平成11年度土木学会総会で設立された「技術推進機構」が、今年度から本格的に活動を開始します。
「・・・機構なんて聞きなれないものが出来たナ」「また・・・委員会が一つ増えたのか」「いま何をやっているの?」との会員の皆さんの疑問にもお答えしつつ、技術推進機構を紹介します。
世界ではじめて土木技術者の集まりができたのは1818年1月2日、産業革命のさなかのイギリス、平均年齢が25歳という若い集団で、その組織はInstitution of Civil Engineersと名づけられました。日本ではイギリス土木学会と訳されていますが、決して学者中心の集まりではなく、広範な土木技術者の集まりでした。日本の土木学会も土木技術者と土木技術に関心のある市民で構成される団体ですが、いつの頃か、学術団体としての位置付けから学問・技術の研究成果の発表の場、情報収集の場としての役割が活動内容の中心となってきたようです。今回発足した「技術推進機構」は、日本の土木技術者集団が、国際社会で活躍しかつ専門技術者として社会的責任を果たし、その結果として社会から正当な評価を受けることができる環境を整備すると共に、社会に役立つ土木技術開発そのものを積極的に推進させようという組織体です。その意味で、学術団体のいわゆる従来型の「・・・研究委員会」「・・・検討委員会」の集合体では対処しきれない建設産業全体に関わる事項にまで踏み込んだことを具体的に議論・提言・実行できる組織体とする必要があります。
「技術推進機構」の設立の理念および目的には「技術開発にインセンティブを与え、わが国の技術者が活躍でき,かつわが国の技術が国内外で活用される環境を整備することは、工学系学会の重要な役割である。この役割を果たすために、国際規格、技術者資格の国際的相互承認、などに適切に対応できる枠組みを構築することが緊要となっている。また、国際的に受け入れ可能な技術評価システムのあり方を検討する必要がある」と書かれています。
もし、インターネットが利用できる会員の皆さんでしたら、ぜひ土木学会のホームページ、委員会活動の土木学会技術推進機構の項の「土木学会技術推進機構創設検討委員会」の欄をご覧ください。そこには経緯が以下のように書かれています。
「平成8年度土木学会会長松尾稔の発議のもとに、理事会企画運営連絡会議企画部門が中心となって、平成9年4月に「土木技術研究推進機構設立検討準備会」(主査:池田駿介企画部門幹事)が発足し、4回の審議を重ねてその検討結果を平成9年9月の理事会に報告した。理事会は、新委員会においてさらに詳細に検討するようにとの指示を出した。その指示を受けて、「土木技術研究推進機構創設検討委員会」(委員長:松尾稔)の設立と、その構成委員を平成9年11月の理事会に提案し、新委員会が発足した。委員会では、2回の委員会、5回の幹事会を開催し、その間、企画運営連絡会議での議論、学会内委員会からの意見の聴取、関連学協会への説明を行い、さらに「土木技術推進機構の基本的枠組み」について平成10年1月開催の理事会に中間報告を行い、同年3月の理事会に具体化策を含めた検討結果の報告を行った。また、会員に対しては、ホームページ・学会誌を通じて周知を図っている」
それを受けて平成10年4月理事会で「技術推進部門」の設置が承認され、さらに平成11月5月の総会で「土木学会技術推進機構」の設立が承認され現在に至っています。ですから4年にわたる議論と検討を経て設置された重要な組織体です。
従来までわが国の土木建設産業は、国家の経済産業政策に大きな影響を受けてきました。しかし、近年の経済のグローバリゼーションは、国家の経済産業政策のみに頼っている産業体質からの脱皮をあらゆる産業に要請しています。国際的な緊急課題への対応と、わが国の建設産業の強化方策やその支援を、開放的で中立的に議論し、短期的および長期的な方向性を与えるには、技術者個人としての集団である土木学会が適しています。官のみでは、当然国家の経済産業政策に軸足を置いた議論になり、国際的開放性・中立性に欠けるとの批判を受ける懸念があります。民や学のみでは社会資本整備の計画や国民の合意形成、産業強化や技術開発への支援の確保が容易ではありません。官・民・学の共同的参画が可能な場を土木学会は提供できるのです。
