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ホーム › 2002年 › 中島武設計のRCローゼ桁群 大手橋,姫川橋,親沢橋,昭和橋,栄橋

中島武設計のRCローゼ桁群 大手橋,姫川橋,親沢橋,昭和橋,栄橋の解説シート

概要

名称
中島武設計のRCローゼ桁群
名称 所在地 竣工年
大手橋
姫川橋
親沢橋
昭和橋
栄橋
 
長野県/
木曽福島町
小谷村
小谷村
坂城町
佐久町
 
昭和11年
昭和12年
昭和12年
昭和12年
昭和13年
選奨年
2002年 平成14年度
選奨理由
長野県技師 中島武の創意によって生まれた世界最初の鉄筋コンクリート・ローゼ桁の一群

沿革や緒元・形式

橋の形式は,アーチなどの主構造と路面との位置関係によって分類することがある。このとき,路面が主構造部材より上にあるものを上路橋,下にあるものを下路橋と呼ぶ。
下路のアーチ橋では,アーチと桁のバランスからさらに3つに区分できる。アーチが太いものがタイドアーチ,桁が太いのがランガー桁,同程度のものはローゼ桁,と呼ばれる。英語ではどれもタイドアーチとひとくくりにされ,残る2つのランガーとローゼというのはドイツ語である。両者は,桁で支えきれない荷重をアーチが補助するというイメージなので,ランガー桁,ローゼ桁と呼ばれる。

ここで解説するのは,「中島武設計のコンクリートローゼ桁群」計5橋である。下部アーチはスチール(鋼)が一般的で,コンクリートのローゼ桁というのは珍しいが,長野県には多く見られる。それはこのタイプの橋の設計を,中島武というエンジニアが長野県在職中に実用化したことによる。土木構造物の設計者の名前はなかなか表に出ず,中島武の名前も小西純一信州大学教授(当時)らの調査によって現代によみがえった。設計者への注目がなければ,これらの橋は姿を消していたかもしれない。認定されたのは,木曽町の大手橋(1936年),小谷村の親沢橋と姫川橋(ともに1937年),坂城町の昭和橋(1937年),佐久町の栄橋(1938年)である。

設計者の中島武(1906-1980)は札幌出身,北海道帝国大学土木工学科を卒業後,茨城県,岐阜県の道路技手を経て1933(昭和8)年長野県に赴任する。新潟へと転出するまでのわずか3年半あまりの間に,世界初といわれるコンクリートローゼ桁を7橋設計架設した。先述の5橋と1972(昭和47)年に撤去された境橋(1939年・東郷市)それに,腰越橋(1939年・上田市)である。

中島は岐阜県技手の時代からランガー桁,ローゼ桁,フィーレンデール桁の構造解析の論文を発表していた。長野県に赴任すると,すでに鋼橋で計画されていた橋梁の設計見直しの仕事につく。戦時体制による鋼材不足のためだ。そこでこれをコンクリートローゼ桁に置き換えることを考える。同じ形式でも,素材が違えば新たな工夫が必要である。ローゼ桁の要となるアーチと桁の接合部分は,鋼では関節のようなヒンジとなるが,コンクリートではそうはいかない。そのため,この接点を剛結とした変形ローゼ桁の簡単な計算方法を開発し,施工上の注意なども含めて実用化を進めた。そして1936(昭和11)年最初のコンクリートローゼ桁の大手橋が竣工する。その折の感想を中島は,「支保工(工事中の仮の支え)を撤去する時はさすがに怖く,35mというスパンが非常に長く感じた」,と述べている。そして矢継ぎ早に同形式の橋を誕生させていった。このようにしてひとつの標準タイプとしてのコンクリートローゼ桁の設計施工方法が中島によって完成され,彼の転出後も長野県内には1950年代,60年代に約30のコンクリートローゼ桁橋が架設された。岡山県と山口県にそれぞれ3例があるが,突出して長野県内に多い。これはやはり,一人の若き土木技術者の影響であろう。

大手橋と親沢橋はアーチ1つで跨ぐ単径間,栄橋はローゼ桁の両翼にコンクリート桁が伸び,姫川橋は3連,昭和橋では9連のアーチが連なる。小谷村の姫川橋と親沢橋はアーチ同士をつなぐ横部材のないポニー形式である。立地をみれば大手橋は町役場,栄橋は駅へとつながる町をかため,親沢橋は険しい沢を鉄道と隣接して跨ぎ,姫川橋はダムによる豊かな水面に倒景を映し,昭和橋は雄大な千曲川をリズミカルに渡っている。このように5橋の表情はさまざまである。補修や痛みの程度も一様ではない。しかし,どれにもコンクリートの滑らかな曲線の魅力がある。アーチの描く放物線,上下弦材に施された凹みの陰影,横構がある場合はその下端のカーブ,複数径間が続く場合はそのつなぎに生じる下に凸な放物線,高欄を兼ねた下弦材の端部の終わり具合などである。またいずれも幅員が6m以下とヒューマンスケールで,現在では幹線交通を担うことなくゆっくり,ひっそり生きている。

中島の書いた論文には,いかに効率よく,経済的に,合理的に,確実に橋をかけていくか,という実務者としての強い使命感があふれている。その結果,ひとつの標準設計としてのコンクリートローゼ桁が案出されたのである。しかしそれは一律,機械的に適用されることはなく,各々異なる場所性や規模に応じた丁寧なアレンジが施されている。その結果個々の橋は個性的な表情を持ち,周囲の風景に馴染んでいる。目に鮮やかな意匠などはいっさいなく,無愛想なコンクリート橋と片づけられてしまいそうなこれらの橋は,一人の若き技術者の真摯な仕事ぶりを伝える大切な遺産である。

諸元・形式:
構造形式 コンクリートローゼ桁橋
竣工 1936~1939年
 

(出典:中島武設計のコンクリートローゼ桁群 長野に残された若き土木技術者の仕事(土木紀行),佐々木 葉,土木学会誌88-3,2003-3,pp.60-61)

(出典:著者名:土木学会/編集 書籍名:日本の土木遺産 近代化を支えた技術を見に行く 頁:206 年:2012 分類記号:D01.02*土 開架  登録番号:58453)

所在

 長野県木曽町/小谷村/坂城町/佐久穂町

保存状況など

 

見どころ

 

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