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本日、この会場に足を運ばれた皆さんは、どのような人生を歩んでこられたでしょうか。
電車で来た人、そうでない人、社会で戦っている人、学生の人、人間関係に悩みを持つ人、仕事で悩んでいる人。
会場の外、この東京にまで目を向ければ、今日命を授かった人もいれば、静かに息を引き取る人もいます。
今日、私はそんな皆さんの人生を、時代を超えて見えないところから支え続けている人々について弁論させていただきます。
土木には杭基礎という技術があります。
これは、地表の柔らかい土を突き抜け、地下深くの固い岩盤に巨大な杭を打ち込む技術です。
この杭基礎のおかげで地盤の緩い日本の大地に建物を建てることができるのです。
建物を建てる前に地盤に杭を打ち込むことで土地を固定すれば、私たちは日々安全に暮らせるのです。
実際にこの会場の下にも、東京礫層という東京全域に広がる岩盤が存在します。
そこの深くに杭を打ち込むことによって、東京の天高くそびえたつビルや現代建築技術の結晶のような巨大建築物を地下から静かに、しかし確かに支えているのです。
この技術は明治維新、西洋の文化の流入とともに本格化しました。
明治維新前の日本の建築は基本的に木造だったので、レンガ造りが主だった西洋建築に土壌が耐えられませんでした。
そこで用いられたのが杭基礎の技術です。
地中に杭を刺すことによって日本に西洋建築を実現させたのです。
戦前の近代建築の象徴である東京駅。
あの赤レンガの駅舎は、地下に打ち込まれた約1万本もの松の杭によって支えられていました。
驚くべきことに、泥の中で空気に触れなかった松杭は、100年の時を超えても腐ることなく、長きにわたり東京駅を根底で支え続けていたのです。
この技術は姿かたちを変えながら現在も日本の建築を支えています。
むしろ、建築技術の発展とともに建物も巨大化していく中でよりその建物を支える地盤は重要になっていきます。
土木の技術は確かにこの日本の大地を支えており、今後も支え続けていくでしょう。
では、土木が支えているのは建物だけなのでしょうか。
確かに土木は建物を支えています。
しかし、この建物を支えるというのは単純に倒壊を防ぐというだけではありません。
土木は私たちの選択も支えているのです。
私は高校の頃病気にかかっていました。
この病気で私は足に力を入れることができず、歩くことができなくなってしまったのです。
その時、私は今まで積み上げてきた人生の全ての価値がなくなりました。
今まで築き上げた人間関係、受容出来ていた当たり前、自分という人間の価値、それら一切に意味がなくなったのです、少なくとも当時の私はそう感じていました。
そんな空っぽの私の目の前にあった選択が生と死という分かれ道でした。
私はその分かれ道に一人で、孤独に向き合っていたと考えていました。
しかし、今なら分かります。
私が泣いていた部屋の床の下。
光の届かない何十メートルもの地下には、巨大な杭が打ち込まれていました。
それは静かに、私の選択を建物の崩落から、崩落という不安からもさえ守ってくれていたのです。
平均的な家に必要な杭の数は約40本。
私の50kg前後の小さな命は40本もの鋼鉄の杭によって支えられていたのです。
そして、それは決して、魔法のように勝手に出来上がったものではありません。
私と同じように人生に悩み、今日を生きるために地下でひたすら大地を固め続けた顔も知らない誰かの汗と執念が、そこには確かに存在していたのです。
私の選択を根底で支えていたのは、無機質なコンクリートではありませんでした。
仮に表舞台に出ることはなくても、他者の人生を地下から支えることに誇りを持った、名前も顔も知らない人々の無言の優しさだったのです。
生きるか死ぬか。
彼らが打った杭は、私の選択には干渉はしてきません。
しかし、私はあの時純粋に自分自身の選択と向き合うことができました。
あの時の選択が間違っていたのか、あっていたのかはわかりません。
ただ黙って、私の選択と重みを引き受けてくれる。
それが私にとっての土木なのです。
土木は建物にとどまらず、さまざまな時代、人生、そして選択を静かに、絶え間なく支え続けてきました。
神話の中で、どこまでも天を目指したバベルの塔は、人々の傲慢な野心を支え切ることができず倒壊してしまいました。
しかし、人々の選択を大地の下で静かに支える人々がいる限り、私たちはどこまでも天高く目指すことができます。
今後も、土木が支えている人々の選択が、少しでも明るい未来へと繋がることを願って、本弁論を終了させていただきます。
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