2011年度河川技術に関するシンポジウム:東日本大震災津波災害特別セッション
「今次津波災害と河川技術」
セッション要旨
要旨とりまとめ文責:セッション・オーガナイザー 藤田光一
とりまとめ担当:佐藤隆宏、松田寛志、渡邊明英
※この要旨は,本セッション開催時点(2011年7月24日)の記録としてとりまとめたものです.その性格上,その後の知見や施策展開は反映されていないことに,また,質疑や討議の内容も,その時点までの知見に基づくものであることにご留意願います.
1.オーガナイザーによるセッションのねらいと進め方の説明
東日本大震災の衝撃は、河川技術にも広く深く及んでいる。復旧・復興に貢献する重要な責務を、他の技術分野とともに河川技術も負わねばならないという点においてだけでなく、河川技術そのもののありようが改めて問われているという面においても、この大災害の持つ意味は非常に重いととらえるべきであろう。すなわち、河川技術分野の存在意義を示すというような縦割りの発想を越えた上で、河川技術が何をなすべきかが問われているのではないか。そこで、急遽、本セッションを企画、実施することとした。急なお願いにもかかわらず、本セッションにご協力いただいた皆様に御礼申し上げます。
本セッションでは、土木学会東日本大震災特別委員会 津波特定テーマ委員会を代表して、東京大学 佐藤愼司教授から津波被害を主対象にした話題提供を、水工学委員会東北関東大震災調査団長 東北大学 田中仁教授より、河川の視点から津波被害について話題提供をいただき、セッション進行における基調的知見とする。また、国土交通省東北地方整備局河川部河川計画課 舛田直樹 課長、同省国土技術政策総合研究所河川研究部河川研究室 服部敦室長から、災害現場の諸状況と取り組み等についての情報提供を受け、セッション進行に際しての共有情報とする。これらを踏まえ、「河川技術として考えるべきこと」を軸に議論を展開していきたい。
東日本大震災からの復旧・復興に関しては、スライド1に示す取り組みが進行中である。本セッションでは、中間提言として示されているこれらの取り組みの成果を前提として(したがって、これらに内容を復習することは基本的にせずに)、スライド2に示すように、「被害実態に基づく『具体的な技術』の議論」を中心に進行をしていきたい。その上で、最後の方で、復旧・復興のための「技術政策の方向」についても議論する時間を持つことができればと考えています。
2.話題提供の要旨
(1)東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 佐藤愼司 教授:「2011年東北地方太平洋沖地震津波の河口低平地における氾濫」
●使用スライド
●話題提供の骨子
◇ 本日は,主に東北・関東地方太平洋沖の南側でおこった事象について紹介したいが,大槌町(岩手県)については,はじめに触れておきたい.大槌川と小槌川が河口部で合流しているが,高さ6mの堤防と小槌川には水門があった.津波高さは13~14mであったが,水門と河川堤防が収束地形のような形になっていた.そのため,収束地形上流部で,かつ,堤防が低くなっていたJR山田線周辺で堤防が切れた.→河川堤防の平面形が津波災害に関係する事例の1つ。
◇ 南側の海岸堤防は高波の高さで設計されており,千葉では4m,その北では5m,いわき(福島県)では6m.これらの場所の多くでは,津波は僅かに越えた程度であった.以下,個別に紹介する.
◇ 九十九里の海岸護岸はT.P.4.0mで,津波はそれを越えるか越えないか程度の高さで,津波が増幅された飯岡を除いて大きな被害はなかったが,河川に入ったところの堤防は破堤した.氾濫被害が大きいところは河川の周辺に限られている.
◇ 九十九里の新堀川の河口では,ゲート高さ4mの水門に,高さ5~6mの津波が来襲した.浸水はしているが,被害は軽微であった.
◇ 茨城南部では氾濫被害が少なかった.海岸まで台地が迫り,小河川が少なかったためと考えられる.
◇ 鉾田(茨城県)では地震動による被害がかなり目に付いた.海岸堤防が破壊しているが,津波だけが原因ではないと思われる.船を揚げるために海岸堤防が凹んでいるところの背後で浸水被害が激しかった.堤防高さ5mに対して6mの津波が乗り越え,浸水したが,海岸堤防は被害軽減に役だった.
◇ いわきの勿来海岸では,堤防高さ6mに対して6~7mの津波が来襲した.
◇ 鮫川(福島県)の河口付近の左岸では,河川堤防からの越流水がE.L.2mの低地に氾濫した.また,右岸では堤防天端高4.5mに対して,5.2mの津波であった.
