事例1 「設計図と現場条件の相違」
事例2 「傾斜護岸による改修」
事例3 「河川にある改善されない占用施設」
事例4 技術開発と博士論文の作成
事例5 ダム計画と地質調査
事例6 基準を下回った費用対効果の算定値
事例7 引継ぎ業務で見つけた計算ミス
事例8 発注者からの報告書修正の依頼
事例9 再開発にからむギブアンドテイクの要請
事例10 考慮しなかった設計ファクターと顧客の要望
事例11 軽視された若手の教育
事例12 公務員の同級生との比較
事例13 辞退したい論文発表
事例14 住民説明会と隠される開発計画の変更
事例15 情報提供のタイミング
事例16 先輩が関与する受注前の打合せ
事例17 営業担当者に頼まれた同級生の紹介
事例18 営業所の存亡とライバル会社の誘い
事例19 橋梁付属物の設計と秘密の漏洩
事例20 借用した資料の目的外使用
事例21 投稿論文の代理執筆
事例22 道路整備事業における不法投棄の発見と対応
事例23 現場確認の書面検査への変更
事例24 業務の再委託に関する取材依頼
ある造成工事における擁壁設置工事の設計図面では、現地盤から1m厚の表土掘削を行い、その下の硬質粘土層を支持地盤として擁壁を施工することになっていた。
掘削してみると、支持地盤とされた硬質粘土層は予想されていたものよりも軟質で、建設会社の工事担当者Aは、このままでは擁壁基礎として十分な支持力を期待できないと思った。
工事担当者Aはそのことを発注者側の監督員Bに伝えたが、監督員Bからは「設計図面通りに工事を継続するように」と指示された。工事担当者Aは、監督員Bの予期せぬ返答に「本当にいいのだろうか」と疑問に思ったが、「隣接工区と違った施工法だと、会計検査で説明しにくいからだろう」とその理由を推測した。
工事担当者Aは、このまま発注者の指示通り工事を進めるべきかどうか悩んでいる。
S町は、温暖な気候と豊かな自然に恵まれているが、特に地場産業や観光資源もなく、過 疎の町となっている。海岸線に沿う国道の背後に民家が密集しており、1965年ごろに高波に より大きな被害を受けた。そこで、災害復旧事業として波返し型の直立護岸が設置された。その後老朽化したため、県は、1990年から数年を費やして、護岸の改修と海浜へのアクセス 向上を図るため、傾斜護岸による改良工事を行った。設計条件は、従前と変わりなく、同じ 許容越波量を採用し、傾斜護岸とするために潜堤もあわせて設置した。ただし、この地方で は過去に津波に襲われた経験があったが、この設計では津波の影響は考慮していなかった。
近年の台風により、その傾斜護岸を越えて大量の土砂や流木が国道まで遡上し、国道の通 行止めのみならず、家屋の被害も生じた。そのため、県は傾斜護岸に沿うように設けられたサイクリング道路の山側に護岸を新たに設け、波が国道側に越えないようにした。しかし、このようにしてもなお国道まで越波が達するため、現在は、この対策を強化するため、護岸 の上にさらに波返しを設置する工事が進んでいる。結局、傾斜護岸は得策ではなかったので ある。
技術者Aは、1988年に県が直立護岸の改修を計画した際に、公的機関の海岸保全施設担当の専門家として県の技術指導にあたった。基本計画は、直立護岸に替え、当時脚光を浴び ていた親水護岸の一種である傾斜護岸とするものであった。長周期の波に対して越波を防止する効果は直立護岸よりも傾斜護岸の方が低いが、この欠点よりは海岸へのアクセスを良く することによって、サーファー等を呼べるメリットを県の担当者は重視していた。
技術者Aはその計画の説明を県の担当者から受けたとき、海岸線と国道との離隔が小さ く、また国道に沿って民家が密集しているため、直立護岸と傾斜護岸の越波に対する特性の違いが気になったが、県の担当者の親水護岸に対する期待の大きさを感じ、最終的に県の計 画を支持した。
地元住民に対する説明会では、過去、地震により津波が局所的にかなり高いところまで遡上したことを知っている者が県の計画に反対したが、専門家として環境や景観への配慮や新たな観光資源の創成など傾斜護岸のメリットを解説した。また、傾斜護岸を採用してサーファーが増え、観光収入が飛躍的に増加した事例も紹介した。さらに、地元住民からの津波のリスクについての質問に対し、津波に対しては直立護岸の方が傾斜護岸に比べ有利である ことは分かっていたが、技術基準では津波を考慮していないこと、また、まれにしか起こらないことであるので、最新の技術基準に従って設計するので問題はないと回答した。その結果、住民は傾斜護岸による改修を受け入れた。
2004年12月に、スマトラ沖津波が発生して以来、技術者Aは当時のそうしたやりとりを 思い出し、自責の念に駆られることが多い。
A係長は、K河川事務所D出張所の技術係長である。毎年、T川の占用施設の状況を確認する「履行検査」を担当している。本年度も年度当初より、検査官の指摘の元、占用施設の機能確認や、前年の洪水による施設の破損の有無等を確認し、その状況報告を行う予定である。
今年はA係長を悩ませている占用施設がある。それは、E鉄道のT川橋梁である。この橋梁は、戦前に建設されたものであり、所々に洪水の流下時に支障となる付属物が付いている。一昨年の洪水では、既に使われなくなった通信ケーブルの残骸が桁下に横たわり、大出水の際に流木等が引っかかりでもすれば大惨事を引き起こしかねない状況になっている。
昨年の履行検査時には、検査官から「早急に残骸を撤去するよう」E鉄道に指導を行ったが、E鉄道の担当者は、「経営の効率化の中で保守点検費用が削減されている状況です。すぐに撤去することはできないかもしれませんが、できるだけ早く対応したいと思います」と回答していた。そして、「支給の対応を行うこと」を付帯条件として昨年の履行検査では条件付きで合格となっていた。このためA係長は、昨年の出水期前も含め、幾度かE鉄道に対応を求めたが、担当者からは「もう少し待って下さい」という回答のみがあるだけで、結局のところ1年間対応がなおざりにされていた。
本年度の履行検査が迫る中、A係長はE鉄道の担当者を再度呼び、以下のように伝えた。
「T川橋梁について指摘されたケーブルの件は、どうなっていますか?今年の履行検査でも検査官が指摘するのはアキラかです。予算の都合があるのは理解しますが、昨年の約束はどうなっているのですか?」
E鉄道の担当者は答えた。
「A係長のご指摘は理解しています。我々も本社に対し、ケーブル撤去の予算確保をお願いしているところですが、なんとかもう少し待っていただけるようお願いしていただけないでしょうか?A係長もおわかりでしょうが、このケーブル程度の案件でT川橋梁の占用取り消しにでもなれば、E鉄道をご利用になっている首都圏の何十万人の足に多大な影響を及ぼします。そんなことになれば、A係長だってD出張所に通勤できなくなってしまいますよ。それに、本当に大きな洪水が来れば支障があるかもしれませんが、現に昨年も問題は起きなかったですし、そのような大きな洪水が来れば、橋梁本体が流されてしまいますよ。なんて言ったって戦前に作られて老朽化してますからね・・・」
