■土木学会創立100周年宣言 土木学会 会長 磯部雅彦
: 土木学会創立100周年記念式典 平成26年11月21日(金)東京国際フォーラム
[土木と土木学会の100年史]
(明治時代の土木と土木学会の成立)
遠く先史時代に遡る我が国の土木は、明治初期に御雇外国人の指導と欧米への留学から帰った人々の先導により近代土木技術の幕を開けました。初期の土木事業の中心は、治水、砂防、港湾、鉄道です。鉄道が初めて新橋-横浜駅間で正式開業したのは1872年のことです。鉄道の敷設は橋梁やトンネル技術の進歩をもたらしました。明治中期には、灌漑、上水道、工業用水道、舟運、水力発電という多目的の水系総合開発となる琵琶湖疏水も完成しました。近代港湾の先駆けとなる小樽築港では、1908年に完成したコンクリート製防波堤が現在でも機能を果たしています。
こうした土木技術と土木事業の発展を支える学会組織として、今からちょうど100年前の1914年(大正3年)に、土木学会が設立されたのです。専門分野の細分化の弊害を避け、総合化を重視した土木学会は、他の学会よりも後発になりました。しかし、私たちは、むしろこのことを誇りに思っています。
初代会長の古市公威は、土木学会設立後の第一回総会で「專門ノ研究ニ全カヲ傾注スヘキコト勿論ナル」とした上で、「指揮者ヲ指揮スル人即所謂將ニ將タル人ヲ要スル場合ハ土木ニ於テ最多シトス」と述べ、土木工学では他の分野を知り、必要な要素をとりまとめる総合的な目が必要であることを強調しています。したがって「土木ヲ中心トシテ八方ニ發展スルヲ要ス」とも述べています。これは100年経過した現在でも変わることがありません。
(大正期から戦前の土木と土木学会)
大正時代を画するできごとが1923年の関東大震災です。大きな犠牲の上で、この復興事業の中から、都市計画や交通関連技術が飛躍的に向上しました。大正末期から昭和初期に隅田川に架設された様々な形式の橋梁、1925年に着手され、日本初となる浅草-上野間の地下鉄を始め、道路舗装などの技術がこの時期に発展しました。
関東大震災後、土木学会は震災調査会を設けて各種土木構造物および施設に関する災害調査と関連資料の収集に当たり、震災翌年および翌々年には災害調査報告を公表しました。これにより、学会の信用と権威を広く知らしめました。
創設時に443名の会員であった土木学会は、昭和初期には会員が3,000人に達し、支部の設立、示方書作成、国際化、明治以前日本土木史編纂などの活動が行われました。また、1938年には、「土木技術者の信条」と「土木技術者の実践要綱」という倫理綱領をとりまとめ、工学系諸学会の先駆けとなりました。この時期に学会の骨格が形成されたのです。
(戦後の土木と土木学会)
戦後になって、1946年の南海地震や1948年(昭和23年)の福井地震、1947年のカスリーン台風や1953年の13号台風など、戦後の短期間に集中的に自然災害を被りながら、土木は防災に大きな貢献を果たしました。
1956年に竣工した佐久間ダムは、施工の機械化による工事の迅速化の先駆けです。また、地震、破砕帯、断層といった我が国の厳しい自然条件を克服するための技術が飛躍的に向上しました。そして、1963年に完成した黒部第四ダムは、規模と困難さから世紀の大事業として語り継がれています。
1956年の経済白書では「もはや戦後ではない」と表明され、日本は高度成長期を迎えます。土木はそれを支えてきました。特に、1964年の東京オリンピックを目標として、東海道新幹線、首都高速道路、地下鉄などが建設され、その後も山陽新幹線、東名高速道路の全線開通へとつながっています。これらは、今日の我が国の産業と国民の生活を支えるものとなっています。
1973年のオイルショックは我が国の経済に深刻な影響を与え、多くの事業が先送りになりました。こうした中でも、1974年には、山陽新幹線新関門トンネル、および中央自動車道恵那山トンネルが貫通しました。また、1979年には我が国初の100万kWを超える大飯原子力発電所が完成し、1981年には高瀬ダムと、出力128万kWの揚水発電所である新高瀬川水力発電所が完成しました。1982年には東北新幹線、上越新幹線が開通し、1988年には青函トンネルと瀬戸大橋の竣工により、鉄道による四島の連絡ができるようになったのです。
