理事 企画委員会委員長
東京大学 教授 森地 茂
企画委員会では、土木界が取り組まねばならない長期的課題に関して、平成10年度より、定常業務の他に4種の活動をしてきた。(1)公共投資の評価に関する国内・国際シンポジウムの開催、(2)会長主催特別研究会制度の発足、(3)土木界の課題と目指すべき方向、(4)学会21世紀宣言の検討である。
本報告書は、(3)の成果であり、以下の3つの課題を取り上げている。
第1は、全国の大学の土木工学系学科から卒業生を毎年8,000人今後も出し続けるか否かである。ちなみに米国では建築の構造系を含めて8,000人/年である。日本の公共事業としての建設投資は年間50兆円であるが、その将来を見越した卒業生数を設定すべきであろう。数を適正にすることにより土木技術者1人あたりの価値を高め、若者にとって魅力ある分野とする必要があり、かつ環境、国際関係等広がる課題に対応する人的資源を適正に確保する事も重要である。工学部の中で単一産業に対応するいくつかの学科は学生の人気低迷に悩まされており、その内容の転換を図っている。これに対して、国民生活の豊かさを保つために社会資本の衰退は許されないことから、たとえ公共投資総額が減少しても、意欲ある学生にとって土木工学分野を魅力的にしておくことが国家的課題でもある。各大学の土木系学科は新領域に向けて展開しているが、環境・国際等には他学科も領域拡大を図りつつあり競合しつつある。国立大学改革の動きをも包含する長期的戦略づくりと果敢な実行が喫緊の課題である。
第2の課題は、研究体制である。国立大学付置研究所、建設省土木研究所、運輸省港湾技術研究所の独立行政法人化、建設会社のリストラの中での研究所の改革、電力中央研究所や鉄道総合研究所と出資会社の研究体制との関係等土木分野の研究体制の変革が進みつつある。欧米もかって研究体制の再構築を経験しており、一方近隣アジア諸国は高度成長期の社会資本整備期に入っている事から、日本の研究活動の国際的環境も大きく変化してきている。このような状況下で、産官学のそれぞれの研究機関が、ローカル・オプテイマムな解を求めることで十分ではなく、重点的に資源を集中しかつ競争的環境を整備しなければならない。
第3の課題は、土木技術者の有効活用策である。我々の調査によれば、大学卒業後40年以内の土木技術者は20万人強である。建設会社、コンサルタント企業総数の3分の1以下の技術者数は如何にも少ない。大学卒が条件でないにしても、設計技術者や維持管理技術者に数年毎の試験による資格確認を要求している米国に比較して、資格要件は甘く、技術者のいない建設会社が如何に多いかが判ろう。これが地元中小企業優先策と相まって、上請け等批判される背景となっている。また市町村レベルの自治体では土木技術者が不足し、地域活性化のための人材不足が問題になっているのである。このような地域的、分野的人材の偏在がある一方で、団塊の世代が退職期を迎えつつあり、企業のリストラと相まって高齢技術者の職場確保が土木分野に限らず大きな社会的課題となっている。環境関連のNPOが土木技術者を雇用して都市交通計画を策定しているアメリカ、住民の反対を受ける公共事業の調停役を退職技術者が務める英国、土木学会関西支部のシビルベテランズのボランテイア運動等をはじめ、退職土木技術者の有給無給の仕事の機会は様々考えられる。
企画委員会ではこれらの課題への対策として、7種の調査・分析を下に、討議を重ねて複数の代替案を作成した。それを題材に、平成11年10月と11月の2回の定例懇談会を開催し、学会理事、前理事および官界、産業界の指導的立場にある会員にお集まりいただき議論をして頂いた。その時の意見は、賛成反対を含めて幅広いものであった。その結果を踏まえて、更に討議を重ね、原案を修正して本報告書を作成した。もとより、この内容について、会員すべての賛同を得ることは望めず、本報告書は、企画委員長の責任のもとに、会長への提言としてとりまとめたものである。
今後の扱いについては、おわりに ー提言の実現に向けてー に示している。
膨大な調査にご協力いただいた全国の大学、官庁、公団、民間企業300社の関係者、討議に参加いただいた会長をはじめとする会員各位に深く感謝するとともに、膨大な時間を割いて調査・作業・討議・報告書作成に取り組んでいただいた企画委員会委員、幹事の方々に心から御礼申し上げたい。
多くの方々が土木界の将来に向けての議論に積極的ご参加頂くことを切にお願いしたい。実行までの時間は多くは残されていない。