仕事の風景探訪 事例9(関西支部)【デザインのチカラ】【自然のチカラ】
事業者:京都府京都市
所在地:京都府京都市下京区四条堀川町他
取材・執筆:土木ライター 三上美絵
編集担当・撮影(特記以外):山口敬太(京都大学/仕事の風景探訪プロジェクト・関西支局長)
雨水を一時的に貯留し、ゆっくり地中に浸透させる構造を持つ植栽空間、雨庭。
近年多発しているゲリラ豪雨などで雨水が一気に下水へ流れ込み、道路などが氾濫するのを防ぐグリーンインフラとして、全国で注目が集まっている。
京都市は市民の意見を基に緑地整備を進める「市民公募型緑化推進事業」の一環として、四条堀川交差点南東の植樹帯を雨庭として整備した。2018年4月に完成したこの庭が、現在市内14カ所にまで増えた雨庭の嚆矢だ。
「雨水の貯留」という機能を持たせながら、「京都らしい日本庭園」の趣を見事に表現したのは、山田造園社長の山田隆之さん。山田さんとともに、当時を振り返ってみよう。
「雨を貯める機能を満足させながら、伝統的な京都の庭園らしい景色をつくる。デザインにあたって最も意識したのは、その両立でした」。山田造園の山田社長は、そう振り返る。
京都市街地の中心部を南北に貫く堀川通と、東西に横切る四条通の交わる四条堀川交差点。オフィスビルや商業ビルの立ち並ぶ京都きっての繁華街だ。京都市が整備する雨庭の第一号は、その交差点の南東側に位置する。
横断歩道につながる歩道を挟んで両側に雨庭が広がり、信号待ちの人たちにいっときの潤いを提供。かつては車が多く殺風景だった交差点が、今では都会のオアシスになっている。
信号待ちの人々が思い思いの位置で雨庭を楽しむ。画面中央の既存樹を残して作庭した(写真:山田造園)
株式会社山田造園代表取締役の山田隆之さん(写真:三上美絵)
雨庭では、貯水機能は主に「州浜(すはま)」と池をイメージした砂利敷きが担う。州浜とは、砂利を敷き詰めた面で浜辺の波打ち際を表現する伝統的な枯山水の作庭手法だ。「通常は地面に直接、砂利を敷くだけですが、ここでは水を貯めるために35cm掘り下げ、栗石を敷き詰めた上に、砂利を敷いています」と山田さんは説明する。
雨水は栗石の隙間に浸透し、ゆっくりと地中に吸収される仕組みだ。表面の砂利はチャートで、粒径約4cmと約15cmの二種類を使い、小さい方で水を、大きい方で波打ち際の岸辺を表現した。
驚いたのは、その貯水能力だ。歩道の両側に広がる雨庭全体で、およそ9.5tもの水を貯めるポテンシャルがあるという。
歩道の一角に、雨庭の構造を説明する現地の案内板がある(写真:三上美絵)
2017年当時、京都市はさまざまな緑地のあり方を模索するなかで、雨庭に注目していた。ただ、雨庭はまだ全国的にも実施例がほとんどなかった。このため四条堀川の雨庭は、やってみてうまくいけば横展開しようというパイロットケース的な意味合いも担っていた。
入札の結果、施工者に決定したのが、京都学園大学太秦キャンパスの雨庭づくりで実績のあった山田造園だ。このとき監修を務め、雨庭の提唱者でもある京都大学名誉教授の森本幸裕さんのアドバイスももらうことになった。
設計は、当初、交差点に面した約220m2の敷地を「緑地として整備する」ということだけが決まっていた。「与条件は既存樹木と、かつて流れていた堀川の遺構である橋の親柱を残すこと。あとはほぼ白紙の状態から、森本先生と一緒にデザインしていきました」と山田さんは話す。
戦後の下水道整備により暗渠となった堀川に、かつて架けられていた綾小路橋の親柱。
雨庭整備のため、敷地の端へ移動した
設計にあたっては、さまざまな制約があった。まず、敷地の歩道側は石垣を巡らせて盛り土がしてあり、地盤が一段高くなっていた。その部分は、地盤の高さを変えられない。というのは、街路樹として植えられたクスの大木があり、別な位置へ移植したり、現在生育している地盤の高さを変えたりすると枯れてしまう懸念があったからだ。
また、道路境界の縁石や、既存の会所枡(下水道管の合流部に設けられた枡)もいじれない。縁石の一部を穴あきブロックに替えて取水口とし、車道に降る雨水を取り入れることから、庭側のレベル設定も難しい。
山田さんは「歩道側の地盤の高い部分を『山の景』、車道側の低い部分を『水の景』とし、両者の境界に水が溜まる州浜と枯れ池を設定することでうまく収めました」と話す。山の景を表現するために、よく京都の山に生えているイロハモミジを築山のてっぺんに植えた。
植栽計画図。車道側を水の景、歩道側を山の景とし、間に州浜を設置。築山には山の植物を植えた
横断面図。右側の地盤が一段高くなっている
縁石ブロックを取り替えて取水口を設けた。右側の車道に降った雨水を左側の雨庭内へ取り込む
こだわったのは、庭づくりで重要な役割を果たす石の選択だ。京都の銘石「加茂七石(かもなないし)」の一つである貴船石(きぶねいし)や、近郊で産出し名刹の庭によく使われる山石(チャート)を採用。州浜の奥には石橋を配置するなど、京都らしさをふんだんに盛り込んだ。「私たちにとっては、京都の庭園を広く紹介できる場としても貴重です。提示された予算は決して潤沢ではありませんでしたが、採算を度外視して在庫の石など、いい材料を使いました」。山田さんの言葉からは、雨庭に掛ける市や造園業界の期待が伺える。
歩道からよく見える位置に、京都の銘石「貴船石」を配置した(写真:三上美絵)