◇ 蛭田川(びんだがわ・福島)の左岸では,海岸堤防5.3mだが河川堤防はそれよりも低く,土堤が破堤し,氾濫した.
◇ 侵食海岸である勿来海岸の潜堤には大きな変状は見られなかった.背後の海岸堤防も健全であった.しかし,小河川の河口部には水門が設けられており,津波が集中し,背後の浸水や堤防天端等,局所的に被害があった.
◇ 鮫川本川の堤防高さが5.5mに対して,支川の渋川では5mである.川を遡上した津波は,本川ではほとんど越流しなかったが,支川では激しく越流した.
◇ 勿来海岸の状況を見ると、大島地区の被害は軽微であったが,岩間地区では途中から堤防高さが6mから4.2mに低くなり被害が大きかった.津波高さは6~7mなので,大島地区の越流水深は1m程度であったのに対し,岩間地区では2.8m程度の越流水深となり、堤防が倒壊し,越流水が集落を破壊した.このあたりに堤防が粘り強さを発揮でき限界があるのかと思う.この堤防は構造も貧弱で,1m程度の嵩上げのパラペットがあり,その接続を用心鉄筋のみによって行っていたことも被害を大きくした1つの要因かもしれない.パラペット部の強度を検討する必要がある.
◇ 土木学会津波特定テーマ委員会では、現地の様々な被災状況の観察結果をどう解釈し,今後にどう生かしていくのか議論している.
◇ 津波の全体的な規模は今回が一番大きかったが,今回の地震は2つのタイプが重なっておこったと考えられている.広範囲に亘り,陸に近いところで起こる貞観タイプの津波と,100年に1回くらい起きる海溝型の明治三陸タイプの津波が同時に起こったと考えられている.
◇ 今回の津波の波形は,だらだらとゆっくりあがり,途中で角のようにシャープに立つ.前者は貞観タイプで後者が明治三陸タイプである。貞観タイプの津波は1000年に1回くらい起こることが堆積物調査等で分かっている.明治三陸タイプの津波は100年に1回程度.これらが同時に連動して起こる確率は,知見は十分にはないものの相当小さいと言えそうである。波形からそう考えるのが妥当であろうと議論している.
◇ 岩手では,過去の津波痕跡を考慮して堤防天端高が決まっている.今回はその堤防天端高をはるかに越える津波が観測されている. 1000年規模,100年規模それぞれの津波がもたらす影響を定量的に議論して,今後の対応に活かしていく必要がある.
◇ 以上も踏まえ、現時点で提示できるポイントをまとめると次のようになる。
・ 海岸堤防,後浜砂丘は一定の効果があり,水門の存在も津波防護効果を持つ.
・ 中小河川では、河川堤防の方が海岸防護施設よりも低い場合があり、そうした場合、そこが弱点となって、河川堤防の被害の方が目立つケースが出てくる。たとえば、河口近くの河川堤防や、そこが無・軽被害で済んでも堤防高さがより低い支川合流部が被災するケースがある。
・ 海岸堤防の破壊の有無については,まずは越流深が重要である.1m程度であれば耐えられるが,2,3mになると全壊に繋がる事例が多かった.
・ 河口部の河川堤防を含む堤防の平面線形についても,今まではこうした規模の津波襲来が少なかったのであまり配慮していなかったが,大槌や勿来の例を踏まえると,今後は津波に対する防護機能という面からも見る必要がある.
・ 100年確率,1000年確率の津波に対して,防護という考え方と減災という考え方をうまく切り分け,構造物による対策と構造物に頼らない対策を合理的に進めていくことが重要と考える.
●提供話題に対する直接的Q&A
Q:越流水深が破堤に関係するとのことであるが,その理由は流体力起因か,洗掘起因か? また,今回は二つのタイプの津波の重ね合わせで生じた低頻度の津波ではあるが,伝播先でたまたまその位相が揃うような小規模の津波の現象に対して,減災をどう考えていくのか?
佐藤教授:前者については,南側のいわき以南では洗掘が破堤の主要因であり,押し波の波力も大きかったがそれで壊れた形跡はない.北側の岩手では押し波による流体力で破堤した形跡もある.1mと,2、3mという越流水深の結果は,あくまでも洗掘に対するものである.
後者について,今回の津波でも断層崩壊時間のズレによる位相の重なり,追いつき現象があり,それにより津波高さが非常に大きくなったところもあった.減災に対する津波レベルの考え方は,歴史津波を含め,今のレベルで考えられる最大の津波高さを想定し対策を考えることになるが,今後の研究や調査の進展を踏まえ,時期をみて適宜見直すことが重要と思う.
