100億人――これは、わずか25年後、2050年の地球人口の予測です。第二次世界大戦後、わずか100年ほどで、地球上で暮らす人は4倍に膨れ上がります。
先進国では人口が減少する一方、開発途上国では爆発的に増加し、世界中で水や食料の不足、資源や土地の奪い合いが懸念されています。
欧米型近代化が世界を席巻し、利便性が高く、工場の立地に適した川沿いの軟弱低平地に人口が集中することで、地震や津波の被害が増大するでしょう。
さらに地球温暖化の影響により、豪雨、台風、高潮、竜巻などの異常気象が激甚化し、人口過密地域を中心に新型伝染病の感染拡大に歯止めがかからなくなると予想されています。
私は30年以上にわたり、国内外で火山の噴火、豪雨、干ばつ、地震などの自然災害や、インフラの老朽化対策に取り組んできた土木技術者です。
私が考える土木が解決すべき地球規模の課題は、大きく三つ―――一つ目は人口増加による水・食料・エネルギーの不足、、、二つ目は戦後に大量に建設されたインフラの老朽化、、、
そして、三つ目は地球温暖化による災害の激甚化です。そこで私は、「土木は世界を、そして地球を救えるのか」という視点でお話ししたいと思います。
近年、私が強く危機感を感じているのは、明治維新以降の、特に戦後80年の日本の欧米型近代化の歩みを経済発展の成功例として、世界の多くの開発途上国が追随していることです。
効率化のため過度な人口集約が必要なため、自然減少の起伏が小さい地域であれば持続可能です。しかし、自然現象が激しく、
地震や豪雨が頻発する日本では、持続可能性に限界があることを私たちはすでに学んでいます。
産業革命の恩恵を受ける一方で、自然の恵みを放棄し、災害を増大させてしまった歴史を私たちは 150年にわたって経験してきたのです。
経済成長や利便性を優先するあまり、今なお自然災害によって尊い命が失われ続けていることに、私たちは「お天道様がやることだから」と諦めてしまっているのではないでしょうか。
その土地で暮らす安全は、地形、地質、気候、歴史などを踏まえなければ、人工物で無理に加工しても限界があります。
この150年間、土木技術者たちは命を守るために技術を磨いてきました。幕末に締結された日米修好通商条約を受けた五港開港により、
海外からコレラ菌が侵入し、年間10万人以上が死亡した年もありました。
これを食い止めるために近代水道・下水道の整備を進め、明治後期にはコレラ患者をほぼゼロにまで抑えることができました。
この技術は世界にも輸出されていますが、残念なことに現在でも水道水がそのまま飲める国は十数カ国しかありません。水の奪い合いによる紛争も多発しています。
また、昭和40年代には交通事故による死亡者が急増し、1970年には年間16,765名が命を落としました。
その後、自動車保有台数は4.8倍に増加しましたが、土木は歩道の設置やバイパスの整備などにより、交通事故による死亡者を二千五百名ほどに抑え込むことに成功しました。
さらに、戦後の人口過密化によって汚染された河川も、下水道の整備と法制度の強化により、令和6年には一級河川の 96%が環境基準を満たすまでに回復しました。
我が国は、人間が壊してしまった自然を、土木技術によって取り戻すことができたのです。
しかし、私たちは新たな課題に直面しています。昨年、私が暮らす福岡都市圏では1日5万トンの水が不足しました。
福岡市周辺には大きな川がなく、筑後川から水を分けてもらっていますが、近年では線状降水帯の影響でダムに貯めきれない水が有明海まで流れ、人が利用できる水が不足しています。
日本一の海水淡水化施設によって水をなんとか確保しましたが、そもそも大きな川のない地域に人口を集中させることが持続可能な都市なのか、改めて考える必要があります。
これからの土木は、受け身ではなく、積極的に人々の暮らし方を提案する役割を担うべきです。
災害で命を失うことのない世界、戦いのない幸せな暮らしを世界中で創り出すために土木が求められています。
そのためには、人類だけでなく、他の生物や地球そのものに優しい技術でなければなりません。
世界を画一化するのではなく、その土地に合った暮らし方を創造することで、土木は地球を、人類を救うことができると私は信じています。
地球規模の課題を「武力」ではなく「技術力」で解決できる土木でありたい。土木はやさしさをカタチにする仕事なのだから。。。
ご静聴ありがとうございました。
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