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ホーム › 2007年 › 荒川流域治水・砂防事業

荒川流域治水・砂防事業の解説シート

概要

  • 名称:荒川流域治水・砂防事業(あらかわりゅういきちすい・さぼうじぎょう)
  • 所在地:福島県
  • 竣工年:
  • 選奨年:2007年
  • 選奨理由:霞堤と水防林による近世からの地先治水と大正・昭和における砂防堰堤群等の直轄事業とが融合した治水砂防システム。

沿革や緒元・形式

荒川は、福島市西部に位置する吾妻連峰(あづまれんぽう)の2000m級の山々をその水源とし、そこから一気に流化して市の中心部で阿武隈川に合流する阿武隈水系の一級河川である。
荒川地域には、近世以来の伝統的な治水事業に由来する水防林や霞堤(かすみてい)、近代化以降の治水・砂防事業によって建設された砂防堰堤(えんてい)や床固工など、時代背景の異なる様々な歴史的砂防施設が多数残っている。またさらに、これらの多くが今も現役の施設として活躍している。

荒川における水防林と霞堤の歴史は古く、水防林については1777(安永6)年の古文書において沿川に「大松林」が存在することが記述されており、また記録上の最古の堤防は1673(延宝元)年にまでさかのぼる。明治に入ると、砂防法(1897年)、森林法(同年)の制定を受けて、福島県の保安林調査が開始され、1922年までに水防林の多くが水害防備保安林に指定された。今日に至るまで広大な水防林と林内の古い霞堤が残っているのは、この早期における保安林指定が大きく影響している。水防林は現在も現役の治水施設である一方、大正期までにつくられた古い霞堤については、大正末期に始まって1934(昭和9)年に一応の完成をみた築堤工事によって、現役施設としての役割を終えることとなった。しかし、その精神は受け継がれ、完成した新しい堤防には不連続部を有する霞堤方式が採用された。そしていまもなお、荒川中流の堤防はこの霞堤方式となっており、先人たちの知恵は現代も脈々と受け継がれている。

荒川における近代治水砂防事業は、国の直轄河川となった1919(大正8)年以降に本格化する。はじめに取り組んだのが流路固定を目的とした掘削工事と、扇状地の扇頂において流下方向を固定する地蔵原堰堤の建設であった。
この時代における治水砂防事業の中心人物が、阿武隈川上流改修事務所の技術者・野瀬正人である。野瀬は、1919(大正8)年に九州帝国大学を卒業後、同事務所に1924(大正13)年まで勤務、その後1926(大正15)年から1937(昭和12)年までの約12年間にわたって同事務所主任(所長)として荒川の治水砂防事業において中心的役割を果たした。
野瀬が心血を注いだ地蔵原堰堤の完成以降、砂防堰堤の築造が本格化する。荒川第1堰堤(1937年完成)を皮切りに、昭和30年代前半までに荒川本川、支川併せて計13基の砂防堰堤が築造された。これら砂防堰堤はすべて表面が石積の粗石コンクリート造であり、威風堂々とした石積の堤体と美しい落水表情が、吾妻連峰へとつながる周辺の渓谷美とあいまって、非常に印象的な景観を呈している。

荒川では2007年度末に、歴史的な治水砂防施設群と流域の豊かな河川環境を保全・活用することを謳った「ふくしま荒川ミュージアム宣言」が地元市民団体により採択された。また2008年度には、同宣言の実行組織が設立され、市民の手による土木遺産の保全・活用が今まさに進められつつある。流域での長年の市民活動が、土木遺産という活動の核を得たことで、大きな実を結ぼうとしている。こうした活動を通じて、地域や地域を守ってき土木事業・施設への理解・愛着が醸成されることを期待してやまない。

諸元・形式:
「地蔵原堰堤」
形式 石積粗石コンクリート造
規模 堤高8.7m/堤長74.4m
竣工 1925(大正14)年 

(出典:見どころ土木遺産 第60回 荒川流域の歴史的治水砂防事業,横山 公一,土木学会誌94-7,2009,pp.34-35)

所在

福島県福島市

保存状況など

 

見どころ

 

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