現地で雨庭を眺めると、複雑な条件のもとで針の穴を通すようにしてつくり上げたとは思えない自然な景観が広がっている。「高低差があるほうが、平らなところより庭づくりには向いている。最初に現場を見たときも、制約さえクリアできれば面白いものができるな、という自信はありました。思ったとおり、自慢の庭になりました」と山田さんは胸を張る。
もちろん、視点場も意識した。交差点側を庭の正面とし、縦横斜めから見えるようにしたことで、視覚的に庭に広がりが出る。角度によっては、歩道両側の二つの庭がつながって一つに見える効果も企図したという。
左側の築山から手前の州浜へ向けてなだらかに低くなっている。
築山はもともとの地盤の高さを利用した。州浜と築山の境界には大きめの砂利を敷いて波打ち際を表現
歩道の両側に広がる雨庭。車窓からは角度によって二つの庭が一つに見える
周知のとおり、京都には有名な庭園が集中している。代表的な枯山水である龍安寺の石庭、東山連山を背景とした南禅寺の借景庭園、建築との調和が美しい桂離宮の池泉回遊式庭園…、数え上げれば切りがない。ただ、こうした名園の多くは寺院などの施設に併設される庭であり、誰もがいつでも自由に拝観できるわけではない。その点、四条堀川の雨庭は繁華街の交差点にあり、四季折々の移り変わりを間近に味わえるのが魅力だ。
一般に、街路樹では単一の樹種が線状に植えられていることが多い。しかし、ここでは何十種類もの植物が植えられ、四季ごとに花が咲き、春には新緑、秋には紅葉が楽しめる。近くに暮らす人や通勤通学で通る人はもちろん、インバウンドの観光客からも好評を博しているという。
「多彩な植栽を選択することができたのは、雨庭の貯水機能があったからです」と山田さんは話す。
現地は幹線道路2路線の交差点で、排気ガスや排熱、日射にさらされるため、植物にとっては過酷な生育環境だ。通常ならば、最も乾燥に強い樹種を選ばざるを得ず、選択肢は狭まる。しかし、ここでは州浜の貯水効果を見越して、「乾燥にはそれほど強くないが花が美しい木」を取り入れることができた。ただし、日本庭園の代表的な素材であるものの、極端に乾燥に弱い「苔」を維持するのは難しいと判断し、代わりに芝生を植えたという。
若葉や紅葉、季節の花々が四季折々に道行く人たちの眼を楽しませる
今回の雨庭づくりは、「道路」に降った雨水を「公園」に取り入れる、すなわち雨水が行政区分を越境するという意味でも、発注者の京都市にとって前例のない取り組みだった。道路に降った雨水は通常、側溝の排水口から下水管へと排出される。道路の管理部局と雨庭整備を行う公園部局で管理が跨ることから、雨水の処理の仕方をめぐり、山田さんたちは双方と入念に協議を重ねた。
施工面では「人通りの多い交差点」という条件による難しさもあった。庭の規模は小さくとも、クレーンで大きな石を据えつけるといった大掛かりな作業もあり、朝のラッシュ時は工事をしないなど、第三者災害には細心の注意を払った。一方で、人目に付きやすい場所の特性を生かし、仮囲いに雨庭のしくみや工事の進捗を紹介するパネルを設置してPRしたという。
雨庭が完成してしばらく、山田さんは大雨が降るたびに、いそいそと四条堀川へやってきた。京都学園大学の雨庭では、雨上がりには表面にうっすらと水を湛えた州浜の景色が楽しめたからだ。しかし、四条堀川の雨庭は想像以上に雨水の吸収がよく、全量が見事に地下へと吸い込まれてしまう。貯水機能が存分に発揮されている証だが、山田さんには少し物足りないようだ。「庭の景色としては、水のない枯山水と池泉庭園の両方を楽しめると申し分ないのですが」と苦笑する。
四条堀川の事例よりも前に手がけた京都学園大学太秦キャンパスの雨庭。
大雨の後には州浜の表面に水が見えることもある(写真:山田造園)
竣工から7年が経った今、以前からあった巨木と、新たに植えた低木や芝生、銘石、石橋などの要素がしっくりとなじみ、風景として定着した感がある。その一方で、メンテナンスには課題も残る。
行政による雨庭の管理は街路樹と同様の扱いで、年に数回、定期的に樹木を剪定する。「種類によって花の咲く時期が異なるので、切っていいタイミングと避けたいタイミングがあります。1年を通してそれぞれの花を咲かせてから切るような管理メニューが理想なのですが」と山田さんは残念がる。
「庭というのは、つくって終わりではありません。維持することは、つくることと同じぐらい大切。鎌倉時代などにつくられた古い庭が今も美しいのは、きちんと手入れを続けてきたからです。ここも、それぐらいの価値があると思うんです」。最先端の技術と伝統的な庭づくりが融合した記念すべき第一号の庭。将来へ向けた雨庭づくりのお手本ともなるべき庭の管理には、もう少し予算を投じてもいいのではないか、というのが山田さんの思いだ。
「雨庭をたくさんつくって雨水を地球へ返すことは、自然の水循環に則った素晴らしい試み。それで洪水を防げるなら、美しい緑が街の潤いにもなり一石二鳥ではないでしょうか」。山田さんがそう話すように、雨庭は貯水機能さえあればいいというのでは、あまりにも寂しい。日本が何百年も育んできた庭園文化を受け継ぎ、環境に配慮した雨庭という新しい形で世界へ発信する。その役割は、ここ京都の街角に生まれた雨庭にこそふさわしい。
2018年の竣工当時の様子。
この写真と比べると、7年間でモミジなどの低木が大きく成長したのが分かる(写真:山田造園)