(2)東北大学大学院工学研究科土木工学専攻 田中仁 教授:「河川遡上津波による被害の特徴」
●使用スライド
●話題提供の骨子
◇ 水工学委員会では北海道から千葉まで広く調査したが,今日は仙台平野のなかで起こった事象を紹介したい.
◇ 名取市の増田川(2級河川)では,河口から7.4km遡上し,堤内地の遡上距離のおよそ2倍であった.
◇ 堤内地では仙台東部道路などの道路盛土が津波のエネルギーを低減したが,川の中ではそれは期待できないので,堤内地と川のなかでは大きく違いが生じた.
◇ 北上川では50km程度遡上した.河口から17kmの北上大堰では津波はゲートを2m程度越流し、さらに上流に遡上した。なお,2010年チリ地震ではこの大堰で反射した.
◇ 堤防からの越流,裏法の破壊,堤防法尻の洗掘があった.今後,越流に対する堤防強度を高める必要が考えられるが,被災のメカニズムを突き詰めるなかで方向性が見えてくると思われる.
◇ 定川(石巻,2級河川)では落橋と破堤が生じた.2級河川で大規模に被災する事例が見られた.
◇ 北上川の河口部では,破堤,落橋,砂浜消失があった.ラグーン地形がなくなり,リアス式海岸の河口部に土砂が貯まって地形が出来る以前の三陸地方の原風景が想像できるほどの大きな地形の変化が見られた.
◇ 北上大堰ではゲートが95cm浮き上がった.メッセンジャーワイヤーが切断された.ゲートの下流では漏水も見られている.なお,河口から離れているので,設計に津波波力は想定されていない.今後,河口施設に対する津波波力の考え方をどうするのか,重要な課題である.
◇ 海岸平野部の旧川位置での砂浜の決壊が複数見られた.以前の地形がどうなっていたのか,津波防災を考える上で重要と思われる.仙台海岸の荒浜地区・貞山運河では旧河川の河口が大きく決壊した.相馬・松川浦,仙台空港近くの岩沼市赤井江でも同様の現象が見られた.津波の戻り流れによって決壊したと思われる.
◇ 河口砂州フラッシュが,鳴瀬川(石巻)でおこり,今でも回復していない.波浪や塩水が上流に向かう現象が続いている.
◇ ラグーン地形の消失が,七北田川河口の蒲生干潟(仙台),阿武隈川河口の鳥の海(福島・亘理),名取川河口(宮城)で見られた.稚魚がラグーンの浅水域で過ごし,海へ向かうとのことであり,今後の水産業への中長期的な影響も懸念される.
◇ 津波のフロントの伝播速度は,ビデオ映像によると,河川で30km/h程度,堤内地では10km/h程度であった.
◇ 仙台東部道路や県道の盛土部では,伝播速度が半分以下になった.橋梁の取り付け盛土部も津波の低減効果がある.二線堤築堤による津波エネルギー減衰の計画が議論されているが,その効果がここからも確認される.
◇ 色々な規模の津波を想定するためにも,今次津波と2010年チリ地震津波と比較することも重要である.
◇ 河川の遡上距離は,2010年チリ地震津波の1.5~3倍であった.
◇ 高瀬川(青森)は堆砂による河口閉塞が見られる地形である。2010年チリ地震津波の襲来時、潮位が低い時には河川への遡上が起こらなかった。つまり、津波の河川への遡上が閉塞地形の影響を大きく受ける事例と言える。
◇ 一方、馬淵川(青森)は港湾のなかに川が注いでおり,浚渫も行われていて,水深が深く維持されている.地形も津波エネルギーが収斂しやくなっており,チリ地震津波襲来時にも、潮位によらず津波遡上が生じ続けていた。
◇ 七北田川(仙台)は河口砂州が発達した閉塞河口であり,津波が入りにくかった.
◇ 以上のように、河口の閉塞状態が津波の遡上度合いに影響する。
◇ 2010年チリ地震津波の時の状況から、河口条件・河川の種別ごとの津波の河口内進入特性を分類すると、次のようになる。
・ Type1;港内・湾に注ぎ,河口周辺がコンクリート護岸で固められている河川,非縮流型の導流堤がある河川
・ Type2:砂浜海岸に注ぎ,導流堤がない閉塞状態の河川.縮流型の中導流堤で河道が維持されている河川
◇ Type2の河口閉塞気味の河川では津波の低減効果があることが2010年チリ地震津波で明らかとなった.今次津波では河口フラッシュがおこったことから閉塞による低減効果は明確に見られず,津波のレベル,規模によって河口地形の影響は異なる.河川における津波防災の重要な視点と思われる.
