平成26年9月26日
「東日本大震災後における津波対策に関する現状認識と今後の課題」の提言について
土木学会では、東日本大震災に対して、復旧・復興に対する支援を中心に、さまざまな社会貢献を果たしてきた。このなかで津波対策に関しては、今でも意見調整が続けられている海岸地域の復旧・復興の現状を踏まえること、そして海岸堤防とそれによって守られる地域の復興・地域づくりの関係を十分に考慮することが重要であると考える。
土木学会としては上記に鑑みて、本件に対する現時点での見解を取りまとめ、これを広く社会に提言として公表することにより、今後の学会活動のさらなる進展の指針とするものである。
公益社団法人 土木学会
会 長 磯部 雅彦
東日本大震災後における津波対策に関する現状認識と今後の課題
公益社団法人 土木学会
津波に対する安全性の向上を通じて、地域の活力を高めるためには、津波対策は、「海岸堤防」、「土地利用規制」、「避難」に係るそれぞれの役割と限界とを正しく認識・共有したうえで、ハード・ソフト両面を一体的に進める「多重防御」を推進していく必要がある。そのためには、さまざまな組み合わせの「多重防御」方策を社会的公平性や経済的効率性、リスク管理等の観点から総合的に検討する手法や、合意形成の進め方に関して、防災・減災対策の特徴を踏まえた具体的な管理手法を開発する必要がある。これらの学術研究・技術開発や諸制度の導入(災害事前アセスメントによる土地利用誘導など)に関しては、土木学会が中心となって学際的・分野横断的に検討する必要がある。
東日本大震災の津波被災地では、「二段階の津波レベル設定」の基本方針のもとで、津波で破壊された堤防の復旧が進んでいる。現時点でも意見の調整が続けられている数か所の海岸では、きめ細かな情報提供と技術的工夫のもとで、さらにていねいな合意形成を図ることが喫緊の課題である。
1.はじめに
東日本大震災後における津波対策については、土木学会に所属する技術者が多くの調査、研究、提言などを行い、その成果が各地の復興に貢献している。しかしながら、復興はまだ道半ばであり、引き続き努力が必要である。さらには、現在想定されている南海トラフ地震や日本海地震など全国における津波対策についても、防御レベルの設定や海岸堤防の整備などについて、具体的に取り組まなければならない。本提言書は、土木学会の本件に対する基本的認識を示し、今後の学会活動のさらなる進展の指針とするものである。
2.東日本大震災津波被災地における海岸堤防の復旧
(2-1) 東日本大震災後に、土木学会では、「津波特定テーマ委員会」と「地域基盤再構築特定テーマ委員会」が中心となって、海岸堤防の復旧や地域の復興まちづくりに関する調査や支援活動を幅広く継続してきた。
(2-2) このなかで議論された「二段階の津波レベル設定」については、津波等から一日も早く沿岸地域の安全を確保し、復旧・復興のみならず全国における今後の津波対策を進めるための合理性が評価され、海岸管理者による海岸堤防の高さの設定に導入された。沿岸域は津波だけではなく高潮・高波の影響も受けるため、堤防整備により地域の安全性を速やかに確保することが必要であり、整備が計画されている海岸線の約8割の地区海岸で、津波で破壊された堤防の復旧が着実に進んでいる。また、堤防の設計条件を上回る規模の津波に対しても一定の機能を発揮する、いわゆる「粘り強い構造」の堤防も導入されている。
(2-3) これらの過程においては、海岸管理者・地域住民・専門技術者により地域の復興計画が議論され、土地利用計画と組み合わせることに地域が合意して、堤防高さを低く設定した事例も一部にある。
(2-4) 一方で、海岸によっては、海岸管理者が地域の復興計画を踏まえて示した計画案に対して、住民などから位置や高さの修正を求める意見が出され、現在でも数か所の海岸では、意見の調整が続けられている。沿岸域は、利用・景観・環境の観点でもかけがえのない空間であり、災害復旧事業においても、地域の利便性、大きく侵食された砂浜、被害を受けた生態系などの回復に配慮することが求められる。そのため、海岸管理者は、きめ細かな情報提供と技術的工夫を重ねて、一日も早い安全確保を前提とした上で、さらにていねいな合意形成を図るとともに、堤防が周辺環境に及ぼす影響を、施工中を含めて注意深く監視する必要がある。
3.津波対策の進め方と今後取り組むべき課題
(3-1) 津波対策は、津波に対する安全性や安心感を向上させることを通じて、地域の社会経済活動を支えるために行われるものである。
(3-2) 津波対策のうち、「海岸堤防」には、台風等による高潮・高波や数十年から百数十年に一度程度の頻度で来襲する規模(レベル1津波)までの津波から人命・財産・国土を守る役割がある。一方で、堤防の設計条件を超える規模の津波に対しては、一定の減災効果は発揮するものの防護機能には限界がある。そのことを、住民も含め関係者が十分に理解し、海岸堤防を過信しないことが肝要である。さらに、海岸堤防は、規模が大きくなると建設コストが増加するだけでなく、地域の利便性・景観・環境への影響も大きくなり、地域の魅力を損なうおそれがある。また、「土地利用規制」では、過去に津波の被害を受けた地域において、将来の安全のために浸水区域には居住地を設けないまちづくりが進められていたにもかかわらず、人口増や生活形態の変化などにより時間の経過とともにその意識が薄れ、危険な区域にまで居住地が拡大した地域もある。さらに、「避難」では、東日本大震災を経験した地域においても、津波注意報・警報が出された地域の避難率が必ずしも向上していないなど、防災意識の向上だけに頼った施策には限界がある。このように、沿岸地域における津波対策を円滑に進めるには、「海岸堤防」、「土地利用規制」および「避難」のそれぞれの役割と限界を正しく共有した上で、「二段階の津波レベル設定」を基本としたハード・ソフト両面を一体的に進める「多重防御」を推進していくことが肝要である。なお、過去の津波データが少ない日本海側でも、津波の想定波源の調査・検討を入念に行うことが必要である。また、津波については、確率的な分析が十分できるほどデータがないため、レベル設定の精度を向上させる研究が肝要である。
(3-3) 海岸管理者、地域住民ならびに専門技術者は、以上の事項を共通認識として持ち、さまざまに考えられる「多重防御」の組み合わせを地域の実情に合わせて選択して、実効性の高い津波対策を推進していく必要がある。そのためには、さまざまな「多重防御」の諸方策を、社会的公平性や経済的効率性、リスク管理の観点などから総合的に評価したうえで、円滑に実施することが求められる。合意形成の進め方についても、防災・減災対策の特徴を踏まえた、具体的な住民参加手法を検討する必要がある。
(3-4) 以上の事項に関連した学術研究・技術開発(設計条件を上回る規模の津波に対しても一定の機能を発揮する「粘り強い構造」を有する堤防の開発、その減災性能(危機耐性)を適切に評価し、分かりやすく伝える技術の開発など)や諸制度の導入(災害事前アセスメントによる土地利用誘導、津波対策を包含する統合的沿岸域管理制度など)については、土木学会が中心となって学際的・分野横断的に検討しなければならない。
以上