戦後復興期から高度成長期にかけて半世紀以上にもわたって続いた右肩上がりの経済成長の中で、建設産業の求める多数の階層的な人材育成を担ってきた我が国の土木系高等教育も、安定成長期に入り、社会資本インフラのある程度の量的充足が満たされつつある現状を背景に、新規建設投資の縮減という荒波に翻弄され、ともすれば目的と活力を見失いがちになっている。
しかし、過去に衰退した多くの工学分野と異なり、安全・安心の確保や良質な環境の創造と維持、質の高い潤いのある生活を求める国民のニーズを背景に、戦後復興期や高度成長期とは異なる形態の確実な実需要が建設界には存在する。土木系高等教育もこれに合わせた変化が求められている。
また、近年、若者の理工離れが進行し、大学工学部の志願者の減少等、工学系の凋落現象が指摘されている。技術者の社会的使命を高めると同時に、志の高い技術者の社会的認知や存在価値を高めるための活動を展開していくことが求められている。もちろん、これは全工学分野に共通する課題であり、土木分野だけの問題ではないが、土木分野においては特に座視できない緊急の課題である。さらに、財政逼迫を背景に、国立大学の成果主義に基づく再編や運営交付金の競争的配分等が経済主導の下に議論されつつある。
以上のように、我が国の建設界や土木系高等教育を巡る環境は極めて厳しい状況にあるが、志が高く世界に羽ばたける土木技術者の育成は、国民生活の向上に貢献し、社会から正当な高い評価を得るために最も重要な施策である。教育企画・人材育成委員会は、高校、高等専門学校、大学、大学院だけでなく、小学校の総合教育から技術者の生涯教育、ジェンダー問題等、教育、人材育成に関する幅広い分野にわたって調査研究から政策提言に至る活動を展開することを求められている。
平成19年度の各小委員会やプロジェクト活動計画は別途提案されている通りであるが、以上の背景の下に、教育企画・人材育成委員会としての活動方針及び小委員会に対する検討依頼事項を以下のように提案する。
1.プロジェクト活動
1)プロジェクト1 「土木界に求められる人材と教育」
(1)建設産業界から求められる人材、量、学歴に関する懇談会、アンケート調査
(2)大学、高専、工業高校がねらうべき人材育成に関し、大学・大学院教育小委員会、高等専門教育小委員会、高校教育小委員会、産業界を縦断した検討を実施する。
2)プロジェクト2 「エンジニアリングデザイン教育」
ED教育の試行。3.1)参照。
2.小委員会活動
1)大学・大学院教育小委員会
(1)堀委員が指摘されているように、我が国の大学教育は米国に比較すると、厳しさが足りない。1学期に多数の科目を受講して一気に単位取得する等、米国から見て信じられない状況にある。学生数が減少し学生が神様になっている中で、教員は何を目指し、学生は何を求めているか、学生が入学後、卒業までにどれだけ資質を高められるか、資質を高めるために有効な講義科目や講義方法等を検討する。米国の教育を日本に当てはめるとどうなるかの検討から開始し、我が国における良い事例を収集したり、表彰システムを検討する。
(2)工学教育に対するアクレディテーションがJABEEによって実施されているが、これによるメリットとデメリットを土木学会として調査し、適切なアクレディテーションのあり方を検討する。
(3)若者の理工離れが深刻になっており、工学分野を志望する学生の競争率が年々低下している。これは土木工学だけの問題ではないが、土木としてもこれを座視するわけにはいかない。また、建築学科に比較して、土木工学科(関連名称の学科も含めて)に入学・卒業後のキャリアがどのように展開し、どのようなライフスタイルの生活を送るかが高校生にほとんど知られていない。業務独占資格を有する建築に比較して、土木技術者の法的位置づけが低いことがその原因の一つではあるが、そればかりではなく、高校生には土木という技術領域に対するイメージがほとんど無いという点も土木の人気が今ひとつ盛り上がらない原因である。建築では意匠系の人気が高いが、天才クラスの一部だけが勝ち残り、民間施主に隷属している建築業界の実情が伝わっていない。他分野の批判は必要ないが、他分野との比較も含めて、官業の良さ、国民に貢献する土木の良さを高校生を主対象に伝える方策を検討する。高校生はホームページから多くの情報を得ており、高校生の目線に合わせて正しい情報を与えるという視点でホームページの立ち上げが重要である。必要であれば、現在の小委員会とは独立して小委員会を発足させる。