A係長としても、現場の管理業務について予算が年々削減されていくのは、同じ現場の出張所に勤める身で重々理解しているつもりである。しかしながら、1年間何の対処もしなかった当該施設について、社会生活に多大な影響を及ぼすからといって、違反を見過ごしてよいものか?そうかと言って、仮に占用を取り消した場合、E鉄道だけでなく、通勤に利用している沿線の利用者への影響は甚大であろうし、マスコミからも非難されるのはT川橋梁の保守が進んでいないE鉄道ではなく、占用を取り消したK河川事務所であろう。検査官にどう報告すればよいのだろうか・・・A係長の悩みはつきない。
A氏はB社の研究部門に所属し、長年軟弱地盤対策に関する研究開発を行ってきた。特にA氏がリーダーとなって開発してきた現場打設杭工法は、初期の設備投資はかかるものの、既存の工法と比べて比較的低コストで改善効果が得られることが室内試験や屋外での試験施工から判明した。この工法についてはすでに特許の取得も済ませ、施工実績を上げつつある。
そこで、A氏は今までの試験データをもとに博士論文としてまとめ、学位を得たいと考えた。直属の上司Eの了解を得て、日頃懇意にしているC大学のD教授に相談したところ、整理ができた段階で相談にのっても良いとの返答が得られた。
その後、論文のまとめが終わったことから、D教授のところへ論文案を持参し、内容の説明を行った。しばらくしてD教授から連絡があり、A氏がD教授の研究室を訪ねたところ、
などの指摘があった。
B社に戻って上司EにD教授から指摘されたことを相談したところ、「データの使用は問題ない。ただし、工法の適用限界が判るようなデータを出すのは営業戦略上まずい。君も受注に響くようなことは慎むように」と諭された。また、現場打設杭の形状確認についても「既に施工実績を重ねている工法であり、これまでにクレームもついていないのだから問題ないのではないか。特許も取っていることだし、また緊縮財政下でもあり、今さら現場打設杭の形状確認をするまでもないだろう」との言葉が返ってきた。
A氏は、D教授の指摘はもっともだし、技術開発に携わる技術者としてもそれを明確にしておきたいと思った。しかし、B社の一員としては上司Eには逆らいがたい。それらを克服しなければ博士論文作成の指導は受けられないだろう。今後どのようにこれらのことを解決すべきかA氏の苦悩が始まった。
ある地域に小規模ダム建設の事業計画があり、Xコンサルタント会社が予定地点の透水性を調べる原位置透水試験を受注した。この会社の地質調査の専門家であるA氏がこの業務を担当した。
A氏は、これまでX社が受注したこのダム計画に関する一連の地質調査も担当してきた経緯があり、この調査地点の調査結果については熟知している。A氏は、今回の原位置透水試験結果が示す高い透水性から見て、この地質状況ではダム計画にはどうしても無理があるとの結論に至った。
発注者の強い意向でこのダム事業計画が推移しているため、今後も多くの調査が予定されている。もし、この事業計画が中止となれば、このダムに関するそれらの調査業務もなくなることが見込まれる。公共事業が縮減する中で、A氏には新たな業務の受注もままならないとの思いもある。
今回の業務の仕様には、ダム計画の可否に関する検討は明示されていない。試験結果だけを報告すべきか、または、試験結果からダム計画が無理であることもあわせて述べるべきか。無理との判断を記載すれば、自分はもとより会社への影響も懸念される。それでは、発注者にダム計画が無理であることを伝える何か別の方法をとるべきなのか。A氏は、今回の調査結果からどのように対処すべきか悩んでいる。
N県土木部道路建設課のA主査は、主要地方道Y線2車線化の来年度新規採択に向けて必要な調査や、国や地元との調整などを担当している。Y線は幹線ではないが、Y地区と県庁のあるN市を結ぶ県道で、険しい山間部を通り部分的に車線幅の狭い1車線となっており、安全な通行を確保するため地域住民からは早期の2車線化が長年にわたり請願されている。
しかし、N県の財政が厳しい近年は、県内の主要道路のネットワーク整備が優先され、Y線の改良については新規着工が先延ばしにされてきた。特に、N県の財政部局は、透明な財政支出、効果の高い事業への重点杯分を掲げ、新規事業については費用対効果の基準を設定している。
このような中、地元の要望なども踏まえ、来年度はY線改良を優先的に実施することが土木部の方針として決定され、A主査も新規事業化や国の補助採択に向け、地元説明や国への事業説明、補助申請の手続きなどを進めるだけでなく、交通量データの収集や費用対効果分析に必要となる概算費用の算定などの調査検討にも追われていた。
費用対効果の詳細算定については、Kコンサルタントに業務委託し、検討を続けていたが、Y線の新規事業化に向けた財政部局や国への説明までには十分な検討ができずにいた。A主査本人も記載する検討値をどうするか悩んでいたが、上司のW道路建設課長とも相談した結果、既に概算で求められている便益(B)/費用(C)=1.6を採用することにした。N県財政部局の内規の基準はB/C=1.5以上となっており、基準を上回る結果であったため、本年度の新規事業化は前向きに検討が進められることとなった。
その後、Kコンサルタントから精査した費用対効果の算定結果が出された。その値は、B/C=0.9であり、N県財政部局が内規の基準として示している1.5を下回るものであった。
A主査は、すぐに最終算定値を上司のW課長に報告し判断を仰いだ。W課長の判断は「計算値を修正する必要はない」とのことだった。「信貴線の採択は、当然のことながら費用対効果だけが判断の基準ではない。地元の要望、ネットワークとしての必要性などを総合的に勘案して決まるものであるから、基準値を少々下回っていると言っても、道路屋としてY線が必要だという思いには変わらない・・・」
この上司の判断の正当性をA主査は自問自答した。
翌年3月、新年度予算が発表された。N県の主要地方道Y線改良は、道路事業の目玉として新規事業として認められるとともに、マスコミの記事でも大きく取り上げられ、地元からも大きな感謝の声が道路建設課にも寄せられた。
A主査としては、修正をしなかったW課長に対する不満もあったし、修正を財政部局に報告しなかったことを今心の中で悔やんでもいる。一方で、地元からの感謝の声、また道路建設課内でも一仕事達成したという慶びに沸く中、結果的に地元のためには良かったのだから、あえて計算値を修正することを選ばなかったW課長の判断は正しかったという思いもあり、悩みは尽きない。A主査はどのような対応をとるべきだろうか?