●提供話題に対する直接的Q&A
Q:旧川での破壊のメカニズムは?
田中教授:津波の戻り流れの時に陸側の地形に応じて旧川跡に流れが集中したためと考えられる.
(3)災害現場の諸状況と取り組み等
1)国土交通省東北地方整備局河川部河川計画課 舛田直樹 課長:「東日本大震災における現場の取り組み」
●使用スライド
●話題提供の骨子
◇ 河川の現場からの取り組みについて以下の流れでお話ししたい.発災→直後→緊急復旧・応急復旧→関係機関との連携→今後の取り組み
◇ 河川に監視用カメラ(CCTV)があったが,地震・津波により多くの場所で壊れた.
◇ 広範囲にわたり地盤が沈下したところに津波が押し寄せ,水浸しになった.全国の地方整備局から河川管理用の排水ポンプ車が東北に結集し,緊急排水対策を実施した.仙台空港周辺,アクセス鉄道のトンネル内をはじめ,石巻から福島までにわたる緊急排水を通じて、緊急的な復旧の足がかりと行方不明者の捜索を警察,自衛隊と協力し実施した.3月13日に1億1200万m3あったが,3400万m3の排水を行い,4月14日には900万m3まで減少した.
◇ 緊急復旧工事は,人命優先の考えから救援物資輸送路の確保を最優先とした.北上川は10日くらいで緊急的に復旧させた.阿武隈川,鳴瀬川河口などでは出水期までに必要な対策を終わらせるため緊急的な復旧を実施した.
◇ 堤防復旧については,第1ステップは形の確保(H23出水期目途),第2ステップは従前と同じ機能の回復(H24出水期まで),第3ステップはより安全な機能の確保(今後数年間)である。
◇ 旧北上川2.5km地点では,浄化装置を用いた給水により100m3/日を供給した.
◇ 仮設風呂への河川水の供給を実施した.
◇ 発電用に,16の管理ダムで1.7倍の取水増量を実施した.
◇ 農業サイド,宮城県,仙台市と連携して、5月までに7つの取り組みを行った.なかでも,浸水被害対策の特別3点セットとして,①排水ポンプ車の増強,②浸水リスクマップの作成,③浸水センサー,浸水情報メールの送信を行った.
◇ まちづくりや高台移住などに用いてもらうよう,過去の津波痕跡高,地すべり地帯,道路計画などを記載したまちづくりサポートマップを作成した.
◇ 国土交通大臣の指揮命令のもと,全国的な組織力を統一的に,人材,機材を生かした取り組みをしてきた.
◇ 超法規的措置として,市町村からの求めに応じて,棺桶,おむつなどをお届けするなどの支援も行った.
◇ 従来責任の問題から想定外として考慮の外においていたレベルを,想定に入れることを捨てるのではなく,想定に入れるなど,新たな発想が必要ではないか.
◇ 洪水に関しても,歴史洪水への対応も考えないといけない.
◇ 河川の計画と管理,それぞれにどのように取り組むか,技術的に検討する必要がある.
◇ 教訓としては,体験,ハザードマップ,迅速かつ的確な対応,伝承の必要性,支援の枠組みの拡大が挙げられる.
2)国土交通省国土技術政策総合研究所河川研究部河川研究室 服部敦 室長:「今次津波災害に見る河川技術上の課題」
●使用スライド
●話題提供の骨子
◇ 現地踏査を行った個々の断片的な事象から全体を俯瞰したい.
◇ 津波の遡上パターンを分け,越水による堤防の被災との関係を述べたい.
◇ 遡上状況は3つ.堤防と堤外と堤内の水位の関係から分けた.
① 下流で見られた,全てが冠水水没するパターン
② 堤外の水位は高いが堤内は低い片側天端超過のパターン(したがって,堤外から堤内側へ越水が生じる).
③ 上流で見られた堤内地・堤外地ともに天端以下の水位となるパターン
◇ 河口から少し上流に向かうと,堤内側は水位が低いが,堤外側は水位が高い状況となる(遡上スピードは堤外地の方が速い).その結果,堤外側から溢れた.堤外地と堤内地の水位差がつく時間は上流の方が長いような状況もあったのではないか.