土木学会では、様々な事業の進展と、社会における環境問題の顕在化などを背景として、多くの調査研究委員会が設置され、活発な活動が行われました。
平成になってから、1994年には関西国際空港、2005年には中部国際空港が開港しました。
また、1999年の瀬戸内しまなみ海道の開通により、本州と四国を結ぶ3ルートが完成しました。
これらの社会基盤施設は、今日の我が国の産業と国民の生活を支えています。特に、高度な土木技術による高水準の社会基盤施設が全国に広がり、より多くの国民が恩恵を受けることができるようになったと言えます。しかし、これらを将来にわたって持続的に維持することは、今後の大きな課題です。
[これからの土木]
(未来社会の課題)
土木学会は、2011年に公益社団法人となりました。この意味を深く認識し、将来に向けた社会への貢献のあり方を考え、実行に移していかなければなりません。
日本では、高齢化や人口減少の問題が、適切な経済成長を続けるのに乗り越えなければならない大きな課題となっています。また、2011年の東日本大震災を契機として、社会の安全性の確保が喫緊の課題となりました。環境問題についても、大気汚染、水質汚濁、廃棄物処分という地域的な問題から、温暖化というような地球規模の問題も現実的なものとなりました。
大きな課題を乗り越えなければならない今、土木業界においても高齢化の問題が進行するとともに、若者にとって必ずしも将来の期待と魅力が感じられる分野には写っておらず、将来の人材を確保しづらくなっています。将来の社会へ向けた土木の貢献の方向性を示し、それを実現するための体制を整え、若者にとって魅力的な分野にすることが、今土木に求められていることであり、土木学会もそのための活動を強力に進めなければなりません。
土木の役割を現時点でもう一度捉え直し、長期的な将来の方向性を示すことにより、土木の重要性と魅力が広く社会に認知されるようにすべきです。
その時、持続可能な社会の構築が、北極星のように遠く、しかし常に不動の方向を示す、目指すべき究極の目標となっているのです。現在の人類の重大な岐路において、土木は重い責務を負っており、無数にある課題の一つ一つに具体的に取り組み、持続可能な社会の礎を築くために全力を挙げて進んで行く必要があります。
(持続可能な社会の姿)
持続可能な社会を実現するためには、まず、物質やエネルギーの持続可能システムを構築しなければなりません。現在の全世界で使用される一次エネルギーは、太陽から地球が受ける全エネルギーに比べれば一万分の一というレベルであり、それを何らかの手段で再生可能、あるいは長期的に利用可能なものにする必要があります。さらに利用可能なエネルギーを増やすことができれば、鉱物資源などの物質をリサイクルすることが可能になり、物質・エネルギーの面で持続可能となります。社会システムをこれに近づけることが究極の目標と言うことになります。
このような理想の姿の追求は、あくまでも現状を出発点として行われなければならず、今後は理想に向けての移行期間ということになります。少子高齢化に伴う就業人口率の低下は社会の活力と可能性を制限することになりますから、高齢者や女性に生きがいを感じながら、社会参加・社会貢献する機会をより拡大しなければなりません。その基盤となる交通、都市構造などを整備することが必要です。その上で、水循環の中で水を賢く利用すること、食糧生産を行うこと、工業製品やサービスを提供すること、交通システムを整備すること、省エネルギーを徹底させながらエネルギーを持続的に利用できるようにすることなど、土木の役割は重要であり多岐にわたります。私たちは、これからの土木の重要性と魅力をアピールし、人材を確保し、これまでの経験と実績を活かしながら、着実な貢献を果たしていかなければなりません。
(個別分野での土木の取り組み方策)
社会安全に関しては、自然災害のみならず事故や巨大システムの制御不能、犯罪・テロ、疫病から社会を守り、人々が安心して生活できるようにするという、従来の防災よりは広く社会安全という概念でのとらえ方が重要です。
環境面では、地球温暖化、環境汚染、資源循環・廃棄物処理、生物多様性など、多岐にわたる問題に取り組まなければなりません。