(4)平成18年度までの活動成果を土木学会誌で紹介する。
2)高等専門教育小委員会
(1)大成委員から提案された「シビルタイム(仮称)」(学生専用の土木学会誌)の実現を図りたい。いきなり学会誌特集号として提案しても学会誌編集委員会に取り上げられなかったが、まず、pdf版で創刊号を作り、これを2年間継続する努力が必要と考えられる。シビルタイム編集委員会を立ち上げ、学生たちの関心の有り具合を調査し、適切な修正を加えることにより、その効果とともにある程度長期の存続可能性を見極める。
(2)現在までの活動成果を土木学会誌で紹介する。
3)高校教育小委員会
(1)クローズした検討になっているように見受けられるため、研究目的、到達目標を含めて、教育企画・人材育成委員会で紹介する。
(2)現在までの活動成果を土木学会誌で紹介する。
4)マネジメント研究小委員会
「若き挑戦者たち」を用いた講習会を企画する。2500部印刷し、現在までに650部の売り上げがあるが、本の価値から見て、もっと広く活用されて良い。
5)生涯学習小委員会
(1)総合学習支援に関して、他の学協会(たとえば、地盤工学会、技術士会、建設コンサルタンツ協会、・・)、国土交通省等との連携を模索したい。複数の機関が連携することにより、教育委員会との連絡や、適切な教材、講師の相互活用の方策が見いだせることを期待している。教育委員会から見ても、窓口が1本の方が、依頼しやすい可能性がある。さらに、主要な学協会や国の機関等とも連携し、「総合学習連絡協議会(仮称)」の設置ができないかを検討する。
(2)土木学会の対社会に対する働きかけを強化するために、団塊世代を取り込んでシニアメンバーの活用方策に関する検討を実施する。必要が有れば、生涯学習小委員会を総合学習を担当する小委員会と、シニアメンバーの活用方策を検討する小委員会の2つに分離する。
6)男女共同参画小委員会
短期の成果を求めるべき活動ではないが、平成19年度に現在までの活動をとりまとめ、次期の活動方針とその方向を明らかにする。
3.全体に関して
1)エンジニアリングデザインに対する取り組み
エンジニアリングデザインに対する取り組みが、プロジェクト2、マネージメント研究小委員会、大学・大学院教育小委員会の他、建設コンサルタンツ委員会ED小委員会でも実施されている。今年度中に、建設コンサルタンツ委員会とも協議し、検討体制を見直す。
2)ホームページの充実
土木学会員に対する情報提供として重要であるばかりでなく、若い世代にとっては、ホームページの情報源は土木を把握するための重要な手段である。グーグル検索に引っかかるように、適切な情報をホームページで提供し、若者の目線にたって土木に触れ、魅力を感じられる仕掛けを作っていく必要がある。このために、教育企画・人材育成委員会の下にホームページ部会を設置し、親委員会、小委員会の両面からHPを魅力あるものにする。
3)全国大会共通セッション「土木教育一般プログラム」の拡充
論文発表数をさらに増やし、教育上の各種の工夫事例や試みが積極的に情報交換され、この分野の知識の蓄積に貢献できるようにする。
4)現在までの倫理教育小委員会の活動の表示
倫理教育小委員会は平成19年度から倫理・社会規範委員会に移行するが、平成18年度までの活動成果は教育企画・人材育成委員会のホームページにも残す。特に、倫理教育小委員会が刊行した「土木技術者の倫理」(平成15年5月)および「技術は人なり」(平成17年5月)と、これらに基づくパワーポイント教材の普及に努める。ちなみに、現在までに「土木技術者の倫理」は6656部、「技術は人なり」は2430部が販売されている。
平成19年7月2日
教育企画・人材育成委員会
委員長 川島一彦