A氏は建設コンサルタント企業に勤めている。A氏の同僚B氏は、学生時代に世界を回って恵まれない国の惨状を見てきた経験から、入社した当時から、自己の技術を磨き、そこで得た経験などをもとに、世界的な貢献をしたいと考えていた。
ようやくB氏に某開発途上国から移住の許可が下りた。B氏は、新年度からの新たな生活のために徹夜もいとわず、溜まっていた業務を完成させようと発注者との打合せや社内の引継ぎを精力的にこなしていた。
社内や発注者などの関係者も、B氏がこれから海外へ行くこと、これからは頻繁に連絡も取れそうもないことから、B氏が携わってきた委託契約案件については、十分な議論をしてきた。B氏も、「立つ鳥跡を濁さず」の心境で自己の業務を取りまとめ納品した。そして退職し新年度に入り異国の地に向かった。
その後、B氏の業務を引き継いだA氏が、B氏のある委託契約案件を確認したところ、徹夜作業などのためか、一部計算ミスが見つかった。訂正も考えたが、検討当初の単純なミスで、当該業務の結論には影響は与えない代替案の検討内容である。
この委託契約案件については、契約上、瑕疵担保責任はあるが、A氏は、当面そのまま放置し、次回の検討時に訂正することにした。しかし、誤った数値が独り歩きしたときに、別な事業で問題を生ずる可能性が考えられ、いつまでもその誤りを引きずっていくことは得策ではないとA氏は思った。だが、現段階で再検討するとなれば、その値を記載している関係資料の訂正を必要とし、訂正するとなれば人手と費用を要し、会社に損失を与えることになる。しかし、次の検討業務がA氏の企業に発注されるとは限らない。A氏はどうしたらよいか悩んでいる。
コンサルタント会社の技術者であるA氏は、X市から受注した「第3工区下水道管渠実施設計」業務の管理技術者となった。A氏は、推進工法の検討にあたって、地盤条件、周辺環境条件、経済性等を十分検討し、発注者の技術担当者Bと綿密な協議を重ねた上で工法を選定し、設計を終えて工期内に報告書を納めた。
1か月ほど経ってから、この発注者の技術担当者Bから連絡を受け、出向いたところ、来週から下流側の第1工区を対象に会計検査が入るとのことであった。第1工区の地質、地下水の状況や周辺環境などは、A氏が担当した第3工区とそれほど差がない。しかし、A氏が検討し採用を提案した工法と異なる推進工法を採用し工事は終わっている。発注者の技術担当者Bは、A氏に対し上司の依頼を次のように伝えた。「会計検査院の担当者に第1工区の工法の採用理由を説明する上で、上下流工区の工法を示すよう求められた場合、隣接した工区で違った工法を採用していることの説明が難しい。そこで第3工区について、なんとか理由をつけて会計検査用に第1工区と同じ推進工法に直した報告書を至急作ってもらいたい」
第1工区の工法選定資料も十分検討した上での判断であったため、A氏は、提案した推進工法が本工区に最も適していることに自信を持っていたので、一旦は技術的理由から断った。しかし、発注者の下水道課長からも、どうしても修正をして貰いたいと頼まれた。「断った場合は、今後の指名を考えることになる」とも言われた。そこで、A氏は上司に相談した。上司からは、報告書には社名を入れないことを条件に修正することを指示された。発注者もそれで了承しているとのことである。
今後の受注のためとはいえ、会計検査院の担当官を欺くことに手を貸していいのだろうか。この上司の判断について、社内のコンプライアンス委員会に相談した方がいいのではないだろうかとA氏は悩んでいる。
X市整備局は、道路・交通・開発事業などの計画推進および調達の担当部局である。局の担当者A氏(土木技術者)は、目下、X駅前市街地再開発事業および地下鉄新線の計画の責任者である。
駅前再開発は、市が主導して組合方式で行う予定面積約2ヘクタールの再開発事業であり、現在までに地区内のほとんどの土地所有者から開発組合への参加同意を取り付け、かつ開発行為のための道路拡幅用地の提供契約も進んでいる。ただし、駅前広場に隣接する重要箇所の所有者との交渉が難航しており、数か月の事業工程の遅れが懸念されている。この所有者は市議会のS副議長の親戚でもあり、局の交渉担当者(リーダーはB課長)は常に大変神経を使っているとのことである。一方、地下鉄新線プロジェクトは、用地問題も解決し、A氏は工区割りや業者選定に着手した。
A氏は今日、S副議長に呼ばれ、こう言われた。「例の駅前の土地だが、甥(所有者)は組合参加に同意してもよいと言っている。ただし、一つ条件がある。去年まで自分と甥が取締役を務めていたP工業(地元建設業者)を、地下鉄新線の工区のどこでもよいから指名に入れて欲しい。頼むよ」
A氏は、P工業については、建築工事の実績はともかく、地下土木工事の実績が極めて少ないことも知っており、このバーターには問題があると思い、返答を保留した。部下の再開発担当のB課長にこの話をすると、B課長は「これで再開発にやっと弾みがつく。この話に是非乗りましょう。有力政治家とのギブアンドテイクですからね」と進言した。地下鉄の調達担当CPD課長も「適当な理屈をつけて指名に入れるのは不可能じゃありませんよ。落札を保証するわけではないですし・・・・」などと平然としている。
先ほどもP工業の社長からA氏に電話があったようだ。
A氏はどう行為するべきか。思案のしどころである。
観測史上初めてともいえる時間強度100mm/hの豪雨によって、ゴルフ場の切土斜面の上部が崩壊し、ゴルフ場関連施設の一部が損傷を受けた。このゴルフ場は、5年ほど前にB建設会社が施工したものであったため、ゴルフ場のオーナーは、被害箇所の対策工事の検討をB建設会社に依頼した。B建設会社の設計担当者Aが、対策工事の検討を担当した。
