丸沼ダムは,群馬県の北東部,栃木県との県境に位置する片品村にある.東京電力㈱の所有で,管理は同社の沼田工務所が行っている.
工務所がある沼田市から丸沼ダムへは,国道120号線を片品川に沿って上流に行く形である.しばらく行くと,道は尾瀬方面の国道401号線と日光方面の国道120号線に分岐する.ここで日光方面に山道を登っていくと,ダム管理用の入口がある.ここまで車で約1時間10分ほどの道のりである.
丸沼ダムは,1928(昭和3)年に工事着手,1930(昭和5)年に竣工したRC造のバットレスダムである.わが国でRC造のバットレスダムがつくられたのは,大正から昭和初期に限定される.現存が確認されるのは,丸沼ダムを含め6か所のみである.そのなかで丸沼ダムは,堤高が最も高く規模も大きいことから,高い歴史的評価を受けている.
早い時期の評価としては,平成2・3年度に群馬県が行った群馬県近代化遺産総合調査において,県内の主要な遺産の一つに数えられている.最近では,本学会の『日本の近代土木遺産』(2001(平成13)年3月)において,Aランクの評価がなされ,平成13年度には学会選奨土木遺産の一つに選ばれている.このほかに,『群馬の近代化遺産 颯爽たる上州』(群馬銀行,1995(平成7)年),『建物の見方・しらべ方近代土木遺産の保存と活用』(ぎょうせい,1999(平成11)年),ビデオ『近代土木遺産を訪ねてIV 土木造形家の仕事』(日本土木工業協会,2001(平成13)年)等でも,価値ある土木構造物として紹介されている.
丸沼ダムは,水力発電用のダムで,上毛電力㈱によって設置された.施工は鹿島組(現鹿島建設㈱),設計は岩本常次(元北海道電力会長)である.建設時の詳しい史料は残されていないが,1952(昭和27)年にまとめられた「経過説明書」や建設時の古写真等が,東京電力㈱に残されている.
丸沼ダムによって丸沼に貯えられた水は,下流側にある一之瀬発電所に送られる.丸沼周辺にはほかにも二つの発電用の沼がある.下流側の大尻沼,上流側の菅沼である.大尻沼は,ダムによる貯水池で,丸沼と同様に一之瀬発電所への送水調整池となっている.一方,菅沼と丸沼の間には丸沼発電所があり,こちらは菅沼の水を利用して発電を行っている.この丸沼発電所の放流水が,丸沼に流れ込む形である.丸沼発電所は1939(昭和14)年に,一之瀬発電所は1937(昭和12)年に送電を開始している.これらの各施設は,同時の計画である.丸沼ダム竣工から送電開始までに時間差があるのは,昭和初期の不況により発電所の工事着手が遅れたためという.
丸沼,大尻沼,菅沼は,発電施設ができる以前から存在した自然の沼であった.つまり各施設は,もとからある沼を巧みに利用する形で計画されたのである.この地に自然の沼があったのは,白根山噴火による溶岩流で川の流れが止められたことによるそうである.
丸沼ダムの管理上の主な課題は,上流側の遮水壁からの漏水と冬期の凍結によるコンクリート表面の劣化である.特に後者は,ダムが標高約1400mの高地に所在するため深刻である.
このため,竣工後間もない頃から,多くの修繕工事が行われている.扶壁の遮水性と耐候性の確保,水平梁の劣化進行抑制と曲げ圧縮に対する補強,遮水壁背面の劣化進行抑制,堰体頂部の遮水性確保と舗装機能の回復等,各部の寸法や形態は旧来のとおりとする努力をしつつ,さまざまな修繕が行われている.これは管理者・施工者が,歴史的な土木構造物の意匠をなるべく変更せず価値を保持したいという強い意識をもっている結果だろう.
同じRC造のバットレスダムである笹流ダム(北海道函館市,1923(大正12)年竣工)は,安全性確保のため,1985(昭和60)年の修繕時に大きく意匠を変えざるを得なかった.これと比較すると,丸沼ダムはたいへん幸せな土木構造物といえるだろう.
前記のとおり,丸沼ダムの管理は東京電力㈱沼田工務所が行っている.通常は無人管理で入口が閉鎖されているため,道路から間近にダムをみることはできない.許可を得ずにダムを見学する場合には,大尻沼でボートを借りて,下流側からダムを見る必要がある.
ダム以外の一之瀬発電所等の関連施設等にも,建設時の施設が現存しているようである.丸沼ダムは,単体の土木構造としての歴史的評価が高いが,自然の沼をいかした巧みな計画など,周辺にも評価すべき点がまだあるように思われる.さらに,施設の歴史的評価といった固い評価とは離れるが,日光国立公園内に立地しており周辺環境が抜群に良い.これも丸沼ダムの魅力の一つであろう.
諸元・形式:
構造形式 RC造バットレス式
規模 堤高32.120 m/堤頂長88.230 m/堤頂幅3.894 m/堤敷幅36.021 m/勾配 上流 1:0.8~1:0.874/下流 1:0.15/堤体積13.540 ㎥
基盤 流紋岩
建設年代 着工 1928(昭和3)年/竣工 1930(昭和5)年
(出典:丸沼ダム(土木紀行),後藤 治,土木学会誌87-10,2002-10,pp.52-53)
群馬県利根郡片品村大字東小川字根子4660
利根川水系片品川支流小川