今世紀の半ばに発祥したコンピュータとその利用技術が建設分野に与えた影響について,歴史的に回顧している.そして,企業内の通信ネットワーク環境が整い,クライアント/サーバといわれる形態が企業のコンピュータ利用の主流となり,土木技術者にとっても,コンピュータ利用から逃れられない時代が到来していることを指摘している.
工場で生産される製品と比べて,土木構造物の特徴を列記している.これを踏まえて,土木分野で扱われる情報の特徴を分析し,土木分野の情報利用は,以下の2形態に大別できることを論述している.
文部省が策定した新学習指導要領を分析し,これまでコンピュータ教育ではあまり重要視されずにいた情報の意味と役割を教える情報教育の大切さを確認し,土木技術者が,情報活用のために情報そのものの理解を深める必要があることを指摘している.そして,土木分野の一員として土木技術者に求められる主な情報活用の役割を列挙している.
過ぎ行こうとしている20世紀は,コンピュータ技術が世界を席巻した時代である.コンピュータを活用する情報処理技術は,今世紀の半ばに発祥し,人の一生に満たない間に大きく躍進した.とりわけ,ダウンサイジングと呼ばれる最近のコンピュータの小型化,高性能化,低価格化の勢いはすさましい.また,ワープロや表計算に代表される市販アプリケーションの機能や使い勝手が格段に向上し,企業・組織から個人へとコンピュータ利用の裾野が広がっている.
日本のコンピュータ利用の草分けは1950年代とされているが,大手の建設企業が設計計算や自動製図をバッチ処理するために大型コンピュータを利用しはじめたのは1970年代である.その後,ホストと呼ばれた大型汎用コンピュータと,遠隔地に配置した端末機が通信回線を介して接続されると,対話形式のオンライン処理が行えるようになり,財務,経理や人事などの基幹業務がコンピュータ処理に置き換えられた.やがて1980年代に入ると,オフコンやパソコンと呼ばれる小型コンピュータが普及するようになり,オフィスの一般業務のコンピュータ化が進み業務の精度が向上し,均一化された.俗にいうOA化である.建設現場では情報化施工と称して計測や建設機械の制御などが小型コンピュータで自動化,半自動化された.さらに,資機材や工程,原価管理などの現場マネジメントにも小型コンピュータが多用されるようになった.この頃,ようやくコンピュータが土木技術者の身近なツールになったが,まだ定められた要員がコンピュータ処理を担当することが多かった.
土木技術者がコンピュータ利用の基礎技術を素養として求められるようになったのは1990年代に推移する頃からである.企業内の通信ネットワーク環境が整い,クライアント/サーバといわれる分散処理の環境が企業のコンピュータ利用形態の主流になると,データベースを活用した建設情報の社会的,組織的な整備に一段と拍車がかかった.また,電子メールに代表されるコミュニケーションツールとしてのコンピュータ利用も一般化し,土木技術者は情報を利用するばかりでなく,自ら情報を発信する役割も科せられるようになった.かってはホスト(主人)と崇められた大型汎用コンピュータはサーバ(召使い)としてかしずき,クライアント(依頼人)の要請を待ち受けている.そして,サーバに接続されている小型コンピュータを操作すると,半世紀をかけて整備された建設分野の技術情報を取り出したり,業務に必要なデータを整理し受け渡したり,時間に制約されずに相手と意思疎通したりできる.土木技術者の目の前には,そんな小型コンピュータが配置されている.さらには,マルチメディアやインターネット,イントラネットに体表される新しい利用技術も台頭し,国境を越えて情報を活用するネオダマ(ネットワーク,オープン化,ダウンサイジング,マルチメディア)時代に突入した.ハイテク犯罪,情報弱者,プライバシー漏洩などと弊害は指摘されているが,コンピュータ利用から逃れられない時代が到来している.
交通の動脈である道路や鉄道,エネルギーを供給する発電所や備蓄設備,災害から国土をまもる海岸や河川の護岸と堤防,住居の土台となる土地造成や生活のための給排水路など,土木構造物には社会のインフラストラクチュアとなる公共的,公益的な施設が多い.そこで,工場で生産される製品と比べると,土木構造物には以下に挙げる特徴がある.
こうした土木構造物の特徴により,土木分野で扱われる情報には,他産業には見られないいくつかの特色がある.まず,第一に個々の土木構造物あるいは建設プロジェクトを軸に情報が扱われる.一般の製造業は製品の種別で情報の区分けされることが多い.したがって,土木構造物ごとに図面や図書などの多形態,多項目の情報が発生し,サイクリックな利用がされにくい.ただし,自然環境や規模,形態の類似した土木建造物の技術的な情報は,新規の土木構造物を建造する技術的な検討場面で参照できる.
次に,一般の製造業では生産から納品,販売までの一連の情報管理が個別の企業,組織内で完結するが,土木分野の情報は建設プロセスを通じて複数の企業,組織に引き継がれる.つまり,建設プロセスの上流から受け渡された土木構造物の情報を更新し,下流に伝達するという情報処理が行われる.また,土木構造物が供用されている間は,維持管理や増築,改築することを考えて,関連する情報を更新し保管する必要がある.
つまり,土木分野で情報を利用する形態は2つに大別される.特定の技術者が限られた期間に関与する個別の土木構造物を建造するための情報利用と,不特定多数の技術者が長期に渡って再利用する可能性のある類似する土木構造物の情報照会である.前者の利用形態では,土木構造物に関する大量,多様な情報を迅速かつ効率的に伝達する必要があり,電子的な媒体やデータ通信を用いるために,データ形式や通信手順を標準化,統一化する課題がある.後者の利用形態では,大量の情報から再利用する価値と可能性がある情報項目を選別,抜粋し,引き出しやすい分類で再構成し蓄積しておくことが肝心となる.
企業内や企業間で情報システムの整備が進行し,さらには社会的に情報資産が集積される現状から,コンビニエンスストアのように気軽で便利に情報活用できる環境が提供されるという安易な期待が見受けられる.しかし,その恩恵に浴するために,現代人は情報に振り回されず,情報を有効に活用できる情報リテラシー(基礎的能力,情報の読み書き算盤)を身に付ける必要がある.
文部省は新学習指導要領を策定し,1993年度から中学校の技術家庭科の選択領域に「情報基礎」のカリキュラムが設定された.情報基礎のねらいは情報活用能力の育成にあり,以下の項目を4本柱としている.
これは,コンピュータ利用を前提にしていたこれまでコンピュータ教育ではあまり重要視されずにいた情報の意味と役割を教える情報教育である.ここには,これからのネットワーク社会に求められる異文化との創造的なコミュニケーション技術を醸成するために,知識詰め込み型の教育を見直し,創造型の教育へ転換させるという認識がある.
企業,組織にすでに属している土木技術者にも,社会人の一員として,情報活用のために情報そのものの理解を深める必要がある.土木技術者が自らアプリケーションを作成する場面は過ぎ去ったし,これからも再来しない.しかし,市販のソフトウェアツールや既存の情報システムを利用し情報を受発信するコミュニケーションの場面は益々増加する.土木分野の一員として土木技術者に求められる主な情報活用の役割を挙げる.
上記の項目には,土木分野の一員として仕事するための情報活用と,社会人として情報化社会で生活していくための義務と権利とが混在している.ここに企業,組織の活動が現代社会との協調を基盤としなくては成立しないことが確認できる.