このゴルフ場は、数年後、コースの増設工事の予定があり、設計担当者Aは、上司から増設工事を受注するために今回の対策工事の検討業務を万全に行うように指示されていた。
設計担当者Aは、他の業務で忙しくしていたが、早速、現地踏査を行い被害状況の把握を行うとともに、過去の気象データの収集を行った。その結果、切土面を構成する軟岩の風化が進んでいたものの、過去に例を見ない豪雨が風化した軟岩の土層を崩壊させたと考えられた。また、周辺地域の同様な切土面においても、被害箇所と同様な斜面崩壊が見られたことから、今回の被害は、切土法面の設計や施工の問題ではなく、豪雨が原因であると考えた。
設計担当者Aは、検討時間の余裕がないこともあって、今回の被害要因の一つである降雨強度の影響を考えずに、示方書や自治体の開発基準に基づいて、基礎地盤や表土の土質特性など通常の設計ファクターのみを考慮し、いくつかの対策案について比較検討書を作成した。
ゴルフ場のオーナーへの説明にあたって、上司に比較検討書を提出し了解を求めたが、「よろしく頼む」とだけ言われて返された。
説明の席で、ゴルフ場のオーナーから、これらの対策湾を実施した場合、B建設会社として何年間保証できるか具体的な年数を提示するよう求められてた。設計担当者Aは、提示した斜面対策工に降雨強度を考慮しなかったこともあり、上司に相談する旨の話をして会社に戻った。
オーナーからの斜面対策工の保証という要望に対して、上司に比較検討書の内容を詳細に説明していなかった手前、どのように対応すべきかについて頭を悩ませている。増設工事の話も気がかりである。
建設コンサルタントのX社は、これまでの同種の業務実績から関連業務を随意契約で受注することができた。X社では、この種の業務に精通している技術部署のA氏を管理技術者として発注者に届け、業務を遂行する体制を整えた。
当該業務は、当初、10月から3月までの6か月の工期で実施することになっていたが、発注時期が多少遅れ11月半ばから開始することになった。A氏は、自分が管理技術者となっている他の業務の担当者である経験豊富な中堅技術者のB氏を当該業務にも従事させることにした。B氏が担当している業務には工程上余裕があり、この時期であれば当該業務の遂行には特に大きな支障はないと判断したからである。
その後、12月末になって、B氏が担当していた他の検討業務について、A氏に発注者から連絡があり、急遽翌年4月から施工を始めるので、3月末の工期に間に合わせるようにとの要求があった。B氏はその業務に集中せざるを得ず、随意契約で受注した業務に時間を振り向けることがむずかしくなった。一方、A氏は、年度末になって工期の短い業務が自分のチームに集まり、自ら複数の業務の管理技術者兼担当者をせざるを得なくなった。A氏は打ち合わせ等で会社にいることが少なく、在席していてもそれらの業務に追われていた。
そこで、A氏はB氏と相談し、同じチームの若手のC氏に随意契約で受注した業務を任せることにした。C氏は、当該業務に関わる技術的経験はほとんどなかったが、自分なりに技術的判断をして精一杯対応した。A氏は、自分が忙しいこともあって、B氏がC氏の面倒をみてくれるだろうと期待していた。また、何か分からないことがあれば、C氏が直接聞きに来るだろうと思っていた。途中、発注者との打ち合わせには、A氏が管理技術者として同席し、C氏に説明させていた。工期が来て、多少の心配はあったが、C氏が作成した成果物をざっと見て、一応の体裁が整えられていることを確認し、そのまま提出した・発注者から特にクレームもなく、発注者の検査も済ませ納品した。
その後、A氏は忙しさが峠を越えたので、B氏に確認したところ、B氏も忙しくC氏の業務をよく管理していなかったことが分かった。また、C氏も検討結果について相談したいことがあったにもかかわらず、上司に遠慮して相談していなかった。
A氏は「発注者から特にクレームはなかったが、本当にこれでよかったのか」と気になっている。
A君は、大手建設会社の入社2年目の技術者で、1年間の設計・現場研修を経て、工業団地の造成工事の作業所に配属された。作業所においては、A君は、工事係として、専門工事業者と一緒になって、測量からコンクリート打設の指導まで、朝から日が暮れるまで現場に出ていた。
現場がおわり事務所に戻ると、翌日の工事の段取り、危険作業の計画書作成、型枠の設計などのデスクワークを行い、作業所に隣接した寮への帰宅が12時を過ぎることもあった。また、最近は雨の日が続いたため、工程が遅れ気味で、日曜日も工事を行うことが多かった。作業所では、一番年下ということもあり、代休もとりづらくこの3か月間はほとんど休みがなかった。A君は、現場で汗を流してモノを作り上げていくことが好きで、また資料作りも作成から発注者への説明までまかせてもらえるためやりがいをもって取り組むことができ、毎日が充実していた。
最近になって、A君は、公務員になった大学の同級生と久しぶりに話す機会があった。公務員の友人から、現在は新規道路を立案する部門に属し、何百億円の事業の計画を担当している話を聞いた。
その話を聞いて、入社前から、公務員と建設会社の仕事の違いは理解していたモノの、現場の追い回しに終始している自分の仕事との違いに愕然とした。そんなこともあり、A君は自分の仕事を振り返って、さまざまなことを考え、思い悩むようになった。
「自分の時間がなく、本を読む時間もない」
「作業所長は、自分で暇をみつけて英会話や施工管理技士の資格試験の勉強をするようにと言うけれど、その時間もない。これでは、大学で継続教育の話を聞いたが、理想と現実は大きく違うな」
「自分は、もっと大きな工事を担当したいなぁ」
「本当にこの会社で働くことでいいのか?」
「これが自分の理想の仕事か?」
「今の仕事は、大学院で勉強したことなど何も役に立っていない」
このように思い悩んでいるA君は、いかにすべきか?