交通面では、安全・安心で、誰もが利用できるように、交通手段を総合し持続可能な交通体系を構築しなければなりません。
持続的なエネルギー利用は人類の存続に関わる問題です。
現在は、再生可能エネルギーや核融合エネルギーなどによりエネルギー利用を完全に持続可能にするまでの移行期間と捉え、その移行をエネルギーが危機的状況に陥る前にできるだけ早く達成しなければなりません。
また、健全な水循環の中で水量と水質、治水・利水・環境、水の供給と処理を一体的に捉え、将来の気候変動による洪水・渇水リスクにも耐えられるように準備しなければなりません。
食糧資源を確保し、自給できる都市・地域の実現に向かうことも重要です。
景観を保全するためには、標準的な設計にとらわれることなく、優れた設計事例を蓄積するとともに、インフラ周辺を含めたトータルデザインを推進し、ボトムアップによる地域景観の形成・創出の取り組みを進めなければなりません。
また、情報分野と協働しながら、社会基盤システムを効率的、効果的に利用する取り組みに、土木技術者も主体的に関わっていくことが重要です。
(総合的な土木の取り組み方針)
総合的に国土の利用・保全を進めるには、人口減少下での持続的発展という視点が不可欠であり、その中で安全・安心が確保され、国土・社会基盤が維持され、国土の地理的特徴が反映され、経済が持続しなければなりません。そのため、上記の要素を勘案しながら、国土のグランドデザインを自然・社会状況に応じて策定し、広く国民が共有することが必要です。
(土木技術者のあり方)
そして、変化する国内外の状況に応じた貢献のできる技術者を育成するためには、既往の技術とともに、新たな取組みを追求し、合理的な社会基盤の構築と維持管理を実現しうる経験、知識、コミュニケーション能力とリーダーシップを併せ持つ人材を育成する必要があります。このために、土木分野の初等・中等教育からの参加、高等教育における情報工学や経済学など他分野との融合による問題発見・課題解決能力の育成などが求められます。同時に、シニア技術者、女性、外国人など多様な人材の活躍の場を設定し、また、土木の魅力と重要性を広く国民に発信し定着させて、若年世代を土木に惹きつける努力も必要です。
(土木学会のあり方)
土木学会は、定款により、「土木工学の進歩及び土木事業の発達並びに土木技術者の資質の向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与することを目的とする」と定められています。この目的を追求するために、土木工学を学ぶ学生や土木技術者を始めとして土木に関係する人々が集う場であります。これからも強力にこれを推進する決意を新たにしたいと思います。特に、個別的学術技術の総合化による土木工学の進歩、技術評価や表彰制度による知識・技術の事業への応用、知識・技術に関する資料の蓄積と公開と、これらを通じた学術・技術の進歩への貢献をしていきます。
また、気候変動、インフラ老朽化、国土強靱化などの問題に対する解決方策の提言、社会と土木の未来像の提言、災害緊急調査の実施などの社会問題への取り組み、インフラの海外移転、国内外の土木のシームレス化、技術基準の国際調和への努力などの国際貢献、市民やメディアとのコミュニケーションによる土木への理解の増進と社会の技術リテラシーの向上と、これらを通じた社会・人類の発展への貢献をしていきます。さらに、土木技術者の継続教育の推進、技術者資格制度による技術者の能力保証、技術者交流の促進、多様な人材の活用と、これらを通じた技術者の育成と質の向上に貢献していきます。
そのため、特に、分野横断的な調査研究活動を促進し、支部活動などを通じた地域問題の解決に貢献するとともに、建設産業の海外展開を支援し、世界的な土木学協会連合の形成に向けた歩みを進めていきます。また、社会の仕組みづくり、社会の制度設計にも継続的に取り組みます。
以上のごとく、土木学会の活動は多岐にわたり、大きな社会的責務と期待とを担っています。土木学会は会員の意思と自発的な活動に支えられ、美しく、安全で、いきいきした国土をつくり、持続可能な社会の礎を築き、人々が飢えることなく、危険にさらされることなく、環境に不快を感じることもなく、それぞれの幸せを求めて生きられるようすることを目指して、これからも最大限の努力を続けて行きたいと思います。