◇ 堤内地に道路盛土がある場合,津波が堰上げられて水位上昇が生じ,堤防が水没する状況もあった.
◇ 河道湾曲などにより,堤防法線の平面形が汀線に対して斜めであると,津波がぶつかる側の河道内水位が高くなる状況もあった.そうした河道区間におけるパラペットの倒伏状況,堤防背後の侵食状況からもそのように考えられる.
◇ 今回の調査範囲で破堤が見られたのは,1)海岸堤防と河川堤防の接合部,2)特殊堤の区間,3)湾曲で津波を受ける形状のところ
◇ 破堤の一歩手前にまで至った越水による被災については,堤内側の法面,法尻の侵食が見られる.ただし土堤の法尻の侵食は,越水の規模の割に意外と少ない.堤防背後の水位の急上昇がウォータクッションとなり,侵食を抑制したためか.この効果には,山附きなどの地形の影響による堤防背後地のポケット容量も関係していそうである.
◇ 土堤の耐力のポイントとして,越流水深の大きさ,法尻の水深(ウォータークッション効果),継続時間を考えていくことが重要.
3)提供話題に対する直接的Q&A
Q:海岸と河口の接続部,河口付近の堤防構造の見直しについてどのように考えていくべきか?
服部室長:そうした場所での破堤メカニズムはまだ十分わかっていない。接合部周辺の局所的な水位の決まり方と特有の流れが要因となっているかもしれない.これらと被災との関係を考えていくべきと思われる.
3.全体討議の内容の骨子
オーガナイザー:貴重な話題提供をいただきありがとうございました。最初に説明したように、全体討議では、いただいた話題の内容を踏まえ、「被害実態に基づく『具体的な技術』の議論」を中心に据えたい。そのための助けとして、スライド3のような具体的サブテーマを列挙してみた。まずは、このテーマに沿って質疑や議論を進めて行きたい。
オーガナイザー:津波の流れ,構造物の影響,河川遡上の数値解析の技術レベルや課題は? 今の技術で、どこまで再現できると考えてよいか?
東京大・佐藤教授:津波の伝播・氾濫はある程度計算できる.但し,波源域から計算する必要があるので,広域と町中の構造物で格子サイズ等の整合をとる必要ある.構造物については力ずくで3次元計算できる.漂流物については,今次津波では車がハザードとなり,橋などの構造物に突き刺さり,障害物として流体力が増した.それへの取り組みは課題である.
東北大・田中教授:昔は海岸線に鉛直壁を立てた条件で計算していたが,今は遡上計算により痕跡高の検証が可能である.さらに高度な情報として流体力の検証が求められているが,データは集まってきていて,議論を進められる状況にある.今回様々な情報が得られているが,モデルの精度向上に寄与できる.
オーガナイザー:ラッパ状など平面線形が重要とのことであるが,それらも解析できるという認識で良いのか?
東北大・田中教授:メッシュの大きさの問題もあり,河川では境界適合座標が一般的によく使われるが,津波では正方格子で河川部は小さい格子サイズに接続させる計算が行われている.河口部の湾曲部などにおいてどの程度の精度があるかは,今回のデータを用いてモデルを改良していくという方向性だろう.
オーガナイザー:河川管理上,漂流物等の影響はどうだったのか?
国交省東北地整・舛田河川計画課長:車の影響は大きかった.
オーガナイザー:構造物の効果はどうだったのか?
東北大・田中教授:構造物が効いたのか,効かないのか,究極的にはwith/withoutの議論になる.地形や地物など,構造物の影響の有無の検討は数値モデルでしかできない.遙かに高い(越水深が大きい)ところばかりを見るのではなく,かつかつ,あるいは,少し越えたところの現象をつぶさに見るのが非常に大事である.津波はそのような高さのものの頻度の方が高いので,天端を少し越えた津波に対する挙動をしっかりと見て,モデル等を併用してwith/withoutの議論をきちんとすることが求められている.波や流れ,流体力はかなり力でやれそうな気がする.しかし,不安な点は地形破壊で,洗掘や周辺地形の事前の変形がかなり重要となるが,そこのところの精度は安心できるレベルではない.今回の事例をキャリブレーションの材料として,モデルの精度を上げていく必要がある.
オーガナイザー:河口砂州のフラッシュが予測できる状況になっているのか?