S川河川事務所のA係長は、洪水時における河川の洪水流の挙動を把握するための調査業務を担当している。この調査はT大学のE教授の指導を受けて実施しているが、実際の現地調査やデータ解析等はKコンサルタントが請け負い業務として受注してA係長と協議しながら実施している。
Kコンサルタントは、E教授の指導に基づいて当該調査に合わせて開発した測定機器を活用し、従来の調査結果に比べ精度の高い測定結果を得た。そこで、E教授は、今回の調査結果について、自らの知見も加えた形で学会発表を行っていた。
Kコンサルタントで今回の調査を担当した技師Dは、調査の方法や開発した機材は今後の河川における測定技術の向上に一役買えるものと考え、学会での発表を行いたい旨をS川河川事務所のA係長の上司であるW課長に相談した。
W課長は、「E教授が研究成果として調査結果を活用することに異論はない。しかし、Kコンサルタントが開発した測定機器や調査手法の検討は、元はといえば請負業務の中で実施されたものであり、技師Dの努力は認めるとしても、技師D個人やKコンサルタントの研究業績とするような発表は好ましくない」との見解を技師Dに述べた。しかしながら、新たな調査手法が確立されたのも事実であり、W課長も何らかの形で発表することには賛成であった。
そこで、W課長は部下であるA係長に対し、技師Dとの共同研究という形で学会発表するよう指示を行った。技師Dもこれを了承し、A係長を第1研究者としてエントリーを行った。
論文提出の締切が近づいたある日、本調査以外にも多くの業務を抱えるA係長は、自分で論文を作成することは困難であると判断し、共同研究者として学会で発表することを辞退したいとW課長に申し出た。しかし、W課長は学会での発表を認めた手前、A係長が業務多忙を理由に辞退することは認めなかった。そして「A君が執筆できないのであれば、技師Dに論文作成も発表資料の作成もお願いした上で、当日は君が発表すればいいではないか」と言った。
A係長は、本調査が請け負い業務の一環として行われたことから、発注者側として自分が共同研究者となること自体はW課長の考えに賛成であったが、実際の執筆や資料作成をほとんど行わずに共同研究者となり、その上、第1研究者となることは良くないことだと思った。しかし、発表を固辞することは上司であるW課長の業務命令に逆らうことでもあるし、論文提出記述も迫っており、学会でのエントリーの変更も容易でないことは明らかであった。
A係長は、毎日遅くまで残業の続く日々の中、W課長の指示に対してどのように回答すべきか悩んでいる。
都市圏の商業・住宅地で開発事業計画(高層ビル数棟、道路の新設など)が数社からなる共同事業体を主体として進められている。計画・設計・官庁協議・近隣説明などを様々な都市開発専門家や技術者等の集団である開発チームが推進しており、チームリーダー(役員)の権限は絶大だ。土木技術者A氏はこのチームのメンバーである。A氏の主な担当は、道路・鉄道駅に関する計画および官庁折衝である。
チームは、1か月前、環境影響評価(アセスメント)(案)に関して、近隣住民・町会連合会に対する説明を終えた。ビルの高さやそれに付随する施設の概要も説明し、住民の多くの理解が得られたばかりである。
ところが半月前のチーム会議で、官庁協議(建築計画)の担当者から「今からX省の新しい事業制度を申請すれば、高さを1階分増やせる。補助金も国から出るし、何よりもこの開発事業が公的なお墨付きを貰える利点は大きい。是非申請したい」との意見が出た。A氏も含めて全員が賛成し、直ちに新たな設計作業と計画変更手続きに入った。最近、変更手続きは順調に進んでいる旨の報告があったところである。
今週初め、来月下旬に予定されている住民への「施設計画説明会」の準備のためのミーティングがあった。冒頭、チームリーダーから、「変更は説明会前に公的に承認が下りそうだ。ただし説明会では、今回の変更には触れない。ビルが増階すること、国庫補助が出ること等が住民に判れば、近隣への補償交渉が不利になり、事業工程が遅延する恐れがある。住民の会の実力者である大学教授のP氏や元区議のQ氏だけには事前に了解を取るが、説明会は旧来の計画のまま行うことにする」との強い方針が出された。A氏は納得がいかなかったが、自分以外は皆リーダーの方針に同意しているようなので、意見を述べず、その日の交通関係官庁への説明も従来計画のままで行った。
しかしA氏は、変更決定以後に、住民に計画編クオを隠して説明することは、当事業へ先行き悪影響をもたらすのではないか、と思っている。ただチーム全員が、リーダーの方針通りに日夜準備しているのを見ていると、いまさら異なる意見を言い出せない。説明会までの期日までにそれほど余裕はない。
A氏は一体どうしたらよいだろうか?
