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皆さんが、最近、通り過ぎた工事現場を、思い出してください。
その現場では、どんな人が、働いていたでしょうか。
はっきりと思い出せる方は、ほとんどいないと思います。かく言う私も、そうでした。
みなさんが歩いている道路も、橋も、この建物も。誰かが、つくっている。
けれど私は、その誰かがどんな人なのかを、思い浮かべたことが、一度もありませんでした。
3ヶ月前の夜こと。深夜11時過ぎ。日本橋のあたりを歩いていると、まだ骨組みだけの工事現場がありました。そこには10名くらいの方が働いており、その様子をいつものように、工事現場の風景として、眺めながら駅の方へ向かいました。
ふと歩きながら気づき、驚いたことがあります。
「いつの間に、工事現場にこんなに外国人の方が増えたんだろ」と。
そんな私の頭に、ある言葉が、よみがえりました。
設備設計をされている、知り合いの言葉です。その方は、こう言いました。
「つくる側の人手が、設計から現場まで、日本人だけじゃ、もう足りないんです」
なんとなく現実味を帯びていなかったその言葉が、 あの夜、私の目の前にありました。
頭で理解していた話と、目の前の光景が、一本の線でつながった瞬間だったんです。
もう少し彼らのことを知りたい。
私は、一冊の本を手に取りました。澤田晃宏さんの『ルポ 技能実習生』。
そこにいたのは、技能を学ぶために借金を背負い、家族を残して、海を渡ってきた人たちでした。ページをめくるたびに、あの夜、私が「風景」として眺めていた一人ひとりにも、名前があり、それぞれの人生があるのだと、突きつけられたんです。
そして、私たちの「当たり前」は、誰かの借金と、離ればなれの生活の上に、成り立っていることを知りました。
そして、この状況は、今だけのことではありません。建設の現場で働く人は、この25年で約170万人も減っています。逆に、日本で働く外国人は、いまや過去最多。その内、約18万人が、土木の現場を支えています。
つまり、これからもこの国から働き手は減り続けるが、ますます海を渡ってくる人たちの手に支えられて生きていくのです。
もし、彼らが、いなくなったら。
老朽化した橋を、点検する人がいない。
崩れかけたトンネルを、補修する人がいない。
そして、いつか災害がこの街を襲ったら、
立て直す人がいなくなるかもしれません。
これは、決して大げさな想像では、ありません。私たちが、当たり前に歩いている道も、渡ってきた橋も、通ってきたトンネルも、支える手がなければ、ただ、少しずつ朽ちていくだけです。そして、そのとき、本当に困るのは、ほかの誰でもない、この街で毎日を暮らす、私たち自身なのです。
でも皆さんは、この問題を、自分の生活と密接に関わるものとして見ているでしょうか。
工事現場を、ただの風景として通り過ぎていた私のように、今、目の前で起きていることを、どこか自分の外側で起きていることとして、見てはいないでしょうか。
だからこそもし、工事現場を、通りかかったら、1つお願いがあります。
一度だけ、立ち止まってください。
立ち止まり、目を向けて、はじめてその現実が、見えてくるのです。
ヘルメットの下の、その顔。
汗を流す手の、向こうにある、ひとりひとりの暮らしと、願い。
そして、私たちの足元が、もう私たち日本人だけでは、支えられていないという事実。
私にとって土木とは、「足元を、誰が支えているのか」を、知ることです。
その現実から、目をそらしてはいけない。
だから、まずは立ち止まってこの問題の現実を、皆さん自身の目で、確かめてほしいのです。
今日、会社からこの土木学会へ向かう途中にも道路の補修工事をしている方々の中に、
外国人の方がいました。その方は、私たち歩行者を丁寧に誘導してくれたんです。
3ヶ月前の私はその様子をただの風景として、通り過ぎていました。
ですが、今日は、自然とその人たちの姿が、目に入ってきたんです。
だからこそ私はこれからも、自分の足元を、誰が支えてくれているのか。
自分の目で、確かめていきたいと思います。
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