全国土木弁論大会2022「有馬優杯」 優秀賞
「憧れ」 細田 暁
皆さん、土木の偉人、八田与一をご存じでしょうか?土木分野では有名な、台湾の台南では神様のように尊敬されているエンジニアですが、日本では、一般の方にはほとんど知られていないでしょうね。 八田は、台湾の発展に大きく役立った水道や農業インフラの整備に貢献した超一級のエンジニアでした。それだけでなく、とにかく人のため、特に弱い人たちのため、に行動した人格者でもありました。 さて、嘉南大圳とは、烏山頭ダムを天王山プロジェクトとする、与一が陣頭指揮を執った巨大事業です。1930年に完成しました。その20年くらい前に台湾で完成した4000kmもの鉄道ネットワークの、なんと約2倍の工事費。いかに巨大なプロジェクトであるかが想像できるでしょう。 香川県に匹敵する広さの平野を、干ばつ、塩害、洪水の三重苦から、豊かな実りある緑の平野に変えた、人のためのプロジェクトでした。水源から平野を灌漑するために網の目のように造られた水路の総延長はなんと、16000kmにもおよびます。 工事の途中、関東大震災もあり、日本政府は資金難に陥ります。工事で働く人にやめてもらう必要もありました。なんと、リーダーの与一は、有能な人から先にやめてもらったのです。弱い人は他では働けない。有能な人は他でも働ける。もちろん与一は彼らの職探しをサポートしました。そして、また工事が順調に進み始めてからは彼らに戻ってきてもらい、バリバリと働いてもらいました。弱い人のことを大切にする心の優しい真のリーダーであったのです。 その嘉南大圳、完成後は、工事にかかった巨額の費用をたった3年で回収できるほど、平野からは穀物、農作物の収穫が上がるようになりました。土木とは、何も生み出さない土地ですら、適切に人間が働きかけることにより、人間に恵みを与えてくれる国土へと変える尊い事業なのです。このインフラが恵みを生む効果を「ストック効果」と言います。 私は、「ストック効果」を知らない国民が多いことが我が国の抱える諸問題の根幹的な原因の一つであると考えています。ですから、大学の講義で、ストック効果の最良の事例と言える嘉南大圳を、与一の人柄とともに教えるようにしています。 元気が無いと言われる日本人。一方で、若い人たちに活力があり目が輝いている発展途上国。そんな日本が、どうして豊かな生活を送れるのか?私も知識の無い未熟な頃は理由が分かりませんでした。答えは、我々の先人が積み重ねてくださったストック効果に支えられて生活できるから、なのです。 我が国、日本は、かつての輝きを完全に失い、もはや先進国と言えないほど世界の中で凋落を続け、貧困化が進む国になってしまいました。我が国が、「日本にふさわしい姿」を取り戻すためには、決して十分ではないインフラを良質な形で各地域に積み重ね、ストック効果を高めることが絶対に不可欠と確信します。 長持ちするインフラを新たに建設すること、それから、すでにある膨大なインフラを維持管理しながら上手に使いこなしていくこと。私はこれらに、自分の研究者、エンジニアとしての人生を捧げるつもりです。あと半年で、天命を知ると言われる50歳になりますが、一人でなど決して成し遂げることのできないこの大きなミッションに、様々な方々とともにチャレンジしたい、と心から思うようになりました。いつまでも未熟な人間ですが、与一のように広い、温かい人を目指したいと思っています。 私がどれだけ努力したところで、与一たちのような偉大な先輩方に届くことは決してありません。偉大な先輩方は、はるか彼方から広く、温かく、私たちの歩みを見守ってくださっていると思います。私たちは、無限の努力をできるのです。 哲学者の内田樹は、「教育とは、無限のあこがれ」であると言いました。与一も師匠の廣井勇を憧れていました。廣井の背中を追いかける与一の憧れの眼差しを見て、後輩が与一を憧れて追いかける。教育とは、そのような憧れの無限の連鎖、なのです。 私も、その無限の憧れの連鎖の中で学び、教育に命を燃やし、素敵なインフラに支えられた豊かな将来の日本に少しでも貢献できればと思います。 |