A課長が属するK県の県土整備部治水課では、県内2級河川のS川の河川管理を行っている。S川は、3年前の台風で流域に大きな被害をもたらし、再発防止に向け治水対策が地元から請願されているが、S川には貴重種に指定されている生物が生存し、冬季には渡り鳥が飛来するなど、都会化したK県の中に残された数少ない「サンクチュアリー」となっている。このため、環境保護団体、市民等からS川の環境保全に対する要望が強く出されている。また、K県内の環境保護団体、NPOらの要請で「S川の自然を守る連絡会」がK県環境部を事務局として設立されており、環境保護団体を中心とした市民、生物・自然環境に関する学識経験者等が委員となりS川の環境について議論が進められている。A課長も河川管理者の立場から行政委員として連絡会のメンバーに加わり、休日や夜間に月1回開催される「S川の自然を守る連絡会」に参加していた。
A課長は、S川流域住民の治水整備の要望だけでなく、K県の治水事業費確保の点からもS川の堤防、護岸整備を推進することをK県治水課の最優先課題と認識していた。A課長は技術者としての経験から、S川の治水対策には、一部にコンクリート製護岸が必要であると考えていたが、市民等の環境保全への強い要望にも配慮しなければとも思っていた。
しかし、A課長は、県財政が危機に直面している現状では、環境保全にかける事業費を十分に確保することも困難であり、こうしたことを「S川の自然を守る連絡会」に参加している市民等に報告すれば反発は必至であると考えていた。しかし、もし「連絡会」での議論が環境保全対策までに及ぶことになれば、K県治水課としてコンクリート護岸を用いた治水対策を行うことを話題提供しようと心に決めていた。
その後、「S川の自然を守る連絡会」の最終検討会が開催され、「提言(案)」には、S川の治水対策は「適切な方法で防御を行う」という表現でまとめられた。一方、環境保全に向けた具体的な方策については、後日、K県内に設置する関連分野の専門家による「技術検討会」に委ねるという案が示された。
この「提言(案)」に対し、A課長は、円滑に提言を取りまとめることが現段階では得策と判断した。そして、特に治水対策に関するコメントを加えず、新たに設置される予定の「技術検討会」には、河川工学の専門家を加えるよう意見を付してこれを了承した。しかし、これでよかったか、「治水課のA課長が連絡会に出席していたのに、いまさらコンクリート護岸はないでしょう。それはだまし討ちですよ。何のために連絡会に出席していたのですか」という批判の声が聞こえてくるような気がして、心に引っかかるものを感じている。
X社は、全国規模の総合建設業である。官製談合防止法が施行されたこともあり、社内に新たにコンプライアンス推進室を設け、独占禁止法遵守マニュアルを作り、その説明会を開催するなどして、社員に法令遵守の徹底を呼びかけている。
X社の本社に勤務する若手技術者A君は、このマニュアルの説明会に参加し、独占禁止法が必要とされる理由が分かったような気がしていた。それから程なくしてM県にある支店へ転勤となった。
A君は赴任早々、営業マンのK氏に誘われて、一緒に客先であるM県の土木部へ挨拶に出かけた。実は、X社はM県から2年ぶりにある工事の指名業者に選定されていた。K氏は他社の動静を知ろうと、その足で地元の同業Y社に立ち寄った。そこでA君は偶然にも大学時代の部活の大先輩であるS氏に出会った。S氏はY社の中堅技術者になっていた。
その晩、A君と先輩S氏は久しぶりに酒を酌み交わした。
昔話に話が弾むうちに、S氏が言い出した。「明日の打ち合わせにはKさんが出るんだろ。あれは俺がこれまで手掛けてきた仕事なんだ。ずいぶんと俺もがんばってきたよ。客先からも次もあなたのところに頼むよといってくれているんだ。知っているはずだがこの件はよろしくとKさんに伝えてくれよ。・・・・・・」。しかし、昔ながらの快活な先輩の一方的な話に、A君が「明日の打ち合わせっていいますと?」と聞き返すと、「そうか、まあいいじゃないか。ところで、・・・・・・」と話題を変えたのであった。
A君は、「これは、あのマニュアルにあった話とそっくりじゃないか!」と思った。「何だかいやだなぁ。俺はどうすればいいんだろう?」急に酒がまずくなったような気がした。
A氏は、B県にあるC大学を卒業した。A氏の同級生のほとんどは、卒業後、地元に残り、自治体や地元の建設会社に就職した。一方、A氏は、卒業後地元を離れ、D建設会社に入社して技術系の業務を主に担当していた。今度の土曜日にクラス会が予定されており、久しぶりに同級生に会えるのを楽しみにしていた。
E氏はA氏の会社の同僚で、B県を中心とした自治体の営業を担当していた。先日、A氏とE氏が酒を酌み交わす機会があり、その中で次のような会話をした。
E氏:「今年10月にB県で高架橋工事の入札がある。当社は、B県の仕事を数年間十注していないため、この工事の受注に向けて、社内の設計部門や積算部門では全力あを上げてコストダウンの検討をしているところだ。ひとつ心配なのは、今回の入札には最低制限価格制度が適用されて、技術面や調達面でどんなに優れていても入札金額が低すぎると失格することだ。上段だが、最低制限価格が判れば、自分の営業としての仕事も楽になるのだがなぁ~」
A氏:「合理的な価格で入札したにもかかわらず、最低制限価格よりしたということだけで失格になるとは不合理な制度だ!」
E氏:「入札制度には、これ以外にもいろいろ不合理な点はあるのだが、なかなか改善されtない。ところで、A君はC大学出身だったよな。今度、B県庁に勤めている君の同級生を紹介してくれないか?」
A氏:「ちょうど今度の土曜日に同窓会があるから、土木課に勤務している同級生Fに話しておくよ」
E氏:「そうか!じゃあ、来週にでも、君を含めてFさんと3人で一緒に酒でも飲もう!」
A氏:「酒を飲む話も含めて、Fに話しておくよ」
翌日の朝、A氏は、昨晩の同僚E氏との会話を思い出していた。酔った勢いで調子の良いことを言ってしまったと思った。冷静になって考えると、高架橋工事の最低制限価格を知りたがっている同僚の営業担当者を入札前に発注者側の同級生Fに紹介することになる。良いことだろうか。
B建設会社のA営業所長は、この3年間、営業所に課せられてた受注目標を達成することができず、本社の中では営業所廃止の噂も出始め、受注目標達成のためのアクションプランの立案を営業所管轄の支店長から指示されていた。
今年度発注予定のXトンネル工事と来年度発注予定のY橋梁工事は、営業所管内における久々の大規模工事で、A営業所長は、どちらかの工事を是非受注したいと思っていた。いずれの工事とも、総合評価落札方式などの技術力を評価する入札方式を採用される見込みはなく、コスト勝負の入札(自動落札方式)になると予想された。