東北大・田中教授:河川の計画洪水に対して地形がどうなるかは,結構の精度をもって推定でき,実際に計画等に反映されている.データが積み重なっているところについては検証ができている.しかし,外力の継続時間などが洪水と大幅に異なる津波が作用したときの土砂移動を,洪水作用下の違いも含め,きちんと評価する必要がある.津波L1,津波L2の議論があるが,ヘリからの画像を分析すると,早い段階で砂州が無くなっているようだ.あるレベル以上の津波では,ほぼ瞬時的に河口砂州がなくなってしまう仮定でも良いが,津波規模が相対的に小さい場合には,動的に徐々に崩れていって開口部の面積が変化するようなダイナミクスを入れるようなことも必要であろう.津波規模に応じて切り分けて計画の中で反映させていく必要がある.
オーガナイザー:堤防に代表される構造物の破壊について,新しくやるべきことはあるか?
東京大・佐藤教授:南側では海岸ではなく河川があふれたと言う住民が多かった.海岸堤防と河川堤防の接続部で,総合的な安全レベルが津波という事象に対しては相当な段差があった.海からの視点で弱いところを洗い出せる.今回のことを教訓として,そこを今後実施すべきで,一番大事なことと思う.
オーガナイザー:全体の系として,一貫したシステムとして物事を見る必要があるということですね.堤防の破壊のメカニズムについてはいかがか?
東北大・田中教授:越流したときに洪水時と異なる特徴があった.洪水に対する知見がそのまま活かせるところもあるだろうし,津波特有のメカニズムもあるだろう.そのあたりを明確に区分けしつつ,通常の洪水にも津波にも対応できるような部分を検討していく必要があるだろう.
オーガナイザー:地震動に対する堤防の強度向上のための技術と津波への対応策を適切に組み合わせたり併用できれば,トータルとして良いシステムになりうるか?
愛媛大・岡村教授(OPS3での招待講演者):海岸のコンクリート堤防については,余程の地下水位がない限りは,土質が相当しっかりしているので,基盤の支持力が大きく減じることはないと思う.津波が来襲するのは数10分あとなので,地盤が弱っていて津波によりコンクリート構造物が倒れるというシナリオは考えにくい.土堤については,深い基礎地盤が液状化する場合と堤体の中が液状化する場合があって,深い場所の液状化は何時間も続くがそれは津波による土堤の破壊にはあまり関係ない.堤体自体に対する,ひび割れなど何らかのダメージの影響については,まだよく分からない.震動で痛んだ堤体がやられた可能性もあるし,元々弱かった可能性もある.地震による堤体へのダメージと津波による破壊の関係については,一から研究する必要がある.
会場1:河川堤防の津波に対する考え方はどうなっているのか? どうするべきなのか?
河川部会・小俣委員(国交省河川環境課河川保全企画室長):今次津波に対しては現在検討中である.地震については,これまでは耐震対策の検討はなされてきたが,津波については十分ではなかった状況がある.三陸沿岸では,津波を考慮して河口域の堤防高さを決め,河口部の堤防構造については三面張りで対応しているところもある.津波を考慮した堤防高や構造など,今次津波を踏まえた堤防のあり方や複合的な対策(対震動と対津波)については,議論をしている最中である.
会場2:直轄河川よりも,2級河川や断面形が縦断的に不規則に変わる地方の河川の方が,遡上津波に対して,特に川底がどうなるのか心配である.大河川は河口を除けば動いたとしても広い河川の中でバランスするが,中小河川の河床は相当やられている可能性がある.
東北大・田中教授:名取川の導流堤で狭い断面が維持されているところでは4~5mの洗掘があったが,1km上流では極端に地形が変わったわけではない.一方,2級河川でかなり洗掘されているところがあり,大河川よりも小河川の方が影響は大きいという印象を持っている.2004年インド洋大津波のとき,スリランカでは,砂丘を越流した津波が川に排水される際,大きな河川では被災はあまりなかったが,中小河川では流量を飲みきれずに橋脚が洗掘され,落橋した事例が多く見られた.川の大小に応じて,現れやすい現象が異なってくると感じている.
会場3:堤防の破壊が複合的という点について伺いたい.阪神淡路大震災の時は,淀川の左岸側の堤防が地震で滑って破壊したという事象がおこったが,今回はそのようなタイプの破壊は起こらなかったのか.
東京大・佐藤教授:利根川の河川堤防については,地割れ,沈下が起きていた.那珂川も,河口近くの左岸側で,地震動なのか津波なのか判然としないが,破壊は起こっていた.宮城から北についてはよくわからない.地震動の痕跡は残っていない.埋め立て地である女川や大槌では噴砂らしき痕跡が見られた.複合的なことを考えないといけないという示唆は得られたが,決定的に河川堤防が地震動で破壊した事例は利根川以外に見つけられなかった.