国運の発展と人類の福祉という土木技術者の目指す目的にはいささかの変化もありませんが、人類の歴史的転換点にある今、持続可能性という概念は、これまでに比べて一段と高い目標設定となっているとともに、若い土木技術者が一生をかけるにふさわしい活躍の場を提供しているのです。
以上に基づき、土木学会創立100周年を機に、以下を宣言します。
(土木学会創立100周年宣言 本文)
(過去100年に対する理解)
1.我が国の近代土木技術は、明治初期に御雇外国人の指導と欧米留学帰国者の先導で幕を開け、治水、砂防、港湾、鉄道を中心に発展し、それらの社会基盤施設が今日の我が国の産業と国民生活を支え、特に昭和中期以降は、高度な土木技術による高水準の社会基盤施設を全国に広げ、多くの国民がその恩恵を受けてきた。土木はこの100年の歴史を誇りとする。
2.土木事業の進展による経済の発展や利便性の向上と同時に、社会では環境問題などが顕在化し、公害問題、特に大気汚染や水質汚濁が生じ、近年は気候変動など地球規模の環境問題が深刻視された。また、東日本大震災に至る度重なる災害が社会の安全確保を喫緊の問題とした。土木は、これらを解決し、経済活動と生活水準を将来に亘って維持することが、現代の社会に課せられた課題と認識する。
(今日の土木の置かれた立場)
3.現在の土木は、東日本大震災の津波被害と福島第一原子力発電所事故の惨禍による衝撃を未だ拭い去れない。それでも、社会における重責を理解し、成し遂げた役割と技術の限界とを自覚し、社会における信頼を一層高め、社会に貢献することに、例外なく取り組む覚悟を持つ。
(今後目指すべき社会と土木)
4.土木は地球の有限性を鮮明に意識し、人類の重大な岐路における重い責務を自覚し、あらゆる境界をひらき、社会と土木の関係を見直すことで、持続可能な社会の礎を構築することが目指すべき究極の目標と定め、無数にある課題の一つ一つに具体的に取り組み、持続可能な社会の実現に向けて全力を挙げて前進することを宣言する。
(持続可能な社会実現に向け土木が取り組む方向性)
5.(安全)社会基盤システムの計画的な利活用と人々の生活上の工夫で、自然災害等の被害を減らし、安全な都市・社会の構築に貢献するとともに、社会基盤システムの安全保障を継続的に強化して、社会基盤施設が原因の事故で犠牲者を出さないことにあらゆる境界をひらき取り組む。
6.(環境)自然を尊重し、生物多様性の保全と循環型社会の構築、炭素中立社会の実現を早めることに貢献するとともに、社会基盤システムに起因する環境問題を解消し、新たな環境の創造にあらゆる境界をひらき取り組む。
7.(活力)社会基盤システムの利活用によって交流・交易を促進し、我が国が世界経済の発展に継続的に役割を果たすことに貢献するとともに、土木から新しい産業を創造して社会に役立てることにあらゆる境界をひらき取り組む。
8.(生活)百年単位で近代化を回顧し、先人が培ってきた地域の風土、文化、伝統を継承し、我が国やアジア固有の価値を十分踏まえた風格ある都市や地域の再興と発展に貢献するとともに、地域の個性が発揮され各世代が生きがいを持てる社会の礎を構築することにあらゆる境界をひらき取り組む。
(目標とする社会の実現化方策)
9.土木は目標とする社会の実現のため、総合性を発揮しつつ、「社会と土木の100年ビジョン」に明記された社会安全、環境、交通、エネルギー、水供給・水処理、景観、情報、食糧、国土利用・保全、まちづくり、国際、技術者教育、制度の各分野の短期的施策、特に国や地域における政策、計画、事業等の速やかな実行を先導し、長期的施策の実現に向けた取り組みを継続する。
(土木技術者の役割)
10.土木技術者は、社会の安全と発展のため、技術の限界を人々と共有しつつ、幅広い分野連携のもとに総合的見地から公共の諸課題を解決し社会貢献を果たすとともに、持続可能な社会の礎を築くため、未来への想像力を一層高め、そのことの大切さを多くの人々に伝え広げる責任を全うする。
(土木学会の役割)
11.土木学会は、社会に多様な価値が存在することを理解しつつ社会の価値選択に関心を持ち、技術者や専門家が尊重され、様々な人々が協働して活躍する将来の持続可能な社会の実現に向けて、学術・技術の発展、多様な人材の育成、社会の制度設計に継続的に取り組む。
以上を宣言します。