最低制限価格を意識しながら、コスト勝負の入札になると、技術や調達の裏付けのないダンピング合戦になる可能性が高い。たとえ落札できたとしても、工事の収益が悪化する。安値受注は会社からも歓迎されない。A営業所長は、営業所存亡の危機の中で、収益が確保できる金額での工事の受注を熱望していた。そのため、社内の技術部門にコストダウンのための技術面および調達面の検討を行うよう依頼していた。
他社の営業所中間との懇親コンペ終了後のパーティの席で、ライバル会社D社のC営業部長が近寄ってきて、A営業所長に、「Xトンネル工事かY橋梁工事を受注したい」という話をしてきた。さらに、声をひそめて「指名に入る他社にも声をかけたい」と言った。
A営業所長は、C営業部長の誘いに乗ることは、土木技術者として発注者や国民に対する信頼を裏切ることになり、会社からの法令遵守の言明にも背くことになると考えた。半面、この工事を入手できれば営業所の受注目標を達成でき、営業所廃止の噂も払拭できるとも思った。さて、ライバル会社のC営業部長の話にどのように対応すべきか。
建設コンサルタント会社に勤務する若手技術者Aは、橋梁の実施設計業務を担当している。
上部工、下部工などの本体工は自分で設計しているが、それ以外の師匠、伸縮装置などの付属物の設計は、各々の付属物のメーカーに設計を依頼している。いつものように、ある付属物の設計をメーカーに依頼したところ、無償で引き受ける代わりに、路線名と橋梁名を知りたいとの要望があった。
「無償で付属物の設計が頼めるなら、業務経費の削減効果は大きい。しかし、その代わりに、路線名や橋梁名などをメーカーに知らせていいものかどうか。設計条件に合った付属物形式を選定した後とはいえ、そもそも、その付属物のメーカーに設計を依頼していることも問題なのではないか」-若手技術者Aはちょっと気が引ける思いをしている。
A氏はX社の若手研究者である。
X社は地方自治体Yからある委託業務を受託した。内容はA氏の研究課題に関連するものであったため、A氏がこの業務の担当になった。一方で、A氏は研究者として今年度は目立った成果がないことが気になっていた。ある日、この業務の一環として地方自治体Yから貸与された極秘の資料を分析してみた。そして、自らの研究課題に関連する重大な発見をした。
A氏は遺産でその資料に基づき論文を作成し、顧客の了承をえないまま学会に発表した。A氏は、業務途中の成果に関する著作権は受託者にあると考えていた。また、業務が完了し成果品を顧客に譲渡する以前であれば、顧客の了承を得ないまま学会に発表しても問題ないと判断していた。さらに、当該受託業務に関する契約には受託者の守秘義務が明記されていたため、A氏は発表に際し資料の出処が特定できないよう工夫をした。顧客に事前に通知していないこともあり、学会発表後も顧客からは特に指摘はなかった。
受託業務の納期が迫ったある日、委員として参加している学会の研究部会で貸与を受けた資料の扱いで問題があった例が紹介された。これをきっかけにA氏は、自らの処置に問題があったのではないかと悩み始めた。
A氏は建設コンサルタント会社に勤務する中堅技術者であり、学会活動に熱心な土木学会会員でもある。A氏は、発注者のX事務所から、業務成果を取りまとめて国際学会に投稿する論文を執筆するよう頼まれた。その際、論文著者名についてはX事務所の担当者の氏名のみとするよう指示された。論文執筆の費用については、X事務所は触れなかった。
受託業務の経費が多少増えるものの、客先に貸しを作るのも得策と考え、A氏は上司の承諾を得た上で執筆した。論文著者名にはA氏の名前はないが、客先からは感謝され、このサービスのせいか新たな業務の打診も受けている。最近、倫理問題が取りざたされるようになって、A氏はこの対応がよかったか疑問に思っている。
A監督官は、E国道事務所でKバイパス建設の監督を行っており、現場に関する大部分の責任はA監督官に委ねられている。
Kバイパスは、E市の抜本的な渋滞解消対策の要の事業であり、E県、E市だけでなく、地元住民からも早期の完成が請願されており、道路整備事業の中でも全国十指に入る重点プロジェクトとなっている。E国道事務所としても地元に対し、Kバイパスの来年度の供用を約束しており、用地買収に時間を要した分を取り返すことも含め、急ピッチで工事が進められている。
そうしたある日、工事を請け負っているCPD建設の現場代理人JからA監督官に対し、以下のような報告があった。
「T地区で掘削を行ったところ、トランスやコンデンサーが掘削土から出てきました。数量は僅かですが、恐らくT地区一帯は過去しばらくの間、荒れ地でしたから、産廃業者が不法投棄したのではないでしょうか。それで、誠に申し上げにくいのですが、トランスやコンデンサーはPCBを含んでいる可能性が高い廃棄物ですから、T地区の残土は試験で確認もせずに通常の捨て場に捨てるのは如何なものかと思います。ましてや、PCBが検出されれば、土壌汚染対策法に基づいて、T地区を指定区域に定めて、きちんと調査をしなければならないはずですし、そうなれば工期遵守はまず不可能でしょう」
A監督官は、土壌汚染についての知識は多少持ち合わせていたが、土壌汚染対策法とか指定区域とかは初めて聞いた言葉で戸惑ってしまった。
「とりあえず、不法投棄の状況を調べて下さい。量の多少で影響も違うでしょうから、僅かな量であれば、周辺一帯を通常以上に掘削して、掘削土を調査に回すようにしたいと思います。ですが、念のため、残土の管理は厳重にしていただくとともに、周辺への飛散に対しても対策をするよう至急に段取りをして下さい」と現場代理人Jに回答し、A監督官が最善と考えた対策案を支持した。
翌日からC建設によって周辺土地の状況調査が行われたが、トランスやコンデンサーが発見されたのは、今回掘削した箇所のみであり、掘削量もさほど多量ではないことが判った。
A監督官は、過去にS川の堤防工事で同様の状況が発生し、不法投棄のため汚染原因者が特定できず、その費用負担などを巡りS川の河川整備が数年間滞った事例を思い出した。そのため、「下手に当局に報告すれば、地元が熱望するバイパスの完成が遅れるだけでなく、自分の管理能力が問われる結果になりかねないし、そうすれば昇進にも影響してしまうのではないか・・・・・・・」と自答した。
周辺の土地での調査を行っている間は工事を中止していたため、工程も予定より遅れが生じていた。このため、A監督官は現場代理人Jに以下のように指示をした。
「トランスやコンデンサーが見つかった地域の土壌については、調査機関に回します。しかし、工程も遅れてきていますから、T地区の埋戻し土にはD地区の残土を使用して工事を続行して下さい。T地区が土壌汚染対策法でいう「有害物質使用特定施設に係る工場又は事業場の敷地」ではなかったのはアキラかですし、発見された不法投棄の廃棄物も少量ですから、土壌汚染対策法の「指定区域」にはなりません。Jさんが不安視する法違反になることはあり得ません。当該土砂を適切に処理すればよいのです。それよりも、噂が拡がることで近隣の住民の皆さんが不安に思われると、それだけでバイパス工事に対して反対の大合唱になりかねません・今回のことは、他言しないで下さい。なお、土壌の調査でPCB等が検出された場合は、適切に無害化を行わなければならないので、その場合は更に工種が増し、ますます工期を守ることが厳しくなることが予想されます。後日になると思いますが、私も当局に状況を報告し、理解を求めようと思います」
