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ホーム › 2002年 › 神龍橋(元・紅葉橋)

神龍橋(元・紅葉橋)の解説シート

概要

名称
神龍橋(元・紅葉橋)
所在地
広島県/
神石町・東城町
竣工年
昭和 5年
選奨年
2002年 平成14年度
選奨理由
戦前に架設された道路用の単純トラス橋としては、最長スパンを誇り、今も帝釈峡において活用されているもの

沿革や緒元・形式

福山市の北方約60kmの深山に「帝釈峡」と呼ばれる国定公園がある。1924(大正13)年のダム建設によって現われた人工湖「神龍湖」とともに,南北約20kmにわたるカルスト地形の大渓谷によって中国地方有数の景勝地が形成されている。地元の帝釈峡観光協会が「日本五大名峡の一」と銘打つだけあり,断崖絶壁とともに新緑,万緑,そして紅葉それぞれが鮮やかに神龍湖湖水面に映し出される景色は観光情報誌にもひろく取り上げられている。神龍湖を一周する観光遊覧船から眺めた自然景観はまさに麗観と呼ぶに相応しい。

1930(昭和5)年,ここを通過する県道に「紅葉橋」という名の鋼製トラス橋が架けられた。スパン長82.9mは道路用単純トラスとしては戦前の最長を誇るものであったが,2.0m(支間中央部3.6m)の幅は戦後の交通量をさばききれず,1985(昭和60)年には新たに鋼製アーチの新紅葉橋が並置される形で建設された。“旧”紅葉橋は本線としての地位を失うこととなったが,その後しばらく人道橋として使われ続けていた。

この歴史的橋梁の転機は同年1985(昭和60)年に訪れる。県道の改良整備とともにこの地に探勝歩道が整備され,旧紅葉橋を移設して探勝歩道の一部として転用する試みがなされた。当時,土木遺産保存活用の観点からか,あるいは単に不要となったハードの有効利用という観点のみでこの事業が決定したのかなどについては定かでないが,そのユニークな移設方法(ユニフロート)も含め,土木遺産の転用事業としては先駆的事例として位置づけられる。

いわゆる「鉄の筏」であるユニフロートは,中空の鋼製缶体をブロック状に組み合わせることで自由な大きさの台船を形成することができる。クローラークレーンなど架設機材の運搬や,橋の補修点検などの水上土木工事用台船として,あるいは湖水面の汚濁防止膜などとして幅広く用いられている工法である。旧紅葉橋の移設も同一湖水面上の移動のみであったことから,この工法で製作した台船によって約400mの距離を水上移動し,1億3100万円の事業費をかけて探勝歩道の人道橋「神龍橋」として再利用されることとなった。

神龍橋は現在の探勝歩道において,屈指のアイキャッチャーとして位置づけられている。湖東岸の県道側からは背後の山々と湖水面を背景として当地の代表景を形成するほか,スパン中央部の拡幅部(W=3.6m)は湖水面上から周囲の景色を眺める格好のビューポイントとしても機能している。親柱付近には橋梁の歴史や移設の経緯に関して簡単な説明板なども施され,その歴史的価値を訪問者に十分堪能させうるものとなっている。

また,神龍橋の南側の深勝歩道上にもう一つ,これもたいへん特徴的な歴史的鋼製アーチ橋「櫻橋」が架かっている。中国電力の人道として1936(昭和11)年に竣工されたものだが,その位置的関係からも神龍橋とセットでアピールされてよいであろう。櫻橋を含むこの探勝歩道整備の経緯そのものを当地の電力事業の歴史と絡めて紹介できれば,訪問者の地元土木史に対する理解もさらに深まるものと期待される。

また,神龍橋が移設橋梁であることは説明板に文面で紹介されてはいるが,移設転用の工事写真なども展示できれば,歴史のみならず現代土木技術の意義に対する理解もより深まるかもしれない。神龍橋は,歴史的な土木技術の所産を最先端の現代土木技術によって維持活用した「歴史的コラボレーション」の好事例の一つとして位置づけることができよう。

(出典:神龍橋(土木紀行),岡田 昌彰,土木学会誌88-11,2003-11,pp.60-61)

所在

広島県福山市神石町・東城町

保存状況など

 

見どころ

 

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