工学系の学会内に「技術推進機構」を設立し、国際的戦略や技術推進の方向の議論の役割を期待しているのは、土木建設産業分野ばかりではありません。たとえば化学、化学工学の分野では、横断的かつ戦略的な研究開発を行うために、化学工学会、高分子学会、日本化学会が中心となって「化学・化学技術戦略推進機構」を平成9年に設立させて、国や団体、企業からの資金導入を図っています。この機構には、関連する学協会、産業界、国公立研究機関が参画し、国内外に対してインパクトのある技術的、経済的成果を獲得することを目指しているといわれます。
現在の国際的緊急課題は、平成10年度土木学会誌で1年間掲載された「シリーズ土木界の国際戦略」で議論されました。例を挙げればISOに代表される国際規格制定、技術者資格の国際的相互承認、技術開発、先端技術評価システムの構築などの問題があります。このような課題の情報収集・議論・提案・調整・実行の場として「技術推進機構」は必要です。
建設産業の国家政策からの部分的乖離の傾向は、当然、技術者の国家間移動を促すことになります。わが国の土木技術者が国際的に活躍できる環境整備のためにも「技術推進機構」が必要です。世界の土木学会との多様な人材ネットワークの構築が、技術者の国際流動性を高めることにつながるはずです。そのために、1999年9月に設立されたアジア土木学協会連合協議会(略称ACECC)の運営支援や、2001年に東京で開催が計画されている第2回アジア土木技術国際会議(略称 2nd CACAR)への活動支援も「技術推進機構」で行うのが適しています。
従来、学会誌、論文集や学術集会を通じた情報の収集と発信、それに委員会活動を通じた研究活動への参画などは、土木学会会員約4万人に対して参画と情報アクセスの平等な機会が確保され、かつ会員は均等なメリットを享受できるように運営されてきています。ですからこれの活動については会費という形で、会員全員によって均等に負担されています。では「技術推進機構」の活動の費用負担とメリットの享受は、どのように考えればよいでしょうか?
ISO規格の設定や、継続教育などを含めた技術者資格などの国際的な課題、産業競争力に関わる課題、研究開発のコーディネイトや技術評価の課題、最新技術情報の配信に関わる課題、土木技術者の社会的地位向上に関わる課題など、すべて長期的に見ればわが国の土木建設産業界全体のメリットになりますので、広義の意味で会員個人一人一人のメリットになるということに異論はないと思われます。しかし、短期的、個別的に各課題を見たときは必ずしもそうではありません。ですから、「技術推進機構」の運営に関する会員の負担とメリットの享受は、選択的に行われるのが適切であると考えられます。つまり「自発的な寄付行為」と「受益者負担の原則」の組み合わせです。
「技術推進機構」の創設のヒントの一つとなったアメリカ土木学会(ASCE)にCERF(Civil Engineering Research Foundation)という組織があります。CERFは、国際マーケットの開拓、技術開発、技術評価などを担当し、ASCEの国際戦略の主要部を担っていると考えられています。世界中に約12万人の会員がいるASCEは、CERFの運営のために、会員から年間約1億円のボランタリー寄付を受け付け、これによって約30名強のCERF職員の人件費をまかなっているといわれています。「技術推進機構」はその活動による自立的運営を基本とはいているものの、その発展的な活動維持には、会員の皆さんのご理解とご協力が必要なのです。
平成11年度「技術推進機構」発足時には、以下の5つの既存の委員会が機構に組み込まれて活動を行ってきました。ISO対応特別委員会、建設技術者資格の国際的相互承認に関する検討特別委員会、特別研究プロジェクト委員会、規格・基準等策定支援委員会、アジア土木技術国際委員会担当委員会がそれらです。これを平成12年度から新たに専任の機構長を迎えて、企画部、技術推進部の2つの部を核に新たな組織のもとで、今までの学会では出来なかった斬新でかつ魅力的な活動を推進していきます。