N土木事務所のA係長は、監督している工事が15件を超え、毎日業務に追われている。
A係長が監督している工事のうち、R建設が請け負ったC工区の現場代理人H氏は、打ち合わせの場では積極的に議論を交わせる相手であり、現場ではA係長の指示にも早々に対応するなど、A係長だけでなくN土木事務所長も一目置いていた。
このため、A係長は現場代理人の中でもH氏をもっとも信頼しており、現場に出向いた際には、C工区の状況だけでなく、新技術や施工計画などについて意見交換をするなど、は駐車、受注者の間柄を超え、技術者としての信頼関係を築いていた。
年度末を迎え、A係長が担当する工事の工期も近くなり、昼間は現地立会、出来高の確認などで忙しく、終業後も資料整理や報告書の作成など、こなさなければならない仕事が多く、深夜まで残業が続く毎日であった。
A係長が受け持つ工事の中でもC工区については、これまで設計図書、施工計画書に忠実に従って施工が進められていただけでなく、親しく付き合い、技術的にも信頼できる現場代理人H氏が監督をしていることから、「まず手抜きや不適切な工事を行うことはあり得ないし、資料や報告書の作成は期日までにやってくれるだろう」とA係長は考えていた。
このため、特記仕様書に明示された段階確認は、原則として現場で確認を行うこととなっていたが、真にやむを得ない場合に認められている書面による事後確認に変更しても、代理人H氏の担当工区であり特段問題は発生しないと考えていた。そして、現場確認に要する時間を短縮し、その余った時間をA係長の指示に対して対応の悪いF工区の監督指導に全力を挙げることとした。
その結果、A係長担当の段階確認の頻度は、その他校区100%似たいしtえ、C工区は80%と不公平な結果となった。
工期末を迎え、各現場とも完成検査が行われたが、C工区は極めて高い評価が与えられ、代理人H氏も当局から優秀技術者表彰を受けることとなり、A係長もC工区の担当者として代理人H氏の表彰を心から喜んだ。
その後のある日、会計検査の対応に向け、C工区の設計書類の再修正利を行っていたN土木事務所長からA係長は呼び出しを受けた。
事務所長からは「なぜ、C工区の最終段階での段階確認は書面検査としたのか?決まりでは、真にやむを得ない場合を除き、現場確認を行う必要があるという内規を知らないはずないよね?君の独断で判断するのは好ましくないね。何かあったのであれば所長の私に報告すべきだ」と指導を受けた。
しかし、A係長は反論した。「そうはいっても、一人で15件もの工事を抱えているのです。すべてを内規通り対応していたら、いくつからだがあっても足りませんよ。代理人H氏は所長も認める優秀な技術者です。C工区でも優秀技術者表彰を受けたぐらいですよ。書面検査に独断で変更したことはまずかったかもしれませんが、「真にやむを得ない場合」は認められています。私の受け持っていた工事の数自体が、真にやむを得ない場合を作り上げているのではないのでしょうか?ましてや、C工区で生出された時間をF工区の監督指導に重点的に振り向けた結果、ようやくF工区も所定の出来高が確保されたといっても過言ではありません。今後は所長への報告、判断を仰ぐことをてtしますが、C工区については、当局からも表彰されたのですし、済んだことですからもうよろしいのではないでしょうか・・」
定員削減に加え、検査監督業務の適正化が進められている昨今、現場の係長への負担が増していることも認識している事務所長は、A係長の反論には口をつぐんでしまった。
事務所長を押し切ったA係長も工期末のC工区の検査はあれでよかったのかなとふと考えた。
B氏:「もしもし、Aさんでしょうか?わたしはX雑誌社のBと申します。以前、Yの件で取材させていただきましたが、今日は、また別のことで取材をお願いしたくて電話しました。
A氏:「どのような取材ですか?」
B氏:「業務の再委託のことです。その辺について取材をお願いしたいのですが、どなたかこの件について話をしていただける方紹介して貰えませんか」
A氏:「もう少し説明してくれますか」
B氏:「どこというわけではありませんが、Aさんのところのようなコンサルタント会社の中には、官庁から受けた委託を民間企業に再委託している例が相当ありますよね。得意な部分ごとに役割分担して委託業務を再委託するのであればともかくも、丸投げに近いものがあるようですね。公正取引委員会はこのような再委託について、独占禁止法に触れる行為として勧告を出している例もあります。再委託について、何が事実で、何が誤解なのでしょうか。ご意見をお聞きしたいのですが。いかがでしょうか?」
A氏:「中には契約印半であり、発注者の信頼を根本的に裏切るまずい例も確かにあるかも知れませんね。例えば、直接の受託先が本来やるはずの主たる部分を他社に委ねる場合とか。また、契約違反ではないまでも軽微な部分の再委託について経費分を十分見ないとか。この場合は、再委託先で十分要因が当てられず委託業務の品質低下にもつながりかねないわけですね。技術者倫理上は、『土木技術者の倫理規定』から見て、改めるべき問題があることは、私も土木学会の会員なのでよく分かります。しかし、再委託そのものが必ずしも悪いというわけではありません。委託契約によっては、発注者の了承を得ることで再委託を認めている場合もあるわけですから。そうはいっても確かにあいまいな点もあり、課題になっている部分もあるわけですね。その辺も含めて十分な説明がないため、再委託のすべてがまる投げであるかのような誤解があるように思います。私も再委託の現状について完全に把握しているわけではないですが、そんな誤解が人々に土木事業に対するイメージを悪くしている要因の一つとなっているのかもしれません。ところで、この取材依頼は、個人に対するのもですか。それとも組織に対するものですか?」
B氏:「前回は、Yに関する御社の取り組みの取材でしたが、今回は、特定しません。協力いただければ、どちらでも結構です。」
A氏:「土木技術者の一人として、私も判らなくはないが、誰がそんな火中の栗を拾おうとするでしょうか。十分説明しても、あなたの方で興味のあるところをクローズアップして書くのではその人の立場がおかしくなりかねませんよ・・・・。そろそろ会議の時間なので、今日のところは、これまでにさせてもらいますよ」
受話器を置いて、
A氏:「・・・・・・あの取材を誰が好んで引き受けるだろうか。こんなことでどうして私が煩わされなければならないのか。いっそ紹介を断る手もあるが、そうすると、隠すようにもとられる・・・・・・。どうしたものか・・・・・・」