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ホーム › 2006年 › 白川橋

白川橋の解説シート

概要

名称
白川橋
しらかわばし
所在地
岐阜県/加茂郡白川町
竣工年
大正15年
選奨年
2006年 平成18年度
選奨理由
鋼補剛トラスによる3径間2ヒンジの吊橋で、主塔も鋼トラスからなる。現存する吊橋としては非常に珍しい鋼吊橋。

沿革や緒元・形式

岐阜県加茂郡白川町。岐阜で白川というと、多くの方は、合掌造りのある飛騨・白川郷、つまり岐阜県大野郡白川村をイメージするであろう。しかし、白川橋があるのは、その白川村ではなく、地理的にはずっと南、岐阜市から高山に向かってすぐのところにある白川町である。岐阜から日本ラインの木曽川に沿って美濃太田へ、さらにそこから飛騨川を遡り、渓谷美で有名な飛水峡を過ぎると、すぐこの白川町に着く。鉄道で行くと白川口の駅に入る直前、道路で行くと白川のまちの中心部へ行く道を分けた直後の、ちょうど飛騨川を渡るところの右側。そこに架かっているおもむきのある小さな吊り橋が、白川橋である。

この白川町は、位置的には、飛騨川からその東側の山中に拡がっており、現在の感覚でいうと飛騨川沿いを通っているJR高山線や国道41号線が玄関口のように見える。しかし、もともとこの飛騨川沿いは、飛水峡の名のごとく断崖絶壁の連続で、飛騨川に沿った道はつづら折の難路であった。白川街道と呼ばれたこの飛騨川沿いの道はいまでも、まちの中心部からは対岸となる山の中腹のかなり高いところに、その跡を見ることができる。その道の跡を見ても、飛騨川のほうからこの白川町に入ることは困難であったことは容易に想像できる。そのため当時、白川町(当時の西白川村)から岐阜・名古屋方面へは、東の山を越え、今のJR中央線・恵那方面へ抜けるか、南の山々を越えて八百津長へ出、木曽川の舟運を利用するのがメインルートであった。

1926(大正15)年3月、当時の国鉄高山線が岐阜方面から白川口駅まで開通する。この白川口駅は、飛騨川右岸、つまり西白川村から見て対岸側につくられた。これによりようやく、後に白川町となる西白川村、および東の山中の坂ノ東村、蘇原村、黒川村、佐見村といった村々の玄関口は、西側、飛騨川側に移ったのである。すると当然村々のある飛騨川左岸(川の東側)と白川口の駅を結ぶ橋が必要となる。そのためにつくられたのが、この白川橋である。主塔は鋼のトラスを用いた門形で、現存する吊橋としては非常に珍しいタイプであり、デザインも全体として、当時の欧米風の洗練された、美しく安定感のある形を維持しているなど、技術的にもデザイン的にも貴重な橋といえる。

国鉄白川口駅の開業と、この橋の架設により、利便性は飛躍的に向上した。白川口駅からは、この白川橋を渡って村内各地へ行く乗合バスも運行された。その後、飛騨川沿いに国道41号線が整備され、1960(昭和35)年には白川橋のすぐ下流に飛泉橋が架設されたことに伴い、この白川橋は、幹線道路としての地位を飛泉橋に譲ることとなり、歩行者・二輪車の専用橋となった。このことは、白川橋にとっては、むしろ良かったことといえるかもしれない。1978(昭和53)年には、床版を、それまでの木製から鋼・コンクリートの合成構造に変更し、死荷重が増加しているにもかかわらず、自動車荷重がなくなったことにより全体として荷重が小さくなったのである。しかも歩行者・二輪車専用となったことで、自動車を気にせず、この橋の上をのんびりと、周囲の風景を楽しみながら渡ることも可能となった。

白川橋は、現在も、駅からまちの中心部へ徒歩で向かう際のメインルートとして機能しており、列車通学の高校生や一般の市民が頻繁に利用している。白川橋は、豊かに自然に囲まれ、今日もその優美な姿を見せている。

諸元・形式:
形式 トレッスル型塔を有する3径間2ヒンジ鋼補剛トラス吊橋
規模 橋長115.0m/幅員3.4m/径間長20.3m+74.4m+20.3m
竣工 1926年

(出典:白川橋 難所を越えて白川へ,清水 茂,土木学会誌93-5,2008,pp.56-57)

所在

岐阜県加茂郡白川町河岐(かわまた)

保存状況など

 

見どころ

 

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