということの幸せ」 塚田 滉大

「みなさん、今日はこの会場まで、どのように来られましたか?」

電車に乗って来た方。
バスに揺られてきた方。
駅から歩いてきた方。
きっと様々だと思います。

ですが、その道中で、“道の凸凹”や“段差”に注意して来た方は、どれだけいたでしょうか。

ほとんどの人にとって、歩くことや移動することは、「当たり前」なのかもしれません。

そこで、ひとつ質問です。

「当たり前」とは、一体なんでしょうか。

「当たり前」とは、日々の繰り返しによって作られる感覚です。
「慣れ」と言い換えてもいいでしょう。

人は慣れていく生き物です。

慣れは、日々の暮らしを楽にしてくれる人に備わった、便利な機能です。

ですが、その「慣れ」によって、
本当に大切なものを見失ってしまうこともあります。

「当たり前は当たり前ではないの」にです。

電車があるのは当たり前ですか?
バスが走っているのは当たり前ですか?
道路が整っていること、自分の足で歩けることは、本当に当たり前なのでしょうか?

今から11年前、私は「当たり前ではない」ということを痛いほど知りました。

14歳の夏。脳出血で倒れました。

右半身の麻痺。
失語症という言語障害。
右半分の視野が欠ける右同名半盲。

今こうして皆さんの前で話していますが、当時は話すことも、話を聞いて理解することも、文字を読むことも書くことも、まったくできませんでした。

それまで「普通」だ思っていたことが、突然できなくなったのです。

病気になって、初めての外出。
家族とラーメン屋に行きました。
病院の中には段差も凸凹もありません。

一歩外に出ると、そこには現実の「社会」がありました。

ラーメン屋に着いた、私の目に入ったのは、のれんではなく、入り口の3段の段差でした。

小さな段差が、大きな壁のように感じました。
私は思いました。
「これじゃあ、歩けない人は、ラーメン屋に行けないじゃん」そう思ったのです、

病気になって、私の「視点」は変わっていました。

そして今、私は理学療法士として働いています。

仕事では、患者さんが抱える課題を見つけ、それをどう乗り越えていくかを常に考えています。

その中で、身体機能と同じくらい大切なのが、「環境」です。

なぜなら、同じ体の機能でも、環境が違えば「できること」と「できないこと」は大きく変わるからです。

道がデコボコしていれば、車いすは通れません。
ほんの数センチの段差で、躓く人がいます。

私たちにとっては些細なことでも、高齢者や障害のある方にとっては、大きなハードルなのです。

実際に、生活道路のバリアフリー整備を行った地域では、高齢者の外出頻度が週4.5回から6.2回に増加し、徒歩の移動距離は1.5倍に伸びたという研究報告があります。
(出典:土木学会論文集D3)

さらに、「転倒が不安」と答えた人の割合は、整備前は7割だったのに対し、整備後は4割へと減少しています。

つまり、環境が整えば、外に出るハードルが下がり、
外出する機会が増え、
活動量が増加し、体力がつくことにつながる、ということになります。

人と関わる機会も増え、その人らしい人生を歩みやすくなる。

リハビリとは一言で言えば、「できなくなったことを、もう一度できるようにする」こと。

そしてその背景には、体だけでなく、心や環境が大きく関わっているのです。

そう考えたとき、私は思いました。
土木は、人の人生を変える力を持っている、と。

道路、橋、スロープ、
土木は暮らしに欠かせないインフラであり、ライフラインです。

でもそれは、物理的なラインだけでなく、
「心のライフライン」でもあるのです。

道があることで、もう一度外に出る勇気が湧く。
スロープがあることで、自信を持って出かけられる。
整備された道が、人生の再出発を支えてくれる。

土木には、そんな力があります。

そして、最後に伝えたいことがあります。

それは──

当たり前は、当たり前ではない。
ということです。

現代を生きる私たちは、あまりに多くのものに囲まれすぎて、
本当に大切なものを、見失いがちです。

だから悲しいことに、
多くの人は、大切なものを失ってから、その価値に気づいてしまう。

土木は縁の下の力持ちです。

日常にあるのが当たり前すぎて、
改めてその大切さを、気づくことが難しい。

健康と とても良くも似ていると私は思いました。

空気のように、ないと生きていけないのに、気づきことが難しい。

歩けること。
話せること。
目が見えること。

失ったら、とても困るのに、失ってから気づいてしまう。

すぐそばにある幸せが、当たり前になってしまう。

だから私は改めて、当たり前ということに、目を向けて欲しい、
そう思うのです。

皆さんの当たり前が
皆さんの幸せが
皆さんの普通が
これからも続きますように。

 

分類: 
全国土木弁論大会

(c)Japan Society of Civil Engineers