会場2:緊急復旧した堤防が,これから来る台風,洪水でどのような挙動をするのか? 十分に機能が確保されているのか? そしてこのようなことを,素早く,どういう仕組みで見ていくのか? これらのことが今後の対策において非常に大事である.それから,今次の災害では多くの水位計が破壊された.海も川も,水理現象の時間的推移が確実に測れることが必要である.HWLを上回ったらすぐに機能しなくなり,破壊されるようなことでは困る.そういうことを考えて,水位計の位置を決め,イベントをモニタリングする必要がある.
会場4:今,津波に対してはL1とL2に分けて対応を考えていこうとしている.L1に対しては,今までと同じようなやり方でインフラをしっかり造っていこうとしている.そのように理解しているが,そうであれば,L2の津波では氾濫が生じるので,スライド3の1項目目の技術課題が大事になってくる.超過外力に対して,今までは,河川の土堤防は壊れるとしていた.今回のL2対応として,堤防裏に水叩きを造ったりして,越水に対して何とか少しでも強くしよう,簡単には破堤させないようにしようとするのであろうか? そうした取り組みを1項目目の技術検討に反映させていくのか? 遡上・氾濫の状況を考える際に大事になる堤防破壊の有無が確率的に決まってくる中で,どのようにL2対応を考えていくのか? インフラの増強,粘り強さを含めながら,1項目目の技術課題を解く難しさをどのように考えているのか?
東京大・佐藤教授:土木学会津波特定テーマ委員会で海岸堤防に粘り強さをもたせるべきだと言っているのは,L2への対応を考えてのことではない. L2の津波が生じると,局所においては天端高よりも遙かに高い津波高さになるので,その挙動の把握は,堤防の粘り強さと関係づけるためではなく,避難に生かすものとして科学的に算出しようとしている.ただし,今回の事例でも,1m程度越流しても海岸堤防が健全に残っているところでは,浸水被害を抑制するに大きな効果があったことがわかっている.一定程度,1mなのか2mなのか詳細は詰めていないが,L1を少し越える程度の外力に対しては粘り強くもつように海岸堤防を設計しようと言っている.L2に対応できるような粘り強さの堤防を考えるべきと言っているのではない.
会場4:L1からL2に変わっていく段階で,L1を少し越える外力に対してしっかりした対策をするべきだということになると,スライド3の1項目目の技術課題において氾濫解析あるいは越流解析する時に,構造物のなかには壊れるもの,壊れないものが出てくることを考慮する必要が出てくる.そういうものを含めながら,この技術課題をどう解いていくのか? そこには,車が阻害物になる,漂流物になるという,状況によって大きく変わりうる,したがって事前に設定しにくい要素も入ってくる.
東京大・佐藤教授:L1をさらに少し越えて,一部が壊れるようなレベルに対して,氾濫解析等をどのように活かすのか? この問題は非常に難しい.そこまで数値モデルで予測できるようになるとは今は思えないので,シナリオベースで対応するしかないとしか今は答えられない.
オーガナイザー:L2の話になると,どういう条件でどんな被害が具体的に堤内地に生じ,どういう対策を地域の方で考えねばならないのか?ということを住民に対して新たな形で提供しなければならない.構造物を作る側も,管理する側も今後求められる,ひとつの大事な技術課題と思われる.
オーガナイザー:今後必要な研究や技術課題についてご意見を伺いたい.
東京大・佐藤教授:色々な方が,色々な方向から見ることが大事だと思った.今次災害をビデオ等で見ていてショックなのは,「堤防があるから逃げない」で犠牲になった方が非常に多いことである.治水の言い方なのか,やり方なのか? 根底から考え直さないとこの問題は解けない気がした.これから堤防の高さを高くしても,逃げないという問題は繰り返される気がして,安心な社会を実現するためにも工学以外の方々とも広く議論することが大事だと思った.
東北大・田中教授:今回は,植生・樹木群を通過する津波の状況や,海岸堤防を越流する津波のデータなど,色々なデータが蓄積された.これらの資料が新たな技術の開発につながると思う.痕跡も非常に重要なデータではあるが,来襲時刻や波形など詰め切れないところもある.さらに高度な検討をしようとすれば,今後、データが確実に取れるよう環境を整えていくことが非常に大事だと思う.
会場5:複合的な防護について,大槌町では盛土堤防が結果的に防護的な役割を果たしていたり,複数の橋脚にゴミがつまって遡上を阻害し,上流の被害を軽減すると同時に下流は深刻な被害が生じるということがあった.そのような機能を認めるのか,認めないのか,総合的な議論が重要だと思った.
オーガナイザー:技術的な議論をある程度深めることができたので,冒頭に述べたように,最後に少し時間を取って、今後の施策,復旧,復興についてご意見を伺いたい.
会場6:堤防高さは,河川の河口では高潮計画,河川中流域では計画洪水,海岸では波浪等々で決まっている.リターンピリオドが別々ではいけないが,国交省では堤防をどのように考えているのか.
河川部会・小俣委員(国交省河川環境課河川保全企画室長):政府として中央防災会議のなかで議論が行われており,中間報告のなかでL1とL2に分けて考えるべきと方針が出されている.政府全体の方向としてひとつの目標の外力レベルが決められている.個々の海岸では,おそらく海岸が先行して具体的に検討し,ほかが連携し協力して決めていくと考えている.
会場3:復興・復旧について,高台移転は地元判断であるし,予算などもあって簡単には決められない課題ではある.ところで私は,従来から,河川計画について潜在自然ということを主張してきた.これは長期的なあり方を考えるための基本的な見方の1つである.東京電力・福島第一発電所の敷地取りでは,台地を切り下げて主要な設備を作っているが,廃炉の観点から50年くらいの最適解で海に近いところに作っていると思われる.台地の上に主要な設備があれば今回の被害はかなり避けられた.このようなことから,長期のことを考えることが大事だと思っている.港町では,高台移転一辺倒の議論では生業と両立しないわけで,最終的には地元の方々の判断になると思うが,そこで長期的な視点を組み込むことも大事と考える.
会場2: L2が最後の目標であり,まちづくりにおいて人の命を守ることが一番大事であるという方向で国の方針も進んでいる.そういうなかで河川・海岸の果たすべき役割について,河川・海岸の技術者は,まちを作る人たちと一緒になって,安全なまちづくりのために規模も含めて施設のあり方を考えることが大事であり,河川だけ,海岸だけで考えていた今までの施設のあり方では駄目である.極端なことを言えば,人の命を守るためには,溢れることを前提として,溢れた水が戻ってくることをコントロールするようなまちづくりについて我々河川技術者は意見を求められることも想定される.もうひとつ大事なことは,このような問題は地方がすることになっていて,国がするとか有識者が指示する話ではないということである.だからこそ私たちはしっかりと意見を言わないといけない.まちづくりは既にスタートし,土木技術者も参画しはじめている.そうした状況において,まちづくりや都市計画,土地利用計画に携わる人と,海岸・港湾技術者や河川技術者は一体となって議論し動かしていかないといけない.有識者として考え,相手の立場に立ってしっかりとした意見を言うことがものすごく大事である.今まで我々がやっていないところを実施する集団を厚くしていくのも河川部会の大事な仕事と思うので,是非ご検討をお願いしたい.
東北大・田中教授:川のなかの津波は海岸との境界領域であるし,河川はまちづくりなど色々なところと繋がるテーマでもある.是非ともJoin Us!と言いたい.
オーガナイザー:守るべきものがあって,そのためにどんな技術が必要なのかという視点にたったとき,河川も海岸も含めて色々な技術が統合化されるし,新たな展開がもっと必要であることが見えてきた.それが今次災害で問われる最も大事なもので,そこに河川技術がこれからどのように貢献していくかが非常に大事であると改めて思えた.また,河川部会としても担うべきものが随分あると改めて感じた.そのような観点でも,部会としても検討していきたいと思うし,この場にいる皆さんもそういう視点でそれぞれの取り組みを改めて掘り下げていってもらいたいと思います.今日ご講演いただき,活発にご議論いただいた佐藤先生,田中先生,舛田さん,服部さん,そして,活発に討議に参加いただいた皆様に御礼を申し上げて,このセッションを終わりたいと思います.どうもありがとうございました.
以上
添付 | サイズ |
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【津波S】佐藤教授(東京大学)【講演】.pdf | 7.21 MB |
【津波S】舛田課長(東北地整)【講演-HP掲載用修正済み】.pdf | 8.64 MB |
【津波S】田中教授(東北大学)【講演-HP掲載用の修正済み】.pdf | 3.41 MB |
【津波S】服部室長(国総研)【講演】.pdf | 